『敵襲』は思いもかけないところで起こった。空母飛龍甲板上。『いつか後ろから撃たれるぞ』、か。俺、不知火の背中を誰かが思い切り蹴り飛ばしたのだ。
俺はぶざまにぶっころびかけ、甲板から海上へ落ちそうになった。驚いて振り返り(仮想現実空間での苦痛は、実体験の十六分の一というが)攻撃者にどなりつけた。「なにしやがる!」
で、また驚かされた。相手は俺と同い年くらいの、すらりとした少女だったのだ。
「忠告に来たのよ」少女はきりりとした面持ちで、冷たく言う。「あなたがこのイベントのマナーに反しているから」
「マナーに反している? そんな覚えは無いね」
「昨日の空戦よ! 僚機を見殺しにしたわね」
「一機撃墜、敵はとったさ。敵戦闘機群を発見できなかったのはやつらのミスだし、SBDなんかと戦ったのもやつらの失策だ。おかげさまでB17撃墜という本来の目的は果たせなかった」
「言い訳は聞きたくない」
「言い訳だがね、中隊の指揮官が俺なら、あんな無様な戦闘はしないさ。中隊指揮官がSBDなどとは戦わず、高空で優位を確保してさえいれば。F4F九個小隊と遭遇しても、ゼロの速度と機動性を用いればやり過ごして前進、B17だって落とせたはず」
「小隊長機が失策を犯したとしても、それを護衛し生死を共にするのが列機の役目じゃない。フェアに戦うのがこのゲームでしょう?」
「酔狂にもほどがあるね。だから過去日本帝国は負けたのさ。神風特攻隊なんて悲愴な惨劇を招いてまでね」
言い切ったものの、少女は厳しい目で俺を睨んでいる。はっと気付いた。「そうか、きみはゾンビだな。昨日の空戦で落とされた一機か」
「そうよ、わたしは中隊と一緒に戦ったわ。SBDだけでなくF4Fを二機撃墜した」
「敵機を何機撃墜したって、生還できなきゃ負けさ」言いつつも、俺は彼女の空戦技量に驚いていた。数、高度、速度。いずれにおいても劣っていたあの状態で二機も撃墜できるとは。それは俺にだって苦しいね。
少女はきっとした目を向けてくる。俺は少々扱いかねていた。
と、わきから冷静な男の声が掛かった。「確かにそのとおりだ、不知火。生還できなければ、負け。それはお前が正しい」
「美嶋大尉!」俺と少女は敬礼した。
美嶋は毅然と言う。「中隊を再編成するぞ。不知火三飛曹、霞(かすみ)一飛曹。きみたちを同じ小隊に入れる」
「例の中隊ということは、またB17の迎撃ですね。なぜ俺、いえ自分なんです?」俺は戸惑って質問した。嫌われ者の俺は別編隊へ異動とばかり思っていたから。
「他の中隊もさんざんなものだったからな。『撃墜王』時雨(しぐれ)飛曹長は? あいつは今回も七機落としたよ。昨日の空戦で第一のスコアだ。彼の中隊は計十九機も叩き落し、きみたちの中隊の仇を討った。しかし、勝利することなくやられた。乱戦中死角の背後低空からの突き上げるような奇襲に。あっけないもんさ。無論やっこさんを落とすなんて『キラー』の仕業だな。
編隊飛行の名手『貴公子』冬月(ふゆつき)準尉は? 子猫ちゃん二機だけでなく、Bさん一機も血祭りだ。しかし中隊は猛烈な対空砲火に半壊、准尉も機体の被弾は燃料タンクの漏れを起こし、帰艦出来なかった。太平洋の真ん中で、いまごろサメの腹というわけさ。それを……貴様は生き延びた。敵機一機撃墜、なおかつ唯一機生き延びるという戦果を収めて」
「美嶋大尉、わたしは反対です、こんな腰抜けと組むのは」霞と呼ばれた少女は、異議を申し立てた。
美嶋は穏やかに命じる。「一飛曹、命令だ。きみの空戦技量は秀逸だからな。諸君二人が組むのは当然の結果なんだ。昨日の空戦で子猫ちゃんを撃墜できたのは、中隊できみたちだけなのだから」
「そのとおりです。わたしは通算撃墜数、八十七機に及びます。この」と、少女は俺を指差す。「恥知らずな敵前逃亡者とわたしを比べるのですか、一対一ならわたしは絶対に負けませんよ」
「確かに、個人の空戦技量ならば、な。が、戦況を見極める戦略眼だけは不知火はダントツだ。こいつはバケモノの一人なんだよ、いままで撃墜されたことは無い」
「すると賞金を?」意外そうな声で、少女は言った。
「二十七機撃墜、通算数十万円だ。対するきみは撃墜数こそ多いが、『給料日』まで生き延びたことは無い。惜しいことに被撃墜数は六回、それでは頭割り、撃墜比率にすればきみの撃墜数の方が少ない。一飛曹、きみは猪突に走りすぎだ。引き際も肝心なんだよ。それでだ」美嶋は声を落とした。「きみにクイーンを手渡すことになった」
「あのゲーム内通貨ですか? わたしにスポンサーがつくと」
「そうだ。きみは撃墜王ランキング千位をクリアしたからな。それで不知火と組ませるのさ。戦果を挙げつつ生きて帰らなきゃ、クイーンは意味が無いからな。小隊長を任じる。護衛機を不知火にまかせろ、参謀役として使ってやれ。霞、不知火。きみたちは同い年同士なんだからな、せいぜい仲良くやってくれよ。取りあえずそのクイーンで、きみたちの機に無線電話を搭載する。戦果を期待するぞ」
美嶋大尉は去っていった。その背に敬礼をする俺と霞。俺は内心快哉を上げていた。クイーン。ついにそのどんじりに噛り付いたぜ!
日本帝国は現在、海戦における戦場に、硫黄島を最終防衛ラインとしている。
太平洋上のサイパン、グァム、パラオといった点在する小さな島々はいまや中立コロニーとして、日米双方に、領海内での戦いは禁止しつつも、金次第で日米いずれでも艦隊の駐留を認めさせている。
米さんは膨大な資金を武器に、そこに駐留している。そこでグァム諸島近辺が激戦区となっているのだ。日本は物資不足、アメリカは補給線の長さ故に戦闘は散発的だが、敵は目と鼻の先だ。総力を上げた大空戦はないものの、小競り合いは毎日続いている。
痛いのは日本にしてはトラック、アメリカにとってはハワイを失った事だ。これらはどちらも、主要な軍事拠点だったから。
不知火はこの疑問点を考えていた。現時点での米軍戦闘機は航続距離が短いから、グァム諸島から日本基地、硫黄島へはなかなかやってこられない。空母を中継基地とし前進させるにしても、過度に肉薄するには危険が大きすぎる。
そこでB17の出番となる。航続距離の長い、大型長距離戦略爆撃機。上空一万メートルから三六〇〇キロもの爆弾をばらまいたらどうなるか?
これはようするに無差別殺戮兵器であり、この「クリーンな」ゲームには不向きなのだ。中立のグァム諸島を爆撃するはずはない。目標は硫黄島(のはず)なのだろうが、なにかきな臭い。硫黄島が爆撃を受けたことは、まだ前例が無い。たしかに、硫黄島には陸軍も含む局地戦闘機が数千機集結しているから危険があるが。
問題は、だ。俺たちはB17を撃ちもらしているのだ。敵さんは、何を狙って出撃?
艦隊を絨毯爆撃? まさかな。いくら大編隊を組んだところで、高度一万メートルからなんて当たるものかよ。確かに敵さんの物量にものを言わせれば、将来的には不可能とはいえないが、現在のこの戦局ではまだ早すぎる。とすると?
クイーン 中
俺はぶざまにぶっころびかけ、甲板から海上へ落ちそうになった。驚いて振り返り(仮想現実空間での苦痛は、実体験の十六分の一というが)攻撃者にどなりつけた。「なにしやがる!」
で、また驚かされた。相手は俺と同い年くらいの、すらりとした少女だったのだ。
「忠告に来たのよ」少女はきりりとした面持ちで、冷たく言う。「あなたがこのイベントのマナーに反しているから」
「マナーに反している? そんな覚えは無いね」
「昨日の空戦よ! 僚機を見殺しにしたわね」
「一機撃墜、敵はとったさ。敵戦闘機群を発見できなかったのはやつらのミスだし、SBDなんかと戦ったのもやつらの失策だ。おかげさまでB17撃墜という本来の目的は果たせなかった」
「言い訳は聞きたくない」
「言い訳だがね、中隊の指揮官が俺なら、あんな無様な戦闘はしないさ。中隊指揮官がSBDなどとは戦わず、高空で優位を確保してさえいれば。F4F九個小隊と遭遇しても、ゼロの速度と機動性を用いればやり過ごして前進、B17だって落とせたはず」
「小隊長機が失策を犯したとしても、それを護衛し生死を共にするのが列機の役目じゃない。フェアに戦うのがこのゲームでしょう?」
「酔狂にもほどがあるね。だから過去日本帝国は負けたのさ。神風特攻隊なんて悲愴な惨劇を招いてまでね」
言い切ったものの、少女は厳しい目で俺を睨んでいる。はっと気付いた。「そうか、きみはゾンビだな。昨日の空戦で落とされた一機か」
「そうよ、わたしは中隊と一緒に戦ったわ。SBDだけでなくF4Fを二機撃墜した」
「敵機を何機撃墜したって、生還できなきゃ負けさ」言いつつも、俺は彼女の空戦技量に驚いていた。数、高度、速度。いずれにおいても劣っていたあの状態で二機も撃墜できるとは。それは俺にだって苦しいね。
少女はきっとした目を向けてくる。俺は少々扱いかねていた。
と、わきから冷静な男の声が掛かった。「確かにそのとおりだ、不知火。生還できなければ、負け。それはお前が正しい」
「美嶋大尉!」俺と少女は敬礼した。
美嶋は毅然と言う。「中隊を再編成するぞ。不知火三飛曹、霞(かすみ)一飛曹。きみたちを同じ小隊に入れる」
「例の中隊ということは、またB17の迎撃ですね。なぜ俺、いえ自分なんです?」俺は戸惑って質問した。嫌われ者の俺は別編隊へ異動とばかり思っていたから。
「他の中隊もさんざんなものだったからな。『撃墜王』時雨(しぐれ)飛曹長は? あいつは今回も七機落としたよ。昨日の空戦で第一のスコアだ。彼の中隊は計十九機も叩き落し、きみたちの中隊の仇を討った。しかし、勝利することなくやられた。乱戦中死角の背後低空からの突き上げるような奇襲に。あっけないもんさ。無論やっこさんを落とすなんて『キラー』の仕業だな。
編隊飛行の名手『貴公子』冬月(ふゆつき)準尉は? 子猫ちゃん二機だけでなく、Bさん一機も血祭りだ。しかし中隊は猛烈な対空砲火に半壊、准尉も機体の被弾は燃料タンクの漏れを起こし、帰艦出来なかった。太平洋の真ん中で、いまごろサメの腹というわけさ。それを……貴様は生き延びた。敵機一機撃墜、なおかつ唯一機生き延びるという戦果を収めて」
「美嶋大尉、わたしは反対です、こんな腰抜けと組むのは」霞と呼ばれた少女は、異議を申し立てた。
美嶋は穏やかに命じる。「一飛曹、命令だ。きみの空戦技量は秀逸だからな。諸君二人が組むのは当然の結果なんだ。昨日の空戦で子猫ちゃんを撃墜できたのは、中隊できみたちだけなのだから」
「そのとおりです。わたしは通算撃墜数、八十七機に及びます。この」と、少女は俺を指差す。「恥知らずな敵前逃亡者とわたしを比べるのですか、一対一ならわたしは絶対に負けませんよ」
「確かに、個人の空戦技量ならば、な。が、戦況を見極める戦略眼だけは不知火はダントツだ。こいつはバケモノの一人なんだよ、いままで撃墜されたことは無い」
「すると賞金を?」意外そうな声で、少女は言った。
「二十七機撃墜、通算数十万円だ。対するきみは撃墜数こそ多いが、『給料日』まで生き延びたことは無い。惜しいことに被撃墜数は六回、それでは頭割り、撃墜比率にすればきみの撃墜数の方が少ない。一飛曹、きみは猪突に走りすぎだ。引き際も肝心なんだよ。それでだ」美嶋は声を落とした。「きみにクイーンを手渡すことになった」
「あのゲーム内通貨ですか? わたしにスポンサーがつくと」
「そうだ。きみは撃墜王ランキング千位をクリアしたからな。それで不知火と組ませるのさ。戦果を挙げつつ生きて帰らなきゃ、クイーンは意味が無いからな。小隊長を任じる。護衛機を不知火にまかせろ、参謀役として使ってやれ。霞、不知火。きみたちは同い年同士なんだからな、せいぜい仲良くやってくれよ。取りあえずそのクイーンで、きみたちの機に無線電話を搭載する。戦果を期待するぞ」
美嶋大尉は去っていった。その背に敬礼をする俺と霞。俺は内心快哉を上げていた。クイーン。ついにそのどんじりに噛り付いたぜ!
日本帝国は現在、海戦における戦場に、硫黄島を最終防衛ラインとしている。
太平洋上のサイパン、グァム、パラオといった点在する小さな島々はいまや中立コロニーとして、日米双方に、領海内での戦いは禁止しつつも、金次第で日米いずれでも艦隊の駐留を認めさせている。
米さんは膨大な資金を武器に、そこに駐留している。そこでグァム諸島近辺が激戦区となっているのだ。日本は物資不足、アメリカは補給線の長さ故に戦闘は散発的だが、敵は目と鼻の先だ。総力を上げた大空戦はないものの、小競り合いは毎日続いている。
痛いのは日本にしてはトラック、アメリカにとってはハワイを失った事だ。これらはどちらも、主要な軍事拠点だったから。
不知火はこの疑問点を考えていた。現時点での米軍戦闘機は航続距離が短いから、グァム諸島から日本基地、硫黄島へはなかなかやってこられない。空母を中継基地とし前進させるにしても、過度に肉薄するには危険が大きすぎる。
そこでB17の出番となる。航続距離の長い、大型長距離戦略爆撃機。上空一万メートルから三六〇〇キロもの爆弾をばらまいたらどうなるか?
これはようするに無差別殺戮兵器であり、この「クリーンな」ゲームには不向きなのだ。中立のグァム諸島を爆撃するはずはない。目標は硫黄島(のはず)なのだろうが、なにかきな臭い。硫黄島が爆撃を受けたことは、まだ前例が無い。たしかに、硫黄島には陸軍も含む局地戦闘機が数千機集結しているから危険があるが。
問題は、だ。俺たちはB17を撃ちもらしているのだ。敵さんは、何を狙って出撃?
艦隊を絨毯爆撃? まさかな。いくら大編隊を組んだところで、高度一万メートルからなんて当たるものかよ。確かに敵さんの物量にものを言わせれば、将来的には不可能とはいえないが、現在のこの戦局ではまだ早すぎる。とすると?
クイーン 中