帰艦後二時間。独立部隊インセクト母艦、鳳翔艦内は、今日も騒然としていた。琉球雷撃機大隊により、戦艦霧島撃沈? 護衛艦隊も多数撃沈せしめ帝国軍は半壊し撤退しただと? 対する琉球軍雷撃機隊は無傷、全機琉球に生還した!
 俺たちはキツネに摘まれた感じで、その報告を受け取っていた。

 格納甲板上に、俺たちはいた。霞は訝しげに言う。「誤報じゃないでしょうね、実は惨敗したのを隠していたり、逃げ帰ったのを言い繕ったり」
「そうだとしたら、俺たちはこんな海域でのんびりしていられないさ。新兵器を使ったんだな」
「また新兵器なのね、こんどはなにかしら」
「おそらく、音響追尾魚雷さ。有効射程、命中精度が格段に違う。海の誘導ミサイルだ。雨の視界の悪さを利用したな。人間魚雷で無いだけ、マシか」俺は転々とする戦場の推移に、さらなる憔悴を覚えていた。「また戦局が変わったな。そうなると航空機戦力も再び日の目を見る。今度敵さんがやってくるときは、護衛戦闘機もついてくるだろう」
「わたしたち、お払い箱にならずに済みそうね」

「ああ。戦闘機はまた空の主役となる。今日の戦いのおかげで、琉球近海の制空権は俺たちのものだ。だが」俺は大きく息をついた。「ここまで技術が進歩したとなると。もはやこのゲームは史実の大戦のそれを超えてしまう。どこまで続くのだろうな、この戦争は」
「あと二年も続いたら、現実の技術力さえ超え」霞は戸惑いがちな表情を見せた。「ジェット戦闘機どころか、ロケット戦闘機。大気圏外、宇宙でのスターウォーズになっていたりしてね。独軍のコメートなんておもちゃだわ」
「これがゲームで良かったな。現実だったら悪夢だぜ」
「その、史実。経済制裁、原油の禁輸政策なんてものでここまでに陥るなんて。なんでこんなことになったのかしらね」

「産業革命以来の、当然の帰結さ」俺は肩をすくめた。「生命活動を支えているのは、太陽の光エネルギーだけだった。それを化石燃料なんかに頼り、数億年の蓄積を、ほんの数百年で燃やし尽くす。それが当時の人類の繁栄。神とは太陽のことかな」
「いまは太陽光発電に植物性エタノール、それに核融合炉があるものね。いずれも太陽の恵み。人間にとっていまやエネルギー供給は足りている。一世紀前、そうであれば。戦争なんて起こらず、世界に遺恨なんてなかったはずなのに」霞はさみしげに言う。「少し歴史を知るだけでも。戦争をする理由の一つは、経済にゆとりができたからなのだから、あきれてしまう。過去、文化文明が未熟だった時代は、ずっとそうなのよね。ドイツが侵略戦争を始めたのも、窒素肥料の発明で豊かになったから。
 日本が江戸時代に農民一揆をのぞけば地方の武将の反乱がなかった理由は、参勤交代に無意味なまでの出費を強いて、無駄な金を使わせて大名の力を削いだから、というのだもの。これでは庶民の暮らし向きが上向くはずもない。
 だからいまの平和で豊かな社会は、文化と教育によるものが大きい。戦争抑止に必要なのが軍隊より文化、というのであれば『ペンは剣よりも強し』というのも納得が行く」

 平和で豊かな社会、か。霞はお嬢様だな。現実は。情報化社会の世論は、とても自由で公正とは言いがたい。確かにネットを検索すれば好きな情報は得られるが、ちょっと有名なキーワードとなると軽く数十万件ヒットする。その内普通の利用者が目にするのはほんの上澄み、トップページ五、六件だ。強力なマスメディア発する、ね。
 少数層の意見、弱者の現状が無視される道理だ。溢れる失業者、かつかつの生活をする保護世帯、変死体となって見つかるホームレス、ろくな年金ももらえない高齢者。流れるCMと言えば、暴利を貪る消費者金融に都合のいい宣伝文句を謳う健康保険ばかりだ。

 日本は個人の財産所有が、ほとんど認められていない国だ。不公平に高すぎる消費税、所得税、固定資産税、相続税。まるで社会主義国だ。個人自由主義はどこへ消えたのだろう。直接民主制はなにをしている、こういうときのための改革ではないか。
 共産主義に賛同する気はさらさらないが、これではなまじ平等でないだけ性質が悪い。一部企業は暴利を貪っているというのに、その社員いや社長すらさして所得は得ていない。金持ちは法の目を素通りさせてもらえる権力を持つ、一部の資本家連中だけだ。
 俺は事情通ではないが、ネット裏街道の歩き方は知っている。だがそうした闇情報の閲覧は、厳しくフィルターがかけられているのが実情だ。

 所詮この世は、弱肉強食か。霞に答える。
「だが人間は生きるためには他の生き物を殺し食せねばならない。だから道義なくとも縄張り争いは起こる」俺は皮肉げに引用した。「モーゼの十戒というが。本当の神の教えは。汝殺し食せ。汝盗み食せ。汝姦淫し繁栄せよ」
 俺は霞によりそうと、頭に手を回し。その髪を撫でていた。「それを悪と呼ぶのなら、俺は悪にでも……」
「やめて!」霞はさっと、俺の手を振り払った。ついでに俺の手首を捕まえ、逆手に捻り捩じ上げやがった! 無様に地面にひざをつく俺。合気道技か?
「痛! 霞強いんだな」
「不知火くんが軟弱すぎるの! まったくいやらしいわね」
「どうせ電脳空間だぜ。そこまで意固地になることないだろ」
「電脳空間だから、よ。男なら正々堂々勝負しなさいよ。現実世界だったらこうはいかないわよ」霞は右手を俺のほおに寄せた。悪戯な笑みを見せる。「現実に一対一でフェアに相手するなら、付き合ってあげるわよ。わたし不知火くんのこと好きだし」

「え?」俺は霞に手を引かれ立ち上がった。
「一対一でわたしに勝てたらの話よ。あなたには無理ね、腰抜けくん。模擬空戦してみる? それとも組み手?」霞はクスクス笑いながら、俺のほおをつねって引っ張っている。
「どうせ俺は腰抜けで弱虫で卑怯者さ、悪かったな」
「おまけにドスケベでお馬鹿で腹黒いしね。でもわたしは強い人間、戦える人間は尊敬するけど、他人に戦いを強要する人間はすごく嫌いよ。それよりは不知火くんはマシ。強く生きることは必要だし、強く生きるべき。でもそれは他人を力で押さえつけて生き残ることではないでしょう。戦争なんて所詮は弱いものいじめだものね」

「霞はどうあっても、俺をいじめられっこにしたいらしいな」
「違うのかしら? わたしだって弱い。常に力とはなにかを探してきたわ。そのために、いろいろと戦争や戦いの話に惹かれた。信長の桶狭間の戦い、孔明の赤壁の戦い、ハンニバルのカンナエの戦い。これらは寡をもって衆を制した好例だけど。
 わたしは典型的な、正義のヒーローは認めないわ。そうしたヒーローの活躍は、超人的な実力を持ってこそ成せる。現実の人間はそうはいかない。史実のバンザイ突撃など、単なる戦略面ではまさに無駄死によ。もっと大局的に、日本人の意志を見せる意味ではなにより大きく、それは無駄どころか戦後に係わり尊かったと結論できるけど。
 でもそんな行為を繰り返してはいけないし強要するなど論外よ。「武」の意味を世間の大半は知らないとしか思えない。それは、「戈」を「止」と書く。軍隊とは本来戦争の抑止力としてのみ存在理由があるの。ただ強いだけの正義の味方ヒーローは、嫌い。そんなに強いのなら、相手を倒さずに事件を解決しろと言いたい。
 だから、三枚目のアンチヒーローが好き。馬鹿で無軌道であれ、正直に生きる。自分を良くみせるようなことはせず、汚い面こそ隠したりしない。それでいて、天然。そ知らぬ振りをしている。不知火くんって、まさにそれに当てはまっているのよね」

「買いかぶりすぎ、というか。俺ってそこまで言われなきゃいけないほど、ヒネてる?」
「周りから見たら、かなり爆裂しているわ。自覚が無いわね」
 俺はぐうの音も出なかった。時雨のおっさんとどっちがマシかな。ゲームアウトしたら自棄酒を呑もう。
 といえば日本は酒税法もおかしいんだよな。技術的には廉価で良質にできるのに、それにあまりの高額の酒税をかけたため、わざわざ混ざりものの入った質の悪い酒を競って造っているのだから。俺が無味無臭のウォッカしか飲まない理由だ。やれやれ。


欺瞞 前