休日もあとわずかだな。逢香は昼間いつものように自室のパソコンで、テレビの特集番組を見ていた。亜人を生み出した日本中央バイオニクスのあり方を非難する、という趣旨のタイトルだったから見ていたのだけど、失望した。てっきり亜人を擁護する意見と思ったのに。
モニターには綺麗な長身の女性が映る。三十前と若いけど社会学の先生だとか。彼女は語る。
(……バイオハザード。危険だからよ。亜人。新種の人類を生み出すなんて、馬鹿なことをしたわね。進化の流れを自然に任せれば、その出現は一万年後とか百万年後とかのはずだったそれが、一年とか百年に短縮された。愚かなことよ。
亜人は、滅ぼさねばならない。さもなければ、やがて従来の人類の脅威になる。日本の川がいい例ね。むかしの魚は、海外からのより強い魚に取って代わられてしまった。人間がその二の舞になるのは、避けなければならないわ)
ひどい! わたしはむっとした。だからって亜人の命奪っていいの? パティの弟の死が脳裏によぎる。パティずっと泣いてるのよ、部屋に閉じこもって震えてるのよ、許せない!
(亜人を殺すことに抵抗はないのですか?)司会が質問する。
(わたしは、亜人たちを人間と対等に見ています。作り物だから魂は無い、なんてのは傲慢な詭弁。かれらも命ある同胞です)
そうだそうだ! わたしは内心相槌をうつ。
(でもそれをおいても人工の生命体がこの地を支配することは、大変な冒涜。神の意志に反すると思うの。人間も所詮は動物。地球のすべての生き物と等価な存在。恐竜が絶滅したように、いずれは人間も新たなより優秀な種にとって代わられるでしょう。でもそれが人間自身が生み出した、亜人であってはならないのです)
わたしはぶうたれた。そんな偏狭な考えじゃ、もともとの人間同士の関係だってうまくいかないよ。だからいまの時代も、世界のどこかで戦争が起きているというのに。
わたしは食い入るように番組を見ていた。番組は終始、人間の立場から語られ亜人たちの権利に言及することはなかった。
そして、その女教授の出身を知って愕然とする。彼女はもとは日中バイオの研究員。あの亜人を隔離する法律ができたとき、社に反発して独立した派閥の一人。亜人を助けようとしてのはずなのに、そんな人が何故? ならば、その一派の首領は?
わたしはネットを起動させキーボードをたたいて情報を検索した。すぐに検出できた。如月士浪。亜人の社会参入を進めていた政治家の秘書にして、亜人を生み出した神無月教授の腹心。その人が? しかもその人の特徴は、あのプロファイリングと一致する。高い学歴、強靭な肉体、精悍な外見、冷徹な意思……マーダック!
わたしは呆然と事情を飲み込んでいた。思い返す。魔言の言葉。マーダックを信用するな。直人の言葉。俺を売ったのはマーダックだ。
だとしたら彼の目的は……ここでモニターに割り込みが入った。
チャイムの音。玄関にお客がきたのだ。セールスなら無視しよ。モニターを見て驚いた。魔言だ。自分から来るなんて思わなかった。わたしはすぐに出迎えて、リビングに通した。
パティが入ってきた。まだ寝ていたのだろう、パジャマのままだ。魔言によりそう。ほっとした。少しは元気出してくれたかな。
魔言はディスクを差し出した。
「研究所の研究ファイル、開くのに成功したんだ。見るかい?」
リビングの壁一面をおおう、モニターを起動させた。でもわたしは魔言からサングラスを借りた。普通のパソコンと違って三百六十度全周囲モニターになるから、その方がいいのだ。
そのモニターに映し出されるのは、四種類に色分けされた短い棒の組み合わせが連なる、二重螺旋。見たことある、遺伝子の配列だ。もちろんわたしなんかには意味わからないけど。と、場面が切り替わった。
新都心の乱雑な町並み。それが変わっていく……より整備された街に。オフィスビル群は綺麗なインテリジェントビルに。わたしはきょろきょろと架空の街を見回した。大通りは広く、いたるところに緑の木々が植えられている。
主要な歩道は動く歩道で、お年よりも楽に歩ける。穏やかな公園は花壇に囲まれ、子供たちがはしゃぎ恋人たちが愛を語る。みんなの住んでる家は大きくお城みたい。
上から影が落ちた。見上げたわたしはうそみたいな光景を見る。人を乗せて空を飛ぶのは飛行機ではなく、竜。美しい翼広げる飛竜……昔の馬のようにみんな気軽に乗っている。余計な操縦がいらないわけだ。民衆のひとりひとりがきままに空を飛べるなんて。
生活を助けるのは、ロボット。家事や介護、防災。生産の現場仕事も。でも人々は労働から解放されたわけではない。技術開発、商品の発明、あらたな市場の開拓。そして娯楽……音楽や映画、演劇などの文化。これに携わるのだ。文明はより華々しく開花した。
これが、全世界に広がっていた。飢えと貧困からみんなは解放された。教育の普及により犯罪も戦争も減少する。これらを可能にするのは核融合炉。無限で永遠のエネルギーを約束する、地上に呼びおろされた太陽……。
わたしはうっとりと見とれていた。これを信じて、リティンは技術開発をしていたのだろう。
わたしはサングラスを外し、ふとパティの様子を見た。もう、泣いてはいない。穏やかな顔だ。魔言、彼女を気遣ってくれたんだ。いいとこあるなあ。
「素敵……未来は、世の中変わるのね」
「理想家なのだな」
いつになく、穏やかな目で魔言は言う。なんだろう。遠い所、それとも眩しいものでも見るような……。からかってみる。
「あ、わたしに惚れたな」
「よせ」
その言葉は不機嫌だった。ちょっと後悔した。優しい視線は、一瞬だけだった。すぐに魔言はその心を隠してしまう。本当にひねくれてるな、わたしに笑顔みせたことないじゃない。よほどなにかいままで、つらいことがあったのかな。でもそれも、きっと将来強い意志を得ることにつながるんだ。なんたってわたしの相棒だもん。
ここで、アラームが鳴った。
臨時ニュース。ウィンドゥが開く。男性アナウンサーの単調な声。
(大変な情報が飛び込んでおります。辺地に隠れていた亜人たちが、人間たちに戦争を仕掛けました。捕縛に向かったハンターは交戦状態に突入、多数の死傷者が出た模様。現地から中継です)
恐れていたことが起こった! 映像ではバットなどで武装した鬼たちが、隠れ家らしい倉庫風の建物に立てこもっている。攻撃を仕掛けているのは、ハンターの部隊。催涙弾とゴム弾を発射する「銃聖」隊。主に戦ったのは、警棒を使用する「剣匠」隊らしい。画面が切り替わった。担架で運ばれていくハンターたち。一人のアップが映った。頭から出血している、助かるだろうか。
これでは対抗手段がエスカレートするのは時間の問題だ。ハンターというのはわたしたちカウンターハンターの敵だけど、本来は亜人から人間を守るための民間人の有志。無差別に殺しをするような人たちじゃない。致命的な武器は使わないし、むしろ亜人をゲームや実験で殺すのに反対してる。
でも、このままじゃ。機動隊、それとも自衛隊が重い腰を上げる。そうなれば、実弾兵器が使われれば……大惨事になってしまう。
わたしは立ち上がった。魔言はパティの震える肩に手を置いている。彼は青ざめた顔をわたしに向けた。
「行くのか? だがいまからでは……」
「違うわ。ある人に会いに行くの。魔言も付き合ってくれないかな」
わたしがその人の名前と所在を言うと、魔言はなぜかうつむいた。一瞬の沈黙。ためらいののち、魔言はきっぱり言った。
「いいだろう。俺もそいつには会いたいと思っていたんだ」