「スポンサーからレジスタンスを気取る亜人女を、引き渡せとのお達しだ」直人は冷酷に言うと、銃を手にした。「抵抗するか。そいつを下がらせろ。おまえがいたのでは、おれは手加減できない……それとも総力戦にするか? 二対二だし」

「直人さん、うそですよね!?」

「甘いな、一典。おまえなら見てきたはずだ、人間という生き物の実情を。仮にもマフィアのボスだったおまえなら」

 一見深遠な会話をしているようだが、後で実情を知って絶句する。直人って借金苦だから、ヤバい商売に手を出しただけなの。で、一典は借金の相手だし。わたしも気をつけなきゃ。人間こうなってはおしまいよね。

 で、ここにまた邪魔が入って混乱に拍車をかけた。白衣を着た年齢不詳の小柄な女性。ヒュプノティストだ。

「なにをしているのかしら、あなたたち」

「げ! 深雪先生」

 直人はおびえている。確かに彼女精神科病院に務めるソーシャルワーカーらしいけど。

で、ようやく状況を理解する。こいつらはみんな、同じ仕事をしていたカウンターハンターだ。 

「なに喧嘩しているの? 正気じゃないわ、あなたたち酔っ払っているわね!」

「待ってください、先生。いつも直人さん連れてっちゃうんだもん」一典もあわてている。「直人さんをベッドに縛りつけるのは、ぼくの仕事が終わってからにして」

「なんですって!?」真理は金切り声を上げる。「なによ直人、こんな女にまで手を出して!」

 アルケミストはどかどか直人をこづき回した。同士討ちだ! 間抜けな光景だなあ、喜んでいいものやら。だいたい、ベッドって精神科のでしょ。ヒュプノティストって、催眠術師のことだもんなあ。

「そこのコスプレオタク女、止めなさい! 妄想の気があるわね、入院させるわよ」

と、ヒュプノティスト深雪はアルケミスト真理を指差す。

 まあ実際、魔法使いの格好なんて妄想大爆発のコスプレオタクとしか、言いようがないな。せっかく可愛い子なのに人生の道踏み外しているわね、もったいない。

「あ! マニアに言ってはならないことを……ここがコミケだったらあなた袋だたきよ!」

アルケミスト真理は青筋立てて激怒している。

「熱中狂って自分で認めたわね。やっぱり酔ってる。ついてきなさい直人さん、何回目だと思っているの。アルコールミーティング(断酒会)強制参加よ!」

 なに? なんなのよこの騒ぎは!?

 まったく有象無象がそろいもそろって……わたしがその一人というのが恥ずかしいわ。意味もなく大乱闘になる予感。こんなどっしょもない喧嘩したくないわ。かっこ悪いもん。止めに入るわたし。

「やめてよ! もういいの、わたし一人のために傷つかないで」

「もっと自分を大切にしなきゃ駄目だよ。自分ひとりの存在は、この世界そのものと同じなんだよ。だから世界が振り向いてくれなければ、こんな世界存在する価値ないけど」的外れなキメセリフを吐く一典。「世界と自分は等しいんだ。だからみんな、世の中のために働けるんじゃない? それが自分のためになるのと同じなんだから」

 もう、馬鹿! たしかにちょっといじめたけど、そこまで言われなきゃいけないほど、わたしヒネてる? この場から逃げたい。で、直人もシラケてしまったようだ。

「やめたやめた。やはり、おまえには勝てないな。素直だよな、真似できないよ」

「どうしたの、直人さん? そんなセリフ吐くなんてしらふじゃないよ」

と、一典。おまえが言うな!

「ある人物の影響かな。せっかくデートってときに一典、おまえが邪魔しなければうまくいったのに……うわっ!」

 ドガガガッッッ!!!  直人は真理に殴られてよろめいた。あ~びっくり、すごい音した。でも攻撃は全然やまない。

「今度は誰に手を出したの!」

ぼこすかぼこすか直人を殴りまくるコスプレ娘。

う~ん、コミケのショーってこんな感じかな。というかそんな男フレばいいのに。

「痛い痛い、ねえ、みんな聞いて!」直人はなにか言った。「ひとつ、仕事が残ってるんだ。マーダックからは指示されてないサービス残業だけど。一典、ATM貸してくれないか?」

「え? じゃああそこにくっついてたアンテナって。おかげでぼく手をすべらしたんだよ」一典はにっこり笑った。「いいよ。代金はツケとくから」

「どあほ! 一発十万ドルだぞ。サービスしろ」

「あ、それなら」と真理。「ATMでしょ。わたしたちなら同じもの作って、返せるわよ」

 なにを話しているんだろう。確かに銀行のATMなら、わたしにも設計はできるけど。真理って大学、薬学部じゃなかったっけ?

「今度は銀行強盗の相談?!」

ヒュプノティストはぎゃあぎゃあ怒っている。言いたくないけどね、先生。あなたも十分普通じゃないのよ。

「はいはい。じゃあ、ぼくがやるね」一典は携帯を取り出し、いじくり始めた。ネットを使っているらしい。「……これなんてめちゃ高性能だな。目標にピンポイントできる。セット!」

「じゃあ、帰ろう。くわばらくわばら」

ニヤりと笑う直人。

 一典と直人は笑って肩をたたき合った。わたしはなにをしていたのか、わからなかった。

で、わたしたちカウンターハンターは……バーグラー、ジャグラー、ドランカー、アルケミスト、ヒュプノティストと勢ぞろいで夜の街を歩き出した。いないのってソードダンサーとマーダックくらいよね。

 新都心駅について、駅ビルを登る。で、なぜか一典から一番上に登って見晴らしの良い窓で、さっきの研究施設を見るよう言われた。もう五百メートルは離れてしまった、その白い五階建てのビル。ようやく、事情を飲み込む。今回の仕事で、実現が困難だから見送られたものがあったのだ。

 五人で見物する。一典は時計を見ていたが、やがてこう言った。

「点火!」

 炎が上がった。何層にも守られている研究施設の隔壁。簡単には破壊されない厳重な要塞。しかしそれは大爆発を起こして吹き飛び、大穴が開いたようだ。少し後れて、かすかに爆音がした。

 なにかが動く!? そこからいくつもの大きな黒い影が、夜空に向かって飛び立っていった。翼を大きく広げ、なん頭も、なん十頭も。ほんとうにいたんだ。空に解き放たれたドラゴン……。竜たちは自由を得て、世界へ羽ばたいて行った。人間の道具となる運命は避けられた。これから、世の中どう変わっていくのだろう。ちょっと怖いけど、楽しみだな。

 これを、一典が? 後になってわかった。ATMって現金自動預け払い機の他に、別のものを意味する略語だって。対戦車ミサイル。マフィアのボス? なにものなんだ、こいつら。

 わたしたちは、心のそこから笑い合った。出会ったばかりだけど、一緒の道をすすむ同志だもの。みんなで力を合わせればきっと、世の中変えていける。

「いい人ね」

ふと、つぶやく。あんなにいじめるんじゃなかった。反省。

「冗談じゃない。あいつこそ鬼さ」聞いていた直人は苦笑混じりに嘆息した。「借金を返さないまま、死なせてくれる相手じゃないんだよ……ところでさっきの話に戻るね。おれに捕まってくれない? リベートは渡すから」

 わたしは全力パンチをお見舞いした。