新都心住宅街のマンション。知己は自宅でくつろいでいた。リビングの絨毯のうえに腹ばいに寝そべり、テレビつけっぱなしで雑誌を見る。かたわらにはお菓子と飲み物。あ、からになった。

「一典、お茶いれて~。洗濯すんだの?」わたしは命令する。「早くしろ、わたしのしもべ! 終わったら足もんでね」

「ひどいよう、鬼だよう」

百九十センチの巨体を丸め、ぐずぐずと一典はすすり泣いている。はたき片手にエプロンにずきん姿。けっこう笑える。

「鬼で悪かったわね!」どなりつけるわたし。どうせわたしツノあるもん。「さっさと動け、のろま!」

 お茶が届いた。合格点、飲みごろの温度。あ~、召使いがいるのって楽だわ。こりゃ、人間が亜人を奴隷にするわけよね。

 なんでこんなことになったかというと、助けたのよね。麻酔弾の眠りから覚めてみたら、なぜか同じ部屋に一典捕まってたから。バーグラーのわたしならたやすいこと。で、代償に一典は召使いになった。ついでに一典ってわたしの利用する金貸しの、店員なのよね。

いい金鶴ね。弱みつかんじゃった。カウンターハンターだなんてバラされたくないはずだもん。でも街金に働いていても、人間は悪くないわね。いままで敵だと思っていたわ。よく働くなあ。まあ、この不景気の世で解雇されたくないもんね。

 わたしはページをめくった。あんまり、ブランドファッションで着飾った女の子の読む雑誌じゃないわね。機械の技術機関誌。わたし、精密機械のエンジニアしてるの。カウンターハンターバーグラー、つまり泥棒になったのはその特技を使ったほんの余技よ。

 で、ここで呼び鈴の音。いつものたあいない集金とかだな。わたしは確かめた。ドアを開ける。

 ずばぬけた長身の、スーツの優男! 如月士浪、わたしの前の彼氏……。神無月家にわたしが住んでいたころからの付き合い。

「知己さま。やっと見つけました。わたしに協力してください、亜人たちをまとめるには、あなたの協力が必要なのです」

「近寄らないで! 士浪、あなた変わったわ。亜人を排斥するような活動を始めて、どういうつもり?」

「亜人たちを助けるための、苦肉の策です。世論を強引に誘導するための。急いで対抗する必要があったのですよ……この資料を見てください」

 わたしにプリントされた書類の束を渡す。読みすすむわたしの表情は驚愕に歪んでいただろう。わたしの次のターゲット、日中バイオ系列の研究機関の情報。

「なにこれ!? ここでなにをしていたの?」

「亜人にかわる新種の生物開発です」

 ドラゴン? ファンタジー映画に登場するような空を飛ぶ竜……それも人を乗せて飛ぶことを前提としているなんて。体長は四メートルから六メートル程度、胴体は痩せたトカゲを思わせる。身体は黒くくすんだ銀色のつややかなウロコに覆われ、なにより四本の足の他に翼がある。コウモリのようなそれを持つ異形の生き物……なぜか美しいとわたしは感じていた。

 わたしは理解した。亜人の他にも、代わりとなるより有力な生き物が開発されている。亜人は試作に過ぎないんだ。価値がなくなれば、廃棄される。それだけの存在……。

「ですが、亜人は人間と対等の存在です。なんとか救いたい」士浪は語りかけてくる。「あなたなら、真琴さまを呼び戻せるかもしれない。お願いします」

 士浪は去っていった。

 なんでわたしの仕事知っていたのだろう。その研究所、マーダックが指定した次のターゲット。で、資料を見て驚く。なるほど。後見人のかれならわかったはずだ。

 神無月真琴……あの子が、情報屋マーダック? 落差にはあきれかえるしかない。あんな良い子だったのに、こりゃ世の中スネちゃったな。というか、マンチキン・ダーク・ケイオス、『混沌と暗黒の卑怯者』なんて名前名乗るなよ。あんなにたくさん、つらいめに会ったんだもんね。しかたないか。素直な子ほど余計にグレちゃう典型的な例ね。

 で、いまの状況を知って絶句。酒に酔い街で乱闘に巻き込まれた揚げ句、潰れてソードダンサー逢香の家にご厄介? だめだよう、いまからそんな乱れた生活してちゃ。あ~っ。わたしが、なんとかしなきゃ。

 そんな事件の後、わたしは仕事に向かった。

 ……亜人の救出という仕事そのものは、犠牲がありつつもかたづいたんだけど。ターゲットの研究所から外の通りに出ると、変なものに遭遇する。街灯の明かりに照らされたあれ、ゴミ袋? 動いてる。近づいてみた。

 黒のタキシードを着た、顔面白塗りの大男。それが研究所わきの道路でばったり寝ているのだ。しかもそれが知り合いなんて、めったにあるシチュエーションじゃないな。聞いてみる。

「一典、なにしてるの?」

というかなんでここにいるんだ、そんなかっこで。

「落ちた……痛いよう」うめく一典。「かっこよくキメようと思ったのに……」

 わたしは頭上を見た。五階建ての屋上になにかロープ張ってあるけど。嘘ばっかり。あそこから落ちたのでは、生きてるわけないじゃん。一典が人間でなければべつだけど。確かにいろいろ人間離れしてるけど、人間だものね。

「とにかく、起きなさいよ。警察に見つかったらどうするの」

 わたしたちは帰ろうとしたんだけど。こんな寂しい時間帯なのに、通りはにぎやかだった。カップルが喧嘩してる! 見物してやれ。

「誰に殴られたの? また女に手を出したんでしょ、馬鹿! ろくでなし!」

女がばしばし男を殴ってる。片手で胸ぐら掴んで、顔面めった打ち。おもしろいなあ。

「誤解だよう、なにもしてないよう」

情けない声で平謝りに泣いてる男。

 うんうん、正しい光景だ。やっぱり女は強くなきゃ。男を従属させなければいけないのよね。というかその二人、わたし知ってた。知人ではないけど名前知ってる。

 男のほうは横島直人、わたしと同じサラ金利用してて良く見かける。こっちはどうでもいい。でも女はカウンターハンター、アルケミスト真理に違いないよ! 錬金術師、か。中世ファンタジーの赤い長衣を着てるなんて、他にいないよ。よく町中で恥ずかしくないなあ。というかなんで警察につかまらないんだ? 正体バレバレなのに。

「あ~っ、直人さん、金返せ!」

 一典が飛んでく。勤務外の非番じゃないの? 熱心なやつ。

「うわあ一典! 待ってくれ、今日の仕事で……」

「それもそうだ。ちゃんと納めてよ」

「一典、無事でよかった。よくおれ助けに来れたね。どろぼうに捕まるなんてアホな話、おまえらしいよ。ミイラ取りがミイラになったと、マーダックが笑ってたぞ……で、そのミイラ渡してくれないか?」

「はあ?」

間延びした声を出す一典。

 ひどい! わたしのどこがミイラだ!