アパートの自室にこもり、俺はウォッカをちびちびやりながら戦局の推移を考えていた。早朝である。昨夜の迎え酒だ。
 インセクトの創立者は、各国の有志投資家だが。その機会となった決起の檄を飛ばしたのはある扇動家だ。確かに、情報屋がいる。それが、神無月なのか? 彼は戦況を先読みし、的確にクイーンをさばいてきた。おかげで消耗の激しさといえば、開戦後五ヶ月で全戦力の十六割といった惨状だ。要するに、全滅以上に補充されている。

 延べ死傷者数といえば、三億人を超すというのだからあきれ返る。延べ、としたのは。ゲームオーバー後リプレイするプレイヤーが多いためだ。実際のプレイヤー総数は数千万人程度だ。平均、十二回は戦死ないし負傷リタイアしてリプレイしている計算になる。内乱中の大陸の兵士に多い。
 内、一度でもひと月生き延び賞金を獲得できたプレイヤーは一応50%以上とされるが。それは実戦体験の少なかった陸戦兵や艦船乗組員に多い。戦果を挙げられなければ賞金は微々たるものなので、そんな情報は当てにならない。バケモノはそう多くない。
 正確には、参加費以上の賞金を得たプレイヤーは4%未満だ。それは断然、航空兵に多い。航空機プレイヤーが一番ハイリスクハイリターンなのだ。戦艦乗りともなると、確かに撃沈される危険は少ないが、賞金は乗組員大勢で頭割りされてしまうためなかなか元が取れない。ましてや、生活費を稼げるようなのは1%もいない。俺はその1%になんとかしがみついているつもりだが。

 賞金獲得ランキングの情報も流れている。トップクラスとなると、数千万円も得ているらしい。母艦艦長クラスの参加者だ。もっとも大佐クラスとなると、参加費そのものが数百万円掛かる。ブルジョアのおままごとだ。
 鳳翔艦長の金森大佐にしたって、本職は医者、それも大病院の院長じゃないかなんて噂されている。月収八百万のくせ職員を安月給でこき使って、自分は六本木ヒルズの高級マンションに住み、ベンツ三台を所有し乗り回しているとか。加えて診察の無い日は夜中の三時まで金勘定している金の亡者。どこまでホントだか。

 神無月はいくら稼いでいるのかな。かれの、『ソフト』。
 単に機械式な投票用集計装置なら、三世紀も前に登場していた。専制君主制を打倒し民主主義が打ち立てられて間もなく。だが議員の猛反発に遭い採用されなかった。
 現在の、堕落した直接民主制。それは司法の場でもそうだった。裁判員制から完全な陪審員制に代わり、民間から陪審員が選出され、裁判が開かれる。法に通じているとは限らない陪審員は直接法廷に赴くようなことはせず、在宅でネットを検索し世論を集め、電脳世界で討論し独自の審判を下す。
 一見、公正で自由に見える。マスメディアに牛耳られた情報下での決断。被告も原告も直には接せず。どれだけの冤罪が生まれたか。どれだけの欺瞞が見逃されたか。短絡的・感情的なアジテーターの一声で、陪審員制の審判なんてひっくりかえってしまう。

 未成年の飲酒喫煙を認めるようにした政策は、酒税煙草税を獲得しようとする利権の動きが見え隠れした。反面、電脳世界で直接脳派に信号を送りまさに酒酔いをさせるのは疑似麻薬とされ違法とされた。こちらのほうが安いし身体への悪影響は少ないのに。
 コーヒー並みの害しかないとされるマリファナは依然違法とされている。確かにマリファナは酩酊麻酔効果が高いが、それを言えば酒も煙草も合法ドラッグ、それも極めて強いものに過ぎないのに、妙な話だ。煙草は劇薬であり、食べれば即死する。酒も直接血管に注入すれば死ぬ。対するマリファナは、野菜としてごはんのおかずにできるくらいだ。これに関しては、マリファナ産出国の利益を封じる権力が働いたんだ。

 『ソフト』は潔癖で真面目、繊細でシャープすぎたんだ。ある程度の融通が利かなければいけなかった。適度な余裕、寛容さ。神無月は優秀さゆえ見逃した。「遊び」、のないハンドルの車は普通のドライバーでは暴走する事実を。
 遊びのほとんど無い車も存在する。F1レースマシンとかがそうだ。指先五ミリの誤りが死を招く。A級ドライバーにしか乗りこなせない。現実政治経済はそんなスピードマシンでは事故を起こして当たり前。直接民主制は性急過ぎたんだ。

 だが文明は暴走することはあっても、後退を許されない。
 個人の権利が奪われるような事故は無数に起こった。後は文明が崩壊するような、大事故が起こらないことを祈るばかりだ。

 俺はそんなことを考えられる器ではないが。登校拒否就労拒否のろくでなしに過ぎない。神無月はどうなんだろう? 彼は俺の歳には大学で、飛び級を重ねていたらしい。数学のみの単科履修とはいえ傑出していた。他の世俗的な事には無知な、純朴な青年。堕落した俺とは違いすぎる。彼なら。いまの社会の有り様をどう感じているのだろう。
 いまの日本には、団体としての政党は形を変えて残ってはいるが、政治家は存在しない。政治家なんて半世紀も前から堕落していた。過去、代議士になれたのは地元に大権力を持つ名士や、カリスマテレビタレントなどの有名人とその子供だけだ。
 普通の民家の生まれであれば、東大出たってまずは代議士なんてなれない。反面、コネがあれば学歴も実績もなくとも政治家にはなれる。自由民主制なんてその程度のものだ。

 これでは、世襲制の専制君主制とどう違うものか。いや皮肉にも無論、史実は違っていた。いつの時代も政治家なんて傀儡、飾り物の操り人形に過ぎなかった。
 実際に政治を動かしていたのは学歴エリートで構成されるシンクタンク。若手の政治秘書たちにキャリア官僚。それにフィクサーと呼べる大企業にコネを持つ黒幕の政治屋だった。そいつらはいまも大資本を手に社会を操っているが。天下り先でクッションの効いた安楽椅子に座り、仕事なんてないのに庶民の百倍を軽く超える俸給を得てふんぞり返っているだけの豚連中。

 神無月は、政治家や官僚という特権貴族階級を打倒するために『ソフト』を開発したのだろうか。すると後残る敵といえば、マスメディア牛耳る『情報』という名の怪物だ。怪物を飼いならす政治屋。神無月はそれに倣おうとしているのかな。
 俺はうつらうつらとそんなことを考えながら、酔い覚ましには現実よりマシ、とゲームにリンクした。


欺瞞 後