夕刻。明日早朝の出撃に備え、俺は早く休もうかと思っていた。ベッドに横たわり、ジョン・レノンのイマジンなどを聴きながら、クラウゼヴィッツの戦争論を読んでいた。我ながら矛盾した習慣だ。これをしていると眠くなるんだよな。虚脱感に襲われる。
戦争とはなにか。自国の意思を他国に強制する一種の強力行為、政治手段だとさ。正義など理想など聖戦などの理屈は出ないんだな。
司令官にとって戦争は、戦力、資材、士気をもってなす代数計算だ。自らの意思もなく徴兵された兵士は、権力者どもの政治ゲームのコマにされ、か。結幕は、敵戦力の殲滅をもってし。ぞっとしない話しだね。
クラウゼヴィッツの時代の兵科は、歩兵・騎兵・砲兵の三つだが。太平洋戦争当時の航空機なら、戦闘機はいわば騎兵に相当する。戦争論は戦闘機戦術にも応用できる。戦略的なところは勿論だが、それは美嶋に任せるさ。
騎兵は歩兵の五倍ものコストがかかる。だから陣地を互いに対しての、長期の持久戦には向かない。騎兵戦術は奇襲、膠着疲弊した歩兵戦線の強行突破にある、か。もっとも騎兵同士の戦いなら? 単なる消耗戦だな。やれやれ。
イマジンをぼんやりと訳す。
『天国なんてないんだ。簡単なことさ。地獄だって無い。空が広がっているだけさ。想像してごらん、すべての人々が。今日のために生きている……』
ここでコールされた。スクランブルか、野暮用だな。酒を飲まないで正解だった。ボケてる場合じゃないな。直ちにリンクする。
鳳翔作戦会議室。中には美嶋少佐の他、冬月と霞がいた。
少佐は説明を始める。「君たちには緊急の任務を与える。東方から未確認機が三機接近中だ。日軍機、米軍機ともわからない。やっかいなことに、戦闘機とも爆撃機ともな。明朝の那覇攻撃前に、余分な戦力は割けない。対処できる精鋭と言えば、諸君三人しかいない。直ちに出撃してこれを撃退してもらいたい。もうほんの数十マイルに迫っている」
こんなタイミングでたった三機の未確認機とは妙な話だ。偵察機にしては多いし。まさかB17重戦闘機型じゃないだろうな。『キラー』の奇策か? とにかく俺たちは緊急出撃した。冬月准尉が小隊長、霞一飛曹が二番機、俺は三番機だ。
発艦してから接敵までは、十分とかからなかった。急上昇し上空三千メートル。なんとか敵と同空位につけた。危ないところだ。三機の敵機の機種を判別して驚く。
スピットファイアだと? ゼロに似た性能を有していたと言う、英国製格闘戦機か! これは不慣れなパイロットには致命的だ。米軍は重戦闘機に加えて軽戦闘機まで用い、死角を封じようというのか!
? 通信が漏れ聴こえた。「……まさかゼロと戦うはめになるとはねえ、因果なものだ。死なないように戦い抜こうね。僕ちゃんは気にしないでいいから」
この独特の間延びした緊張感の欠落した声と言えば!
冬月は声を上げた。「時雨准尉? 何故おまえが敵についている!」
「あれ? 冬月ちゃんなの? まあ話せば長くなるけど……いまや僕の敵はきみたちだ。手加減はしないよ」
なにがなんでこうなるものやら。俺たちは互いに正面攻撃を避け、上昇捻り込みに入った。霞機は紫雷改の高速性から、大きなループになっていた。時雨機はたちまちカモ番機の俺の背後につけてくる。
は、やるな。まさか巴戦でゼロと互角に渡り合えるとはね。英さんも一次大戦までは日本と同盟国だっただけある。
このままでは振り切れない。史実ゼロを無敵とした曲芸飛行といくか。俺は限界まで急上昇し、頂点でフットバーに左足を思い切り踏み込んだ。左急速反転捻り込み。強烈なGに締め付けられる。
! 気色の悪い振動が俺を揺さぶった。機体が情けない悲鳴を上げる。やばい、Gが損壊臨界に達したか? 墜ちる!
そのときだった。高速のルーサークルを終えた霞機が時雨機の背後に回り、銃撃を仕掛けたのだ。無論そのくらい読んでいない撃墜王ではない。時雨はあっさりと急降下でかわし、今度は冬月機を付けねらう。ゼロ戦五二型の冬月は、一番旋回が遅かったのだ。
俺はこの隙に幸運なことに眼前やや遠距離に、敵小隊カモ番機を捕らえていた。冬月機を追っていて後方が無防備だ。速度距離の偏差を考えつつ照準に収め、一三ミリを叩き込む。敵機は火を噴いた。スピットファイア撃墜、か。
霞が心配そうに話し掛ける。「大丈夫? 冷静な不知火くんらしくないわね、自分だけであの撃墜王に挑むなんて。無茶しすぎよ、あれではゼロは空中分解する寸前だった」
「うっかりしていたよ、霞。俺の機体は馬力は上がったのに機体強度は元のままだもんな。いまの撃墜は、俺の借りにしとくよ。もう一機は、俺が引き受ける。霞はあの撃墜王をなんとかしてくれ」
俺は敵の二番機と巴戦に入る。ロールからの平面旋回だ。今度ばかりは、ゼロ改の方に分があるようだ。徐々に追い詰めていく。
冬月准尉は苦境に立たされていた。空戦技量ではやはり、時雨が優位にあるようだ。なんといっても同じ撃墜王ランキング千位内の、法外なクイーンを使える身分としても。霞は同僚にもそれを分け与えたが、時雨は自機一機の購入費と改造費にほぼ当てているのだからな。スーパースピットファイアだ。
限界の格闘戦の中、罵声を上げる冬月。「畜生、時雨、おまえはなんのために戦うんだよ、売国奴!」
「売国奴上等! 僕の家系は、北海道出でね。僕はアイヌの血を引いているらしいんだ。琉球王国の独立に、ちょっと共感しちゃってね」
へ? 俺はあっけにとられた。
霞が叫ぶ。「!? それって。ちょっと待って、時雨准尉!」
無論冬月も話し掛ける。「ブレイクだ! 俺たちは味方だ、時雨!」
「そんな手に僕、乗らないも~ん。さようなら、冬月ちゃん。きみのことは絶対に忘れちゃうよ」
「どアホうぅ、人の話を聞けい!」冬月は喚いたがその言葉は無駄だった。
時雨のスピットファイア機銃七.六二ミリ、いや改造された凶悪な一二.七ミリ八門の雨のような銃撃に、冬月のゼロは炎に包まれた。黒煙を上げ墜落していく。貴公子の名も地に落ちたな。いや、海に落ちたか。
俺は空寒さを感じていた。真面目にこのおっさんは疫病神だな。ろくなことをしない。なんとかに包丁ってやつだ、まったく恐ろしいぜ。
時雨は嬉々として笑っている。「これで二百三十機目! 撃墜王ランキング百位内には入ったかな。さあ、二百三十一機目になりたいのは不知火ちゃん? 霞ちゃん?」
「馬鹿! よくも冬月准尉を。本当に撃ち落すわよ!」と、霞お嬢様が逆上して怒っている。
俺も確かに、こういう手合いは死んだほうが世の中のために思える。しかしこうも事態が狂っていると、返って冷めてしまう。俺は努めて、冷静に言う。「俺たちはノンセクト・インセクト。琉球の同盟軍ですよ、時雨准尉」
「あ、そなの、もう日本帝国軍じゃないんだ」きょとんとした声を出す時雨。「痛み分けってことで、許してくれない?」
なし崩し的に俺たち生き残った四機は帰艦した。作戦会議室で美嶋少佐は淡々と報告を受けた。「とんだ不祥事だな。事故は起こるものだ。災難だったな、霞、不知火。それに時雨。時雨、詳細を」
「僕はキリング少佐に撃ち落された後、那覇基地所属の水上偵察飛行艇に発見されて、救助されたんです。僕は脱走兵として処刑されることを覚悟しました。ところが彼らは沖縄の独立を望んでいるとのことで、僕の罪は問われなかったんです。命を助けて貰った代わりに協力することにしたんですよ。それから、二日。傷の癒えた僕は哨戒任務に駆り出されました。その帰還中だったんです」
「同士討ちとは情けないが。責任は長距離無線を封止していたわたしにある。諸君らに罪は無い。作戦はもうきみたちにもばれたな、全部話そう。那覇基地航空隊はわれらインセクトと内応していたのだ。だが、内地出身の司令官とその親衛隊部隊は、そうではない。現在沖縄は帝国軍と琉球軍とで緊張が高まっている。作戦は住民志願兵の一斉蜂起による那覇軍事施設攻略にあった。われらインセクトはその援軍となり、戦いの火蓋を切るのだ。退出せよ、ゆっくり休めよ、明日は早い」
それから俺と霞は格納甲板に向かった。俺は自分のゼロの被害状況を確かめる。一見、無傷だ。柔軟なゼロらしい。いくつかの主要なフレームが歪んでいるかと思ったが、数個のビスを吹き飛ばす程度ですんだようだ。だが金属疲労の限界には留意したい。
「霞、今日は助かったよ。さすがの俺もここまでか、と思った」
「相手が悪すぎたわね、あの時雨ちゃんじゃ。あなたにはわたしも助けて貰っているし、貸し借りなんて気にしないで」笑みを見せる霞。「確かにあなたは戦略には通じているけど、技量の方は少し劣るわね。時雨がSランクとしたら、Aマイナスってところ。でもあなたは生き延びてきた。空戦の極意があったら教えて欲しいわ」
「蝿のように舞い蚊のように刺す、さ」俺は即答する。「蝶の様に飛んでちゃ、敵の良い的さ。蜂の様に鋭く刺したら痛みで返り討ちが来る。蝿のように嫌らしく飛び。蚊のように刺されたことも気付かれないうちに血をすする。これが理想さ」
「腰抜けくんらしい腹黒い意見ね」霞は苦笑している。「蝿の魔王ベルゼブブって呼ぶわよ、今度から」
「魔王は神無月真琴一人で十分さ。霞、きみこそ空戦技量はSランクだ。時雨に撃墜数で及ばないのは、きみが僚機を気遣って犠牲になっていたからだろう? 俺なんかとは大違いさ」
「ありがと。でも腰抜けくん、あなたは人気あるわよ」
「俺が? 俺なんて敵ではなく味方から殺されるって言われるぜ」
「過小評価ね。腰抜けぶりが返って、味方の安全を守っているの。B17のとき、飛龍脱出のとき、クーデターのとき。あなたは的確な指示でわたしを守ってくれたわ。他のみんなもね」
「俺は自分の給料のことだけしか、考えていなかったんだけどなあ」
「腰抜けくんらしいわね、ほんとに」
霞は手を伸ばし、指で俺の額をピシリ、と弾いた。
俺はやりかえそうとしたが、霞はするりと避け。「また明日」と言ってゲームアウトした。
俺もそれに続き、明日に備えようとしたが。疑念に囚われていた。
今日の「事故」は妙ではないか? 美嶋ほどの男が司令を損ねるとは。なにか俺たちに含むところでもあるのか? 例えば事故にみせかけ俺たちを脱落させる。
だが、理由が思い当たらない。部下を失うことは、同時に自分の給料にも返って来るからな。敵を倒したのであれば、味方に犠牲が出ても戦果となるが。敵? 俺たちの中にそんなものがいるのか、もしや諜報員が部隊に? それとも神無月。まさかな。
那覇攻略
戦争とはなにか。自国の意思を他国に強制する一種の強力行為、政治手段だとさ。正義など理想など聖戦などの理屈は出ないんだな。
司令官にとって戦争は、戦力、資材、士気をもってなす代数計算だ。自らの意思もなく徴兵された兵士は、権力者どもの政治ゲームのコマにされ、か。結幕は、敵戦力の殲滅をもってし。ぞっとしない話しだね。
クラウゼヴィッツの時代の兵科は、歩兵・騎兵・砲兵の三つだが。太平洋戦争当時の航空機なら、戦闘機はいわば騎兵に相当する。戦争論は戦闘機戦術にも応用できる。戦略的なところは勿論だが、それは美嶋に任せるさ。
騎兵は歩兵の五倍ものコストがかかる。だから陣地を互いに対しての、長期の持久戦には向かない。騎兵戦術は奇襲、膠着疲弊した歩兵戦線の強行突破にある、か。もっとも騎兵同士の戦いなら? 単なる消耗戦だな。やれやれ。
イマジンをぼんやりと訳す。
『天国なんてないんだ。簡単なことさ。地獄だって無い。空が広がっているだけさ。想像してごらん、すべての人々が。今日のために生きている……』
ここでコールされた。スクランブルか、野暮用だな。酒を飲まないで正解だった。ボケてる場合じゃないな。直ちにリンクする。
鳳翔作戦会議室。中には美嶋少佐の他、冬月と霞がいた。
少佐は説明を始める。「君たちには緊急の任務を与える。東方から未確認機が三機接近中だ。日軍機、米軍機ともわからない。やっかいなことに、戦闘機とも爆撃機ともな。明朝の那覇攻撃前に、余分な戦力は割けない。対処できる精鋭と言えば、諸君三人しかいない。直ちに出撃してこれを撃退してもらいたい。もうほんの数十マイルに迫っている」
こんなタイミングでたった三機の未確認機とは妙な話だ。偵察機にしては多いし。まさかB17重戦闘機型じゃないだろうな。『キラー』の奇策か? とにかく俺たちは緊急出撃した。冬月准尉が小隊長、霞一飛曹が二番機、俺は三番機だ。
発艦してから接敵までは、十分とかからなかった。急上昇し上空三千メートル。なんとか敵と同空位につけた。危ないところだ。三機の敵機の機種を判別して驚く。
スピットファイアだと? ゼロに似た性能を有していたと言う、英国製格闘戦機か! これは不慣れなパイロットには致命的だ。米軍は重戦闘機に加えて軽戦闘機まで用い、死角を封じようというのか!
? 通信が漏れ聴こえた。「……まさかゼロと戦うはめになるとはねえ、因果なものだ。死なないように戦い抜こうね。僕ちゃんは気にしないでいいから」
この独特の間延びした緊張感の欠落した声と言えば!
冬月は声を上げた。「時雨准尉? 何故おまえが敵についている!」
「あれ? 冬月ちゃんなの? まあ話せば長くなるけど……いまや僕の敵はきみたちだ。手加減はしないよ」
なにがなんでこうなるものやら。俺たちは互いに正面攻撃を避け、上昇捻り込みに入った。霞機は紫雷改の高速性から、大きなループになっていた。時雨機はたちまちカモ番機の俺の背後につけてくる。
は、やるな。まさか巴戦でゼロと互角に渡り合えるとはね。英さんも一次大戦までは日本と同盟国だっただけある。
このままでは振り切れない。史実ゼロを無敵とした曲芸飛行といくか。俺は限界まで急上昇し、頂点でフットバーに左足を思い切り踏み込んだ。左急速反転捻り込み。強烈なGに締め付けられる。
! 気色の悪い振動が俺を揺さぶった。機体が情けない悲鳴を上げる。やばい、Gが損壊臨界に達したか? 墜ちる!
そのときだった。高速のルーサークルを終えた霞機が時雨機の背後に回り、銃撃を仕掛けたのだ。無論そのくらい読んでいない撃墜王ではない。時雨はあっさりと急降下でかわし、今度は冬月機を付けねらう。ゼロ戦五二型の冬月は、一番旋回が遅かったのだ。
俺はこの隙に幸運なことに眼前やや遠距離に、敵小隊カモ番機を捕らえていた。冬月機を追っていて後方が無防備だ。速度距離の偏差を考えつつ照準に収め、一三ミリを叩き込む。敵機は火を噴いた。スピットファイア撃墜、か。
霞が心配そうに話し掛ける。「大丈夫? 冷静な不知火くんらしくないわね、自分だけであの撃墜王に挑むなんて。無茶しすぎよ、あれではゼロは空中分解する寸前だった」
「うっかりしていたよ、霞。俺の機体は馬力は上がったのに機体強度は元のままだもんな。いまの撃墜は、俺の借りにしとくよ。もう一機は、俺が引き受ける。霞はあの撃墜王をなんとかしてくれ」
俺は敵の二番機と巴戦に入る。ロールからの平面旋回だ。今度ばかりは、ゼロ改の方に分があるようだ。徐々に追い詰めていく。
冬月准尉は苦境に立たされていた。空戦技量ではやはり、時雨が優位にあるようだ。なんといっても同じ撃墜王ランキング千位内の、法外なクイーンを使える身分としても。霞は同僚にもそれを分け与えたが、時雨は自機一機の購入費と改造費にほぼ当てているのだからな。スーパースピットファイアだ。
限界の格闘戦の中、罵声を上げる冬月。「畜生、時雨、おまえはなんのために戦うんだよ、売国奴!」
「売国奴上等! 僕の家系は、北海道出でね。僕はアイヌの血を引いているらしいんだ。琉球王国の独立に、ちょっと共感しちゃってね」
へ? 俺はあっけにとられた。
霞が叫ぶ。「!? それって。ちょっと待って、時雨准尉!」
無論冬月も話し掛ける。「ブレイクだ! 俺たちは味方だ、時雨!」
「そんな手に僕、乗らないも~ん。さようなら、冬月ちゃん。きみのことは絶対に忘れちゃうよ」
「どアホうぅ、人の話を聞けい!」冬月は喚いたがその言葉は無駄だった。
時雨のスピットファイア機銃七.六二ミリ、いや改造された凶悪な一二.七ミリ八門の雨のような銃撃に、冬月のゼロは炎に包まれた。黒煙を上げ墜落していく。貴公子の名も地に落ちたな。いや、海に落ちたか。
俺は空寒さを感じていた。真面目にこのおっさんは疫病神だな。ろくなことをしない。なんとかに包丁ってやつだ、まったく恐ろしいぜ。
時雨は嬉々として笑っている。「これで二百三十機目! 撃墜王ランキング百位内には入ったかな。さあ、二百三十一機目になりたいのは不知火ちゃん? 霞ちゃん?」
「馬鹿! よくも冬月准尉を。本当に撃ち落すわよ!」と、霞お嬢様が逆上して怒っている。
俺も確かに、こういう手合いは死んだほうが世の中のために思える。しかしこうも事態が狂っていると、返って冷めてしまう。俺は努めて、冷静に言う。「俺たちはノンセクト・インセクト。琉球の同盟軍ですよ、時雨准尉」
「あ、そなの、もう日本帝国軍じゃないんだ」きょとんとした声を出す時雨。「痛み分けってことで、許してくれない?」
なし崩し的に俺たち生き残った四機は帰艦した。作戦会議室で美嶋少佐は淡々と報告を受けた。「とんだ不祥事だな。事故は起こるものだ。災難だったな、霞、不知火。それに時雨。時雨、詳細を」
「僕はキリング少佐に撃ち落された後、那覇基地所属の水上偵察飛行艇に発見されて、救助されたんです。僕は脱走兵として処刑されることを覚悟しました。ところが彼らは沖縄の独立を望んでいるとのことで、僕の罪は問われなかったんです。命を助けて貰った代わりに協力することにしたんですよ。それから、二日。傷の癒えた僕は哨戒任務に駆り出されました。その帰還中だったんです」
「同士討ちとは情けないが。責任は長距離無線を封止していたわたしにある。諸君らに罪は無い。作戦はもうきみたちにもばれたな、全部話そう。那覇基地航空隊はわれらインセクトと内応していたのだ。だが、内地出身の司令官とその親衛隊部隊は、そうではない。現在沖縄は帝国軍と琉球軍とで緊張が高まっている。作戦は住民志願兵の一斉蜂起による那覇軍事施設攻略にあった。われらインセクトはその援軍となり、戦いの火蓋を切るのだ。退出せよ、ゆっくり休めよ、明日は早い」
それから俺と霞は格納甲板に向かった。俺は自分のゼロの被害状況を確かめる。一見、無傷だ。柔軟なゼロらしい。いくつかの主要なフレームが歪んでいるかと思ったが、数個のビスを吹き飛ばす程度ですんだようだ。だが金属疲労の限界には留意したい。
「霞、今日は助かったよ。さすがの俺もここまでか、と思った」
「相手が悪すぎたわね、あの時雨ちゃんじゃ。あなたにはわたしも助けて貰っているし、貸し借りなんて気にしないで」笑みを見せる霞。「確かにあなたは戦略には通じているけど、技量の方は少し劣るわね。時雨がSランクとしたら、Aマイナスってところ。でもあなたは生き延びてきた。空戦の極意があったら教えて欲しいわ」
「蝿のように舞い蚊のように刺す、さ」俺は即答する。「蝶の様に飛んでちゃ、敵の良い的さ。蜂の様に鋭く刺したら痛みで返り討ちが来る。蝿のように嫌らしく飛び。蚊のように刺されたことも気付かれないうちに血をすする。これが理想さ」
「腰抜けくんらしい腹黒い意見ね」霞は苦笑している。「蝿の魔王ベルゼブブって呼ぶわよ、今度から」
「魔王は神無月真琴一人で十分さ。霞、きみこそ空戦技量はSランクだ。時雨に撃墜数で及ばないのは、きみが僚機を気遣って犠牲になっていたからだろう? 俺なんかとは大違いさ」
「ありがと。でも腰抜けくん、あなたは人気あるわよ」
「俺が? 俺なんて敵ではなく味方から殺されるって言われるぜ」
「過小評価ね。腰抜けぶりが返って、味方の安全を守っているの。B17のとき、飛龍脱出のとき、クーデターのとき。あなたは的確な指示でわたしを守ってくれたわ。他のみんなもね」
「俺は自分の給料のことだけしか、考えていなかったんだけどなあ」
「腰抜けくんらしいわね、ほんとに」
霞は手を伸ばし、指で俺の額をピシリ、と弾いた。
俺はやりかえそうとしたが、霞はするりと避け。「また明日」と言ってゲームアウトした。
俺もそれに続き、明日に備えようとしたが。疑念に囚われていた。
今日の「事故」は妙ではないか? 美嶋ほどの男が司令を損ねるとは。なにか俺たちに含むところでもあるのか? 例えば事故にみせかけ俺たちを脱落させる。
だが、理由が思い当たらない。部下を失うことは、同時に自分の給料にも返って来るからな。敵を倒したのであれば、味方に犠牲が出ても戦果となるが。敵? 俺たちの中にそんなものがいるのか、もしや諜報員が部隊に? それとも神無月。まさかな。
那覇攻略