近いうちに艦隊決戦がある、か。美嶋とは喰えない上官だぜ、あれで賞金を稼いでいるのだからな。あの美嶋大尉は少尉からの士官組でスタートしたのではない。登録料数十万円払っての大尉からの投資参加だ。

 俺たちが全滅したとしても、ゼロはそれ以上の敵機を喰っている。おかげで大尉殿には毎月給料が支払われるという図式さ。部下の上前をはねてやがるんだ。他の指揮官司令官だってそうだろう。前線では毎日多くのプレイヤー兵士がくたばっているというのに、後方で安穏と金勘定とはね。ま、仮に母艦でも撃沈され、戦死すれば大枚はパーだが。

 このゲームはどこぞの気違いが考え出した、計画的なネズミ講さ。
 加えてクイーンだ。それを牛耳っている奴は誰なのかな。このゲーム開発者か。しかしこのゲームは参加費こそ有料だが本体はフリーソフトなのでネットでいくらでも手に入る。練習のお試し一人プレイなら無料だし、いまどきローカルネット結んで金を払わないで内輪で対戦している連中もいるしな。
 開発者本人に、それほど金が舞い込むとは思えない。とすると大量のゲーム内通貨を使うリスクも冒せない。無論、通信電話業者は大儲けだろうが。どうもやつらの経営方針のやり口からするとズレてるな。そこで一人の男の名が浮かび上がる。

 神無月真琴と言ったな。彼が『ソフト』を開発したのは七年前だ。電撃的に採用され直接民主制が始まったのは五年前。それからというと、坂道を転がり落ちるごとしだ。
 情報化技術の発展は、人々の社会生活に大いなる影響を及ぼしていた。世界的な情報網による文化交流。経済発展は成長期を過ぎ、全世界、アフリカもインドも少子化が進んでいた。しかし資本主義経済が健全なときなんて、需要に供給が追いつかないときだけで。ひとたび一線を超えデフレとなると、停滞してしまう。
 需要が間に合っているとなると、労働者がいくらがんばったところで過剰な生産はすべて売れない在庫、終いには借金となるのだ。
 『働けば働くほど貧乏になる』。わかり切っていることなのに、各省庁は予算を残さないというお役所仕事で無意味な公共事業等を止めようとしない。毎年年度末になると見られる、穴を掘っては埋めの土木工事。いくら労働者の雇用確保のためとはいえ、そんな予算福祉や教育に回したり、税金そのものを減らしたりすればいいのに。国債は膨らむ一方だ。長引く生活レベルでの不況で社会は疲弊し切っている。

 生活苦からの自殺や凶悪犯罪の増加。悪循環の悪循環。犯罪者一人を収監させる費用は、一般民間人十人の生活費を賄えるという。そんな金があるなら、なんで事前に犯罪を防ぐ治安の改善、生活水準の向上が望めないのか。皮肉な話しだ。なにかのジョークか?
 こうなると新たな市場開拓、技術革新を望むしかない。この困窮下で革新的新技術も多多生まれたのに。それは食い潰され、全体として日本は無為に数十年を費やした。

 それがここ数年、良くも悪くもドラスティックに改革されつつある。直接民主制。
 現在。モラトリアン生活と言えば聞こえはいいが。二十年も前のインフラに頼りきり、新たな文化・技術・科学・芸術は停滞の極みを見せている。新商品はどこの業界だってそうだが、焼き直しの焼き直しだ。経済は科学技術は、文明は進歩成長しているはずなのに、民衆はみんな鬱々している。
 歴史的にはいつの世も人類の道具の発展は平和な生活のためよりも、戦争における武器としての方が著しい。それはこのゲームでも例外ではなかった。偏執狂的なまでに緻密にシミュレートされた仮想現実。それに絡んでくるのが、もし。うわさには聞くが。

 神無月真琴、か。ヤツがこのお遊びに関与しているとなると、なにを企んでいやがるんだ? 停滞した時代に彗星のごとく現れ、社会を革新して驚異的な経済成長をもたらした英雄は。その恩恵は、大昔のバブル期同様ほとんど一般市民はあやかっていないがね。
 神無月は彗星というよりブラックホールだな。それを考えると憂鬱になる。
 昼間だったが、俺は少しウォッカをすすった。未成年の飲酒。それを可能にしたのも今の直接民主制なのだが。ふわりと酔いが回ってくるとベッドに横になり軽く仮眠に入った。


 奇襲は深夜起こった。夜間に敵雷撃機大隊の攻撃を受けるとは! 低空から進入してきて、集中して魚雷を放ったのだ。戦艦のレーダーによる無線誘導か! 何機いるんだ、冗談じゃない、勝てるはずはないぜ。完全に虚を突かれたな。やってくれる!
 見回せば、直撃を受け爆発炎上している護衛駆逐艦が何隻も見える。味方の対空砲も、狂ったように夜の空を切り裂いている。だがこんな真っ暗な視界では当たるはずも無い。
 母艦飛龍は大混乱していた。大勢の乗組員が必死に出撃準備をしている。俺は甲板上で自分のゼロを探していた。見ると、先客もいた。声をかける。
「霞、来てたか!」
「不知火くんこそ」
「襲撃があるとしたら今夜辺りだろうと思って、徹夜してテレビ見てた。深夜二時まで粘った俺は勝ち組。スクランブルでの戦果は賞金高いからね」
「わたしは予備校サイトで勉強中だったわ。いきなりコールされてね、こっちにリンクしたの。英語でよかった。数学なんかだと途中で止めたら意味ないものね」

 こんな夜中まで予備校とはね。真面目なことだが、講義さぼったのか。霞、現実はどんな生活しているんだろう。
「こんなこともあろうかと。ゼロの補給と整備が終わっているのを確認しておいた。昨日の損傷は補修されている。俺たちのゼロは、いつでも飛べるぜ。空で撃ち落されるならまだしも、艦の中でくたばるのはごめんだからな」
 俺と霞は搭乗を済ませ、緊急発進していた。ゼロには夜戦能力は無い。爆音と銃声が轟く中、飛行甲板を走り抜ける。
「発艦成功! こうなったら、夜明けまで降りられないぜ! 長い夜になりそうだな」
「まったく、真っ暗。晴れているのが救いなだけね、空と海の区別はつく。計器に注意して! 水平儀と高度計には特にね」

「敵さんもこんな深夜にご苦労なこと。ま、相手はいま昼間かもな、アメリカの現地時間では。こんな危険な夜戦、敵さんもやる気満々だね」
「直ちに迎撃に移るわ! ついてきて不知火くん」
「そいつは危険すぎるね。速度と高度をひとまず取って、戦況を見るべきだ」
「こんなときになに言っているのよ! 母艦が沈められるかも知れないのよ、腰抜けくん」
 と、このとき強力な光が横から俺たちの機体を照らした。サーチライトだ。俺は叫んでいた。
「霞、避けろ! ジンキング(機体を上下左右に無作為に揺らす回避運動)だ!」
 霞機と俺は、直ちに機体を揺さぶる。曳光弾の軌跡が、無数に斜め下から掠めていく。当たりはしないが、気分が滅入る。
「撃たれている? 敵?」
「味方の対空機銃さ。こんな状態じゃ敵味方の判別もろくにできないからな。は、なんてザマだ」
「あなたの言う通りね。これじゃ一時離脱するしかない。同士討ちになるだけだわ。電話で射撃を止めてって頼んでも、船の人たちの邪魔になるだけでしょうしね」
 こうして俺たちは一時艦隊を離れ、高度を取った。一千メートル程昇り、周囲と眼下を確認し。俺は敵司令官の戦略に戦慄した。

 おやおやこいつは。護衛戦闘機すら用いず、何百機も温存しておいた雷撃機だけによる一点集中の一撃離脱とはね! ゼロではこんな夜間に低空飛行できない。低空を飛ぶ敵雷撃機を狙うのは、危険が大きすぎる。海に叩きつけられて死ぬのがオチだ。
「今日の号外の見出しが見えるようだよ、霞。(日本帝国艦隊は完膚なきまでに壊滅、硫黄島に敵上陸部隊がやってくる前に終戦協定が結ばれた)ってね」
「馬鹿言っていないで、打てる手を考えましょうよ」
「生き延びることさ。このまま硫黄島へ向かう」
「帰還命令も無く? それこそ敵前逃亡よ、軍法会議もの」
「戦闘も着艦もできないこの状況じゃ、他に手はないだろ」ここまで言った俺は眼下の新たな凄まじい爆炎に、一瞬目をつむった。船体真っ二つ。轟沈もいいところだ。「まさに手が無くなったよ。いま飛龍が撃沈された」


 飛行を続け、黎明を迎えた。硫黄島基地の滑走路に降りた俺たちを待っていたのは、基地守備隊兵士部隊の銃口だった。俺は連行され、基地の一室に監禁された。中には俺以外の、飛龍搭乗員も十数名いた。冬月も時雨もいる。脱走の罪。嗚呼、やだねえ軍国主義。
 しばらくすると、霞がやってきた。別室で尋問を受けていたらしい。俺たちは監禁を解かれた。こわばった面持ちで、霞は話す。
「美嶋大尉が処刑されたわ、軍法会議で有罪となって」
「そんなことだろうと思ったよ」俺は嘆息した。「空母を放棄し撃沈に至らしめ、身の安全を図った罪、か」
「それだけじゃないわ、命令違反。母艦長は緊急出撃に反対していたらしいの。黎明まで敵の攻撃を耐え、それから反撃するつもりだったとか。無理な作戦よね。大尉は証言したらしいわ。部下たちの出撃は自分の命令だから、部下には罪は無いって」

 俺は声を上げて笑っていた。霞はどなりつける。
「あなたこれを予想していたの? 腹黒いわね」
「まさか。俺は大尉殿の人間性を疑っていた自分を嘲ったんだ」
「そう。わたしたち搭乗員資格を剥奪されたわ。基地警備隊の陸戦兵に回される」
「銃撃戦をするまでもなく、爆撃で死ぬのがオチだな」俺は長々とあくびをした。「アホらし。それじゃあ死んでもリプレイする気は起きないよ。ここらが潮時かな。霞、俺はここで失礼するよ」
 俺はゲームアウトした。現実に戻っても胸糞悪い。ベッドに横になるや、ボトルのままウォッカをがぶがぶとあおった。とたんに、睡魔が襲ってきた。いったい何時間起きていたんだっけ? 泥のような眠りに、俺は落ちていった。


インセクト 前