琉球の独立により、その後の戦局、国際関係に変化を生じたのは必然だが。琉球は海洋国家として、交易拠点となり大躍進するだろう。韓国、台湾、中国を初め。アジア全域のいずれも流通路としてその価値を認め友好関係を結んでいる。
問題はその蚊帳の外に置かれた日本帝国だ。琉球が商業国家として発展するとなれば、おもしろくないのは当然だ。帝国軍が那覇奪還に来ることは予期されていた。しかし硫黄島を巡る日米の消耗戦は依然続いており。帝国軍に那覇に回す戦力があるとも思えなかった。この戦域もステイルメイトかに思われた。
しかしそのつかの間の安寧は、琉球独立後六日目の正午、破られた。おおよその予測を裏切り、米軍機の襲来という形で戦端が開かれたのだ。
……
霞飛曹長率いる戦闘機中隊九機は、敵、それも米軍雷撃機中隊十二機を正確なポイントで迎撃していた。両者、低空から侵入し接敵したのだ。カモ狩りの絶好の態勢ではあるが、交戦とはならなかった。
雷撃機アベンジャーは交戦するまでもなく、魚雷を捨てて反転し、逃げ帰っていった。
他愛の無いやつらだ。しかし雷装を持たないアベンジャーの最大速度は速い。深追いすると、多数の局地戦闘機の待ち伏せを喰う可能性があることだし。
俺は霞に、帰艦を提案した。俺たちはこうして一発の銃弾も放つことなく敵の撃退に成功し、母艦鳳翔への帰路にあった。
霞は意外そうな声で問う。「不知火くん、これを予期していたの?」
「少しはね。ノンセクト・インセクトの拠点とあっては、琉球は米軍にとっても目の上の瘤だもんな。琉球は現時点でのアメリカにとって戦略的には、あまり益のない地理条件にあるが。トラックやハワイを攻撃するのに比べ、日本軍との距離が短いことから局地的に戦力を集中しやすく、戦術的には優位に立てるからな」
「それだけじゃないわ、この哨戒任務中に敵の進撃ルートを事前に良くわかったってこと。母艦のレーダーに映らない、低空を忍び寄る雷撃機を発見するなんて。不知火くんは戦略の才能があるわね、わたしなんてただちょっと空戦技量があるだけなのに」
「それも気が引けるんだけどね。俺は自分の身を守るためにこの航路を選んだのさ。キリングの化け猫連中を相手にしたくなかったからね」
「どういうこと?」
「護衛戦闘機はいなかったろう? とすると化け猫はどこを目指したか。は、冬月と時雨。二人とも、いまごろ泡を吹いているぞ」
「腰抜けくんって、ほんとに腹黒いんだから! 帰艦は中止、味方の援護に回るわよ!」
「無駄だよ、到着するころには戦闘は終わっているさ。俺は昨日賞金を貰ったばかりだし、ゆっくり休みたいね」
「馬鹿! フェアにプレイするのがルールだって、何度も言っているじゃない。命令よ、ついてきなさい」
やれやれ、お人好しのお嬢様め。俺みたいに金目当てで生活が掛かっていちゃ、とてもそんな真似できねえっての。しかし命令は命令だ。俺たちは冬月中隊の予想戦域ポイントへ転進した。
……二十分ほどのフライト後だった。霞はひたすら味方機へコールしていた。「冬月中隊、応答願います……駄目だわ、反応はない」
「だから言ったろう、無駄だって。それよりこんな海域で長距離無線は危険過ぎるぞ、敵機がやってくる」
と答えたとき。敵機以上に聞きたくない涙声が耳に入った。「その声! そこにいるのは霞ちゃん中隊? 助けてよう!」
生き延びていたとは! ゴキブリかこいつは? そもそもなんでここにいるんだ?
霞が問う。「時雨准尉? 生きていたのね、他のみんなは?」
「わかんない。もうみんなばらばら。敵がついてきちゃったよう」
座標を確認……たった一機の時雨のスピットファイアを追う形で、右舷下方低空海面ぎりぎりに化け猫の群れ、二個中隊いる! 畜生おっさん、疫病神め!
こんな不利な態勢下にあるに関わらず、時雨は敵機編隊の追撃を見事なローリングシザーズでかわしている。なんとかとハサミは使いようってやつだな。
「疎ねまれてるわね、さすが撃墜王。賞金首だもんね。冬月准尉はどうしたの、巻き込んじゃ駄目じゃない。災難ね、冬月くん」霞は苦笑している。
それどころじゃねえだろ。十対二十か。ま、俺たちは数では劣るが四千メートルの高空にいる。これは優位な体勢で戦えるかな。
霞は突撃を指示した。霞中隊九機は敵編隊に真正面から突っ込んで行った。敵機は時雨を追いかけるのを止め、急加速で水平前進に入った。俺たちの攻撃を高速で振り切るつもりだな。
霞中隊はみごとな編隊機動をとった。急降下体制からロールし反転し、敵編隊の尻尾に喰らいついたのだ。機銃を斉射する。これは本当なら、必勝の体勢であっただろう。
しかしF8Fはあまりに高速で、命中弾は少なかった。しかも被弾した五、六機の敵機も煙を引くだけで、爆発炎上はしなかった。防弾性能が高すぎるな、化け猫は。唯一、馬力のある紫電改の霞機だけが追い討ちし二〇ミリを直撃させ、一機仕留めていた。
高速で離脱していくベアキャットの群れを、俺は唇を噛み締め見守った。先制攻撃の利点はここまでだ。一撃離脱戦法を取られれば、勝てるのか? あの化け猫に! どうやって倒す? 最大速度の利が敵にあるということは、進退の主導権も敵にあるということだ。俺たちは逃げようにも速度が足りない。背筋を冷たいものが走る。やばいな。
しかし、今回も敵機編隊は十分な速度と高度を取ったというのに、反転してこなかった。動きが鈍いな。! 俺は、はっと気付いた。「霞、追撃しよう」
「追撃? 馬力も数も上の敵相手に何言っているの、一撃離脱を繰り返されたらわたしたちは全滅よ。腰抜けくんらしくないわね」
「ガス欠だよ、敵さんは。時雨のおっさんが長時間全速で引きずりまわしてくれたおかげだ。助かったぜ、それで向かってこないのさ。ここで俺たちが全速で追撃すれば、敵さんは一撃離脱戦法を取れない。つまり燃料切れで落ちるか、ゼロとドッグファイトをするかの二者択一を迫られる。どちらにしても必勝だぜ、霞!」
この俺の台詞に、中隊はどっと湧いた。時雨という例外もいたが。「僕も燃料切れだよう、帰れないよう。着水するから、後で助けに来てね。頼むよ、絶対だよう」
俺としてはほっておきたかったが、時雨は無類の撃墜王だ。戦力的にそうもいかない。
時雨は吹いている。「ついてないなあ、今日は三機しか落とせなかった上に不時着か。ベアキャットは本当に化け猫だね。それもかよわい僕ちゃん一人に三〇機だよ、キリングの卑怯者!」
数も性能も勝る敵相手に正面勝負し、三機しか、とはなんだ! 生き延びていたこと自体が常軌を逸している。バケモノはあんただよ、時雨准尉。なんとかと天才は紙一重ってやつだな。自覚の無い馬鹿は始末に負えん。
ともあれこうして俺たちは追撃体勢に入り。ばらばらに逃げ散った敵機を悠々六機仕留めるという戦果を挙げ、帰路についた。撃ちもらした敵も燃料切れで落ちたものが多いはずだ。
霞は一言、「腰抜けくんはやっぱり腹黒いわね」と、謝辞を言った。
その夜、俺は作戦会議室に出頭させられていた。俺一人、単独でだ。何の用か。なにかきな臭さを感じる。
美嶋少佐が諧謔の笑みで俺を出迎えた。「時雨は無事救助されたよ。だが冬月中隊、時雨中隊は全滅か。対する霞中隊は全機生還。それも敵編隊三個中隊を撃退し。ほんとうに悪運が強いな、不知火は」
「恐縮です、少佐」
「秘密を教えよう。敵指揮官のキリング少佐はな。現実世界でも、わたしのライバルなんだ。商売敵さ。彼は某州立大学院経営学修士でね。証券会社に勤務している。そんなエリートとは違い、わたしはひよっこの平証券マンだがね。ヤツはわたしを処刑に追い込んだ。わたしもヤツを戦死させてやった。わたしたちのマネーゲームは、なかなかおもしろい展開になっていること、想像つくだろう?」
「興味ありません」俺はそっけなくいった。しかし会話に集中する。なにかヤバい展開になりそうだ。
「素直にわかりませんと言え、引きこもり少年」美嶋はやれやれと首を振った。「不知火、おまえの中二病生レベルの頭でもわかるように説明してやる。戦局は分水嶺に達している。史実でもそうだった。このゲームはいまや現実世界の経済バランスはおろか、軍事バランスにまで影響を及ぼしているのさ。民族問題なんて、いまさらぶり返したってしかたないのにな」
長口上になりそうだな。うんざりではあるが聞く。
「例えば戦国時代、秀吉の命により日本人は朝鮮に出兵し、殺戮と略奪を繰り返した。これは知っているな、耳塚の由来とか習ったろ。だが朝鮮人と日本人は、血縁的に近い民族だ。朝鮮人は日本に渡り鉄器や磁器を教えた。もっともその特許権はもう二千年は切れているがね。
日本だって、大陸から侵略を受けた。元寇は二度にわたる台風、神風によって撃退されたのだから。過去の日本人が神風を信じた理由だな。四千年の歴史の中国はというと。魏志倭人伝に見られるように、日本は侵略する価値もない未開の蛮国に過ぎなかった。
さらに遡れば。人類の最初の祖先はアフリカで生まれた。同朋同士殺しあっていたその祖先はたった一人の母だったのさ。アフリカで誕生した人類が世界に進出し、全土を席巻し、地球を一周し。その最西端と最東端で生まれた衝突が太平洋戦争だった。それは政治的というより、地理的条件による経済的に必然の戦争だった。一世紀前の大戦。まさに人類史上の分水嶺だったんだ」
俺は慎重に言葉を選んだ。「それがいま電脳世界内、ひいては現実経済面で再現されたと」
「クイーンのおかげでな。それにわたしは良い部下に恵まれた。おかげで単なるお遊びだったはずのこのゲームが、いまや株式市場を沸かしているよ。沖縄なんてにわか景気でお祭り騒ぎの大騒ぎ。新米証券マンに過ぎなかったわたしは、引っ張りだこで、てんてこまいさ。不知火も儲かって笑いが止まらないだろう? だが、ここに障壁が立ちふさがる」美嶋は言葉を区切ると、俺の目を覗き込む。「神無月真琴といったな。あの傑物がこのお遊びに一枚噛んでいるとなると、話は別だ。ヤツなら一人で戦局を一変でき、利益を独占し得る。そうなれば、現実の経済、軍事バランスにも影響を及ぼしかねない。不知火、命令だ。ヤツを見つけたら、殺せ。以上だ、退出せよ」
俺は従った。神無月を殺せ、か。俺を刺客に任じたわけだ。この命令は、美嶋独自のものか? それともインセクト上層部、ひいては投資家連中が絡んでいるのだろうか。
いずれにせよ一下士官ごときに確かめられない。やれやれ、こいつは面倒なことになってきたな。霞ならどうするだろう?
艦隊決戦
問題はその蚊帳の外に置かれた日本帝国だ。琉球が商業国家として発展するとなれば、おもしろくないのは当然だ。帝国軍が那覇奪還に来ることは予期されていた。しかし硫黄島を巡る日米の消耗戦は依然続いており。帝国軍に那覇に回す戦力があるとも思えなかった。この戦域もステイルメイトかに思われた。
しかしそのつかの間の安寧は、琉球独立後六日目の正午、破られた。おおよその予測を裏切り、米軍機の襲来という形で戦端が開かれたのだ。
……
霞飛曹長率いる戦闘機中隊九機は、敵、それも米軍雷撃機中隊十二機を正確なポイントで迎撃していた。両者、低空から侵入し接敵したのだ。カモ狩りの絶好の態勢ではあるが、交戦とはならなかった。
雷撃機アベンジャーは交戦するまでもなく、魚雷を捨てて反転し、逃げ帰っていった。
他愛の無いやつらだ。しかし雷装を持たないアベンジャーの最大速度は速い。深追いすると、多数の局地戦闘機の待ち伏せを喰う可能性があることだし。
俺は霞に、帰艦を提案した。俺たちはこうして一発の銃弾も放つことなく敵の撃退に成功し、母艦鳳翔への帰路にあった。
霞は意外そうな声で問う。「不知火くん、これを予期していたの?」
「少しはね。ノンセクト・インセクトの拠点とあっては、琉球は米軍にとっても目の上の瘤だもんな。琉球は現時点でのアメリカにとって戦略的には、あまり益のない地理条件にあるが。トラックやハワイを攻撃するのに比べ、日本軍との距離が短いことから局地的に戦力を集中しやすく、戦術的には優位に立てるからな」
「それだけじゃないわ、この哨戒任務中に敵の進撃ルートを事前に良くわかったってこと。母艦のレーダーに映らない、低空を忍び寄る雷撃機を発見するなんて。不知火くんは戦略の才能があるわね、わたしなんてただちょっと空戦技量があるだけなのに」
「それも気が引けるんだけどね。俺は自分の身を守るためにこの航路を選んだのさ。キリングの化け猫連中を相手にしたくなかったからね」
「どういうこと?」
「護衛戦闘機はいなかったろう? とすると化け猫はどこを目指したか。は、冬月と時雨。二人とも、いまごろ泡を吹いているぞ」
「腰抜けくんって、ほんとに腹黒いんだから! 帰艦は中止、味方の援護に回るわよ!」
「無駄だよ、到着するころには戦闘は終わっているさ。俺は昨日賞金を貰ったばかりだし、ゆっくり休みたいね」
「馬鹿! フェアにプレイするのがルールだって、何度も言っているじゃない。命令よ、ついてきなさい」
やれやれ、お人好しのお嬢様め。俺みたいに金目当てで生活が掛かっていちゃ、とてもそんな真似できねえっての。しかし命令は命令だ。俺たちは冬月中隊の予想戦域ポイントへ転進した。
……二十分ほどのフライト後だった。霞はひたすら味方機へコールしていた。「冬月中隊、応答願います……駄目だわ、反応はない」
「だから言ったろう、無駄だって。それよりこんな海域で長距離無線は危険過ぎるぞ、敵機がやってくる」
と答えたとき。敵機以上に聞きたくない涙声が耳に入った。「その声! そこにいるのは霞ちゃん中隊? 助けてよう!」
生き延びていたとは! ゴキブリかこいつは? そもそもなんでここにいるんだ?
霞が問う。「時雨准尉? 生きていたのね、他のみんなは?」
「わかんない。もうみんなばらばら。敵がついてきちゃったよう」
座標を確認……たった一機の時雨のスピットファイアを追う形で、右舷下方低空海面ぎりぎりに化け猫の群れ、二個中隊いる! 畜生おっさん、疫病神め!
こんな不利な態勢下にあるに関わらず、時雨は敵機編隊の追撃を見事なローリングシザーズでかわしている。なんとかとハサミは使いようってやつだな。
「疎ねまれてるわね、さすが撃墜王。賞金首だもんね。冬月准尉はどうしたの、巻き込んじゃ駄目じゃない。災難ね、冬月くん」霞は苦笑している。
それどころじゃねえだろ。十対二十か。ま、俺たちは数では劣るが四千メートルの高空にいる。これは優位な体勢で戦えるかな。
霞は突撃を指示した。霞中隊九機は敵編隊に真正面から突っ込んで行った。敵機は時雨を追いかけるのを止め、急加速で水平前進に入った。俺たちの攻撃を高速で振り切るつもりだな。
霞中隊はみごとな編隊機動をとった。急降下体制からロールし反転し、敵編隊の尻尾に喰らいついたのだ。機銃を斉射する。これは本当なら、必勝の体勢であっただろう。
しかしF8Fはあまりに高速で、命中弾は少なかった。しかも被弾した五、六機の敵機も煙を引くだけで、爆発炎上はしなかった。防弾性能が高すぎるな、化け猫は。唯一、馬力のある紫電改の霞機だけが追い討ちし二〇ミリを直撃させ、一機仕留めていた。
高速で離脱していくベアキャットの群れを、俺は唇を噛み締め見守った。先制攻撃の利点はここまでだ。一撃離脱戦法を取られれば、勝てるのか? あの化け猫に! どうやって倒す? 最大速度の利が敵にあるということは、進退の主導権も敵にあるということだ。俺たちは逃げようにも速度が足りない。背筋を冷たいものが走る。やばいな。
しかし、今回も敵機編隊は十分な速度と高度を取ったというのに、反転してこなかった。動きが鈍いな。! 俺は、はっと気付いた。「霞、追撃しよう」
「追撃? 馬力も数も上の敵相手に何言っているの、一撃離脱を繰り返されたらわたしたちは全滅よ。腰抜けくんらしくないわね」
「ガス欠だよ、敵さんは。時雨のおっさんが長時間全速で引きずりまわしてくれたおかげだ。助かったぜ、それで向かってこないのさ。ここで俺たちが全速で追撃すれば、敵さんは一撃離脱戦法を取れない。つまり燃料切れで落ちるか、ゼロとドッグファイトをするかの二者択一を迫られる。どちらにしても必勝だぜ、霞!」
この俺の台詞に、中隊はどっと湧いた。時雨という例外もいたが。「僕も燃料切れだよう、帰れないよう。着水するから、後で助けに来てね。頼むよ、絶対だよう」
俺としてはほっておきたかったが、時雨は無類の撃墜王だ。戦力的にそうもいかない。
時雨は吹いている。「ついてないなあ、今日は三機しか落とせなかった上に不時着か。ベアキャットは本当に化け猫だね。それもかよわい僕ちゃん一人に三〇機だよ、キリングの卑怯者!」
数も性能も勝る敵相手に正面勝負し、三機しか、とはなんだ! 生き延びていたこと自体が常軌を逸している。バケモノはあんただよ、時雨准尉。なんとかと天才は紙一重ってやつだな。自覚の無い馬鹿は始末に負えん。
ともあれこうして俺たちは追撃体勢に入り。ばらばらに逃げ散った敵機を悠々六機仕留めるという戦果を挙げ、帰路についた。撃ちもらした敵も燃料切れで落ちたものが多いはずだ。
霞は一言、「腰抜けくんはやっぱり腹黒いわね」と、謝辞を言った。
その夜、俺は作戦会議室に出頭させられていた。俺一人、単独でだ。何の用か。なにかきな臭さを感じる。
美嶋少佐が諧謔の笑みで俺を出迎えた。「時雨は無事救助されたよ。だが冬月中隊、時雨中隊は全滅か。対する霞中隊は全機生還。それも敵編隊三個中隊を撃退し。ほんとうに悪運が強いな、不知火は」
「恐縮です、少佐」
「秘密を教えよう。敵指揮官のキリング少佐はな。現実世界でも、わたしのライバルなんだ。商売敵さ。彼は某州立大学院経営学修士でね。証券会社に勤務している。そんなエリートとは違い、わたしはひよっこの平証券マンだがね。ヤツはわたしを処刑に追い込んだ。わたしもヤツを戦死させてやった。わたしたちのマネーゲームは、なかなかおもしろい展開になっていること、想像つくだろう?」
「興味ありません」俺はそっけなくいった。しかし会話に集中する。なにかヤバい展開になりそうだ。
「素直にわかりませんと言え、引きこもり少年」美嶋はやれやれと首を振った。「不知火、おまえの中二病生レベルの頭でもわかるように説明してやる。戦局は分水嶺に達している。史実でもそうだった。このゲームはいまや現実世界の経済バランスはおろか、軍事バランスにまで影響を及ぼしているのさ。民族問題なんて、いまさらぶり返したってしかたないのにな」
長口上になりそうだな。うんざりではあるが聞く。
「例えば戦国時代、秀吉の命により日本人は朝鮮に出兵し、殺戮と略奪を繰り返した。これは知っているな、耳塚の由来とか習ったろ。だが朝鮮人と日本人は、血縁的に近い民族だ。朝鮮人は日本に渡り鉄器や磁器を教えた。もっともその特許権はもう二千年は切れているがね。
日本だって、大陸から侵略を受けた。元寇は二度にわたる台風、神風によって撃退されたのだから。過去の日本人が神風を信じた理由だな。四千年の歴史の中国はというと。魏志倭人伝に見られるように、日本は侵略する価値もない未開の蛮国に過ぎなかった。
さらに遡れば。人類の最初の祖先はアフリカで生まれた。同朋同士殺しあっていたその祖先はたった一人の母だったのさ。アフリカで誕生した人類が世界に進出し、全土を席巻し、地球を一周し。その最西端と最東端で生まれた衝突が太平洋戦争だった。それは政治的というより、地理的条件による経済的に必然の戦争だった。一世紀前の大戦。まさに人類史上の分水嶺だったんだ」
俺は慎重に言葉を選んだ。「それがいま電脳世界内、ひいては現実経済面で再現されたと」
「クイーンのおかげでな。それにわたしは良い部下に恵まれた。おかげで単なるお遊びだったはずのこのゲームが、いまや株式市場を沸かしているよ。沖縄なんてにわか景気でお祭り騒ぎの大騒ぎ。新米証券マンに過ぎなかったわたしは、引っ張りだこで、てんてこまいさ。不知火も儲かって笑いが止まらないだろう? だが、ここに障壁が立ちふさがる」美嶋は言葉を区切ると、俺の目を覗き込む。「神無月真琴といったな。あの傑物がこのお遊びに一枚噛んでいるとなると、話は別だ。ヤツなら一人で戦局を一変でき、利益を独占し得る。そうなれば、現実の経済、軍事バランスにも影響を及ぼしかねない。不知火、命令だ。ヤツを見つけたら、殺せ。以上だ、退出せよ」
俺は従った。神無月を殺せ、か。俺を刺客に任じたわけだ。この命令は、美嶋独自のものか? それともインセクト上層部、ひいては投資家連中が絡んでいるのだろうか。
いずれにせよ一下士官ごときに確かめられない。やれやれ、こいつは面倒なことになってきたな。霞ならどうするだろう?
艦隊決戦