俺たちインセクト、鳳翔戦闘機隊の士気は下がっていた。他の敵航空兵だってそうだろう。航空機が戦闘の主役から外れ、戦いようにも手が出せなくなったとあれば。だが、このお遊びの戦いは。幾度もステイルメイトと呼ばれては新たな戦略や新兵器により転々としてきた。

 戦闘機はまだ、偵察機としてなら利用価値がある。日米の動きは? 琉球を奪還しようとする帝国軍、それに生き残ったキリング少佐のエンタープライズは?
 鳳翔戦闘機隊の出撃命令は、こうして下された。

 霞中隊九機は空にあった。高度四千メートルで巡航飛行。午前十一時。天候はくずれかかっている。雲が多く視界が悪い。まだ五月というのに、早くも熱帯低気圧接近中か?
「哨戒任務とは。ゼロでよかったねえ」俺はつくづくと言う。「偵察機は捨てゴマだぜ。単独で出撃する哨戒任務。トロくて鈍くて、敵にあっても戦いようもない。敵の位置を電信した後は、「どうぞ勝手に死んでくれ」ってなもんさ」
「わたしもそう。練習の時はね、二人乗りで下駄履きの、零式水上偵察機のナビゲーターしたことある。後方機銃なんていくら撃っても敵にかすりもしない。子猫ちゃんにずたずたにされたわ。まさにワンショット・ライター。なすすべなく炎に包まれた」

「霞でも、敵わないものがあるのだな」
「そうよ、わたしを無敵にしたのはすべてゼロの性能」
「俺もだよ。ゼロの機動性、旋回性能に勝る戦闘機は、旧式で速度も火力も劣る96式艦戦くらいしか存在しないからな。弱点は装甲だが、これは被弾しなければ済む話。となると欲しいのは最高速度のみか。あとせめて二〇ノット速ければ言うことないんだが。それにしても、もう二時間のフライト。そろそろ退屈してきたな。つい前日なら、この海域を飛べば敵編隊の一つや二つ見つかるはずだったのに」
「敵も戦意無いのね。史実、F6Fがそろうまでの有名な米軍スローガン、「嵐かゼロに遭遇したら逃げろ!」ってやつ?」

「帝国戦艦かB17に遭遇したら逃げろ、だろ。昨日の戦いで日米とも過半数の戦力を失った。元気なのは俺たち鳳翔とキリングのエンタープライズくらいさ。その点、俺たちは無頼だが。キリングは敗退した米軍の空戦指揮官としての責任がある。インセクトに回す戦力は無いのかもな」
 インセクトの戦略はこうだ。いくら航空機が無力化したとしても、せめて日米の補給線の制空権を手にする。すると敵輸送船は、十分な護衛艦の同行なければ行動不能になる。
 米軍は、史実の三倍に相当する、正規空母五〇隻、中継輸送空母四〇〇隻、艦載機三〇万(!)機体勢をとろうとしていた。実現すれば悪夢だな、いままでの戦いとは、ケタが二つ違う。後一ヶ月から三年経過するうちに、続々と新造艦が戦列に並ぶはずだ。それだけの物量があれば、いかに対空砲火網が凄かろうと押し切れる。
 戦艦だって百隻以上、新たに投入される見込みだ。日本帝国総力の十倍以上。

 といっても補給線の長さはどうしようもない。アメリカ本土から戦艦空母艦隊が日本海域に回航するには、燃料がカラになってしまう。多数の油槽船の同行が必要だ。低速で鈍重、攻撃力も防御力も無い油槽船。こいつを叩けば米空母は太平洋上で立ち往生だ。そこに日本軍の勝機がある。インセクトの拠って立つところも。
 対する日本帝国は。勝敗の見える艦隊決戦には期待をかけず、陸戦兵による本土決戦に最大の望みを託していた。硫黄島で玉砕、ゲームオーバーとなった数万というプレイヤーがリプレイでそれを熱望している。正直、そんな泥臭い戦いごめんこうむりたいが。

 俺はそんなことを考えつつ、断雲の隙間から海上を見下ろしたときだった。艦隊がいる! 中隊はどっとどよめいた。
 霞は冷静に状況を確認した。「帝国の戦艦部隊ね。戦艦二隻他巡航艦駆逐艦十隻あまり。琉球に向かっているわ」
「米国艦隊を殲滅した、返す刀でインセクトも潰す気か。こうなりゃ、俺たちは本当に虫けらだね。霞、鳳翔に連絡だ」
「電信したわ。敵に護衛戦闘機はいないのね。でも、戦闘機には艦船を攻撃する能力は無い……特攻を除けば。手をこまねいて、見ているだけしかできないのかしら」
「金森艦長の明敏な采配を願うね。駆逐艦五隻だけでは、あの艦隊に勝つのは無論不可能だ。ここは琉球を放棄して中立コロニーを経由、トラックの本隊と合流するしかないか。霞、帰艦しよう」
「待って、命令が入ったわ。敵艦隊射程外の上空を回遊し、敵を陽動せよと。琉球から雷撃機隊が出撃するわ」
「馬鹿な! 雷撃機なんて自殺行為だ。味方艦隊を逃がすための捨て駒か? それとも、敵の目を上空の俺たちに引き付け、低空からの奇襲を試みるのか? 以前キリングが飛龍にやったように。そのくらい敵も読んでいるだろう。あのときとは状況が違う、狙い撃ちされるぞ」
「艦長と美嶋少佐のこと、なんらかの勝算があってのことだと思うわ。とにかく、敵の目を引き付けておきましょう」
 俺たちは命令に従い、敵艦隊に対し示威行動を取った。散発的に対空砲火が打ち上げられたが、俺たちはそれの届かない距離高度に位置していた。敵をからかうように進退を繰り返す。それを一時間近く続けたろうか。金森艦長から唐突に帰艦命令が下された。まだ雷撃機隊はこないのに。どういう作戦なんだ?
 疑念に包まれたまま、俺たちは鳳翔への帰路についた。しとしと、雨がぱらついてきていたが、たちまち本降りの雨となった。


制空戦闘戦 後