俺は、はっと目覚めた。「飛んで」いたな。飛ぶ、というのはこの場合電脳世界内で意識を失うことを意味する。現実に目覚めさえすれば心身に影響はないものの、実現実との時間的空間的齟齬を来たす。深夜一時。俺は「戦死」したのか。戦いを思い出す。
良かった。「実戦」ではない一人シミュレーターでの敗北だ。俺は雷電(海軍の局地戦闘機)の性能を試していたのだった。やはり、俺にはゼロが向く。
弱点といえば馬力と装甲のみ。紙切れのような装甲しか持たないゼロを、後世の人間は人命軽視兵器だとの批難もあったが。機動性にダントツに優れ軽快、最高速度こそ高くはないものの加速力は秀逸で、出力を上げればすうっと加速、急旋回してもあまり減速はしない。かつ二〇ミリなんて武装を持つゼロは、緒戦当時は文字通り無敵だった。乗りこなせる技量さえあれば。むしろ、いくら装甲が厚くとも鈍重な戦闘機は、対戦闘機には役に立たないのだ。対攻撃機や地上銃撃ならその方が向くが。
戦闘経過を、調べてみる。俺は雷電の馬力と突っ込み速度を試していた。雷電は機動性が悪いとは言わないが、やはりゼロに比べたら鈍重だ。仮想敵機はF6Fヘルキャットだった。正面からの一撃離脱は、火力では対等のものの装甲は劣るので米軍機の新型ヘルキャットに優位には立てない。
セオリーとしては馬力を生かし高空で位置エネルギーを確保し、眼下に敵機を補足。馬力と重量を生かした突っ込みの急速度で敵のカマを掘るのだ。が、それだけ相対速度差が離れてしまえば、回避し旋回する敵機に満足に照準し命中弾を当てるのは困難だ。オーバーシュートすれば(敵を追い越してしまえば)攻守の立場は逆転する。こんどはこっちが敵の的になる。
ここで慌てて旋回し、ドッグファイトに入ってはならない。降下速度の余力を生かし十分に降下して敵機を引き離してから、運動エネルギーと重量によるズーム上昇で離脱を計るのがゼロとは違う雷電のセオリーである。再度高度を取り、一撃離脱を繰り返すのだ。長期の持久戦となる。一対一では互いに戦域を離脱するしか手の打ちようの無くなるステイルメイトになりやすい。どうも、この戦法は俺の性に合わない。
雷電は弱いとはいわない。爆撃機雷撃機相手なら、ゼロより有効だろう。奇襲を専門にするのであれば、無論戦闘機相手にも優位だ。馬力による高高度性能と最大速度に優れた雷電は進退の主導権を握れる。だが戦闘機を空の王者足りえているのは、他の航空機に競り勝てること、つまり戦闘機相手に戦えるかだ。格闘戦でのセオリーは、互いに急旋回し敵の後ろに回ること。ゼロの絶対的機動性が真価を発揮する。
しょせん戦闘機乗りなんて二つに一つ、だ。撃墜王か、的か。俺は? 皮肉っぽくほくそえむと、ウォッカをあおり。ベッドで寝なおす。急展開を迎えたゲームに備えて。
「諸君の最初の任務は、那覇基地の攻略である」空母鳳翔、作戦会議室。金森母艦長の発言は、俺たちゼロ戦乗りを騒然とさせた。
冬月は進言する。「我らは確かに、もう正規の日本軍ではありません。しかし昨日までの味方を敵に回す、というのはあまりに抵抗があります」
「我らの目的は、アジアの開放だ。沖縄も例外ではない」艦長は穏和な笑みを見せた。「沖縄を独立させ、琉球共和国にするのだ。史実沖縄は戦前も戦中も戦後も、日米から迫害とまで言える差別的地位に置かれていた。何十万という民間人犠牲者を出した沖縄では、独立運動が芽生えている。我らノンセクト・インセクトはその手助けをするのだ」
艦長の説明は続いた。戦略構想はこうだ。太平洋上に、ハワイ、トラック、琉球の大三角形を作る。そうすると硫黄島、グァム諸島で展開されている日米の戦線を包囲する三竦みの形となる。
俺は自分を薄情と認識するが、このインセクトのやり口には少なからぬ感慨を覚えた。史実の大戦がなにをもたらしたか。世界中を哀しみに覆い、狂わせ、憎しみの火種を撒いただけだ。民族の自立と自尊、そうして結ばれる世界の平等。まさに理想ではないか。現実の世もこうであればな。沖縄が独立とは、過激ではあるが。
俺たちは金森艦長に共鳴していた。正規の軍人とは違い制服を纏わず、奥さんの手縫いらしいくたびれた私服を愛用し、若かったころは凛々しかったであろう細面。渋いロマンスグレーにミスマッチの、白髪混じりの無精ひげ姿。にくめないおっさんだ。裏では金の亡者かもしれないが。
インセクトから俺たちに与えられたクイーンの額は、なかなかだった。補給部隊からの通告が来ていた。いまのゼロ、二一型を売却すれば新型機に乗り換えられると。
だが俺は新型のゼロ戦五二型に乗るつもりはなかった。五二型は馬力と火力が向上しているが主翼が一メートル切り詰められ二一型より機動性に劣る。旧来のゼロ戦二一型を改造し、エンジンの一部と機銃を五二型から換装してもらうことにした。
こうすれば速度も若干伸びるし、機銃も一三ミリ三丁、二〇ミリ二丁と敵の一二.七ミリに対抗できる。装甲は強化されないが、紙切れとベニヤ板ではどのみち大差ない。
他の仲間が五二型に乗り換える中、俺はなまじ余計な出費を割いたがこの二一型改を新たな愛機とした。
霞は以前からの貯金と、実績による評価で桁違いのクイーンを手にしていた。彼女はなんと『反則技』的超高性能機を任された。帝国海軍最強を誇った、紫電改。
紫電改は繊細な優等生だ。まさに霞向けと言える。速度、火力、上昇力を米さん新型機並に向上させ機動性も秀逸という一撃離脱も良し、巴戦も得意という死角無しの機体。
だが構造が複雑すぎ、整備員が優秀でなければ稼働率は低い。エンジントラブルも良く起こる病弱な一面も持つ。高出力故にともすれば焼きついてしまうエンジンをだましだまし吹かし、高空からの超高速での一撃離脱、さらに自動空戦フラップ(高揚力発生翼)を使ってのドッグファイトが紫電改の真骨頂だ。
こうして俺たちは、新たな戦闘体勢を整えた。
独立戦争 後
良かった。「実戦」ではない一人シミュレーターでの敗北だ。俺は雷電(海軍の局地戦闘機)の性能を試していたのだった。やはり、俺にはゼロが向く。
弱点といえば馬力と装甲のみ。紙切れのような装甲しか持たないゼロを、後世の人間は人命軽視兵器だとの批難もあったが。機動性にダントツに優れ軽快、最高速度こそ高くはないものの加速力は秀逸で、出力を上げればすうっと加速、急旋回してもあまり減速はしない。かつ二〇ミリなんて武装を持つゼロは、緒戦当時は文字通り無敵だった。乗りこなせる技量さえあれば。むしろ、いくら装甲が厚くとも鈍重な戦闘機は、対戦闘機には役に立たないのだ。対攻撃機や地上銃撃ならその方が向くが。
戦闘経過を、調べてみる。俺は雷電の馬力と突っ込み速度を試していた。雷電は機動性が悪いとは言わないが、やはりゼロに比べたら鈍重だ。仮想敵機はF6Fヘルキャットだった。正面からの一撃離脱は、火力では対等のものの装甲は劣るので米軍機の新型ヘルキャットに優位には立てない。
セオリーとしては馬力を生かし高空で位置エネルギーを確保し、眼下に敵機を補足。馬力と重量を生かした突っ込みの急速度で敵のカマを掘るのだ。が、それだけ相対速度差が離れてしまえば、回避し旋回する敵機に満足に照準し命中弾を当てるのは困難だ。オーバーシュートすれば(敵を追い越してしまえば)攻守の立場は逆転する。こんどはこっちが敵の的になる。
ここで慌てて旋回し、ドッグファイトに入ってはならない。降下速度の余力を生かし十分に降下して敵機を引き離してから、運動エネルギーと重量によるズーム上昇で離脱を計るのがゼロとは違う雷電のセオリーである。再度高度を取り、一撃離脱を繰り返すのだ。長期の持久戦となる。一対一では互いに戦域を離脱するしか手の打ちようの無くなるステイルメイトになりやすい。どうも、この戦法は俺の性に合わない。
雷電は弱いとはいわない。爆撃機雷撃機相手なら、ゼロより有効だろう。奇襲を専門にするのであれば、無論戦闘機相手にも優位だ。馬力による高高度性能と最大速度に優れた雷電は進退の主導権を握れる。だが戦闘機を空の王者足りえているのは、他の航空機に競り勝てること、つまり戦闘機相手に戦えるかだ。格闘戦でのセオリーは、互いに急旋回し敵の後ろに回ること。ゼロの絶対的機動性が真価を発揮する。
しょせん戦闘機乗りなんて二つに一つ、だ。撃墜王か、的か。俺は? 皮肉っぽくほくそえむと、ウォッカをあおり。ベッドで寝なおす。急展開を迎えたゲームに備えて。
「諸君の最初の任務は、那覇基地の攻略である」空母鳳翔、作戦会議室。金森母艦長の発言は、俺たちゼロ戦乗りを騒然とさせた。
冬月は進言する。「我らは確かに、もう正規の日本軍ではありません。しかし昨日までの味方を敵に回す、というのはあまりに抵抗があります」
「我らの目的は、アジアの開放だ。沖縄も例外ではない」艦長は穏和な笑みを見せた。「沖縄を独立させ、琉球共和国にするのだ。史実沖縄は戦前も戦中も戦後も、日米から迫害とまで言える差別的地位に置かれていた。何十万という民間人犠牲者を出した沖縄では、独立運動が芽生えている。我らノンセクト・インセクトはその手助けをするのだ」
艦長の説明は続いた。戦略構想はこうだ。太平洋上に、ハワイ、トラック、琉球の大三角形を作る。そうすると硫黄島、グァム諸島で展開されている日米の戦線を包囲する三竦みの形となる。
俺は自分を薄情と認識するが、このインセクトのやり口には少なからぬ感慨を覚えた。史実の大戦がなにをもたらしたか。世界中を哀しみに覆い、狂わせ、憎しみの火種を撒いただけだ。民族の自立と自尊、そうして結ばれる世界の平等。まさに理想ではないか。現実の世もこうであればな。沖縄が独立とは、過激ではあるが。
俺たちは金森艦長に共鳴していた。正規の軍人とは違い制服を纏わず、奥さんの手縫いらしいくたびれた私服を愛用し、若かったころは凛々しかったであろう細面。渋いロマンスグレーにミスマッチの、白髪混じりの無精ひげ姿。にくめないおっさんだ。裏では金の亡者かもしれないが。
インセクトから俺たちに与えられたクイーンの額は、なかなかだった。補給部隊からの通告が来ていた。いまのゼロ、二一型を売却すれば新型機に乗り換えられると。
だが俺は新型のゼロ戦五二型に乗るつもりはなかった。五二型は馬力と火力が向上しているが主翼が一メートル切り詰められ二一型より機動性に劣る。旧来のゼロ戦二一型を改造し、エンジンの一部と機銃を五二型から換装してもらうことにした。
こうすれば速度も若干伸びるし、機銃も一三ミリ三丁、二〇ミリ二丁と敵の一二.七ミリに対抗できる。装甲は強化されないが、紙切れとベニヤ板ではどのみち大差ない。
他の仲間が五二型に乗り換える中、俺はなまじ余計な出費を割いたがこの二一型改を新たな愛機とした。
霞は以前からの貯金と、実績による評価で桁違いのクイーンを手にしていた。彼女はなんと『反則技』的超高性能機を任された。帝国海軍最強を誇った、紫電改。
紫電改は繊細な優等生だ。まさに霞向けと言える。速度、火力、上昇力を米さん新型機並に向上させ機動性も秀逸という一撃離脱も良し、巴戦も得意という死角無しの機体。
だが構造が複雑すぎ、整備員が優秀でなければ稼働率は低い。エンジントラブルも良く起こる病弱な一面も持つ。高出力故にともすれば焼きついてしまうエンジンをだましだまし吹かし、高空からの超高速での一撃離脱、さらに自動空戦フラップ(高揚力発生翼)を使ってのドッグファイトが紫電改の真骨頂だ。
こうして俺たちは、新たな戦闘体勢を整えた。
独立戦争 後