俺の頬ははれ上がり熱くなっていた。全身の打ち身が痛い。せっかく久しぶりに熟睡したのにこのざまだ。なぜか、懐かしい安らぎを感じていた。あの妖精、トリムと同じ香りがしたな……。せっかくの目覚めを。

 死ぬかと思った。俺は幾多も死線を超えてきたつもりだったが、本当に殺されかけたのは初めてだ。冗談ではない。あんな軽率暴力女と組んでいられるか! 俺の見込み違いだ。やはり同志に選ぶなら有能でなくては。

 だが……誰を選ぶ。ソードダンサー逢香、フェイクジャグラー一典、ジャンクドランカー直人。みんなクズ同然ではないか! こうしてみると士浪がいかに偉大かってことだな。

その士浪は、最近新しい活動を始めたらしい。なにやら成功すれば日中バイオのハンターどもを抑えられるといっていたが、まあ俺には関係ない。

 アジトのアパート。冷水のグラスを片手に、モニターに食い入る。俺は判明しているだけで十数名いるカウンターハンターのデータを整理していた。新たな使い道を探るために。

 横島直人。二十二歳。ジャンクドランカー、『酒飲みの屑』。

まさしく通り名にふさわしい落ちこぼれだ。新都心の普通科高校を中退、工業科の専門学校を除籍。高校時代から飲酒をしていた。ジュースの瓶に酒を詰め替えてバレないようにし、学校内登下校問わず飲んだくれていたという。それも登校拒否児で、学校をさぼっては盛り場のパチンコ屋やゲームセンターにたむろしていた。

 ゲーマー……。一応、その腕は良いらしい。類い希な動態視力と反射神経で、目押し(スロット等のゲームを、目で見切ってあてること)が出来るため、高校生でありながらパチプロとして生活していた。TVゲームで得意なのは、ガンシューティング(銃の射撃)。大会が開かれたOS/OK(ワンショット・ワンキル)というゲームでヒットレート九十八%という驚異的なスコアを叩き出し優勝、情報誌に知られて取材を受ける。

 しかし、それからがマズかった。雑誌紹介用のイベントで、実弾の射撃ゲームをしたのだ。それに直人は大失敗した。本物の銃はゲームと違い、爆発の反動で照準が狂う。それを直人はこなせなかった。結果として彼の本物の銃を使う腕は素人並だったのだ。

TVゲームなんてしょせん実社会には通用しないと、役立たずのレッテルを張られ直人はますます酒に溺れ、引きこもり生活に入りいまに至る。

 秋本一典。十九歳。フェイクジャグラー、『偽りの曲芸師』。

一番謎の多い人物だ。過去の経歴、高校時代に当たる部分がぽっかり抜けている。それも、幼少を極貧の家庭に育ち病気の姉の面倒を見、大変な生活をしていたというのに、いまや新都心の一等地の高級住宅に住んでいる。何故なのか……。

 証拠はないが外見と年齢、能力がある人物と符合する。数年前一世を風靡したヤングマフィア『ジェイルバード』のボス、スカーフェイスに。麻薬武器等禁制品取り引きで荒稼ぎし、社会問題になったうわさの男。対抗する暴力団をことごとく潰して歩いたため、極道潰し略して『ごくつぶし』と恐れられる。

数回逮捕されたが、捕縛時・留置所問わずいずれも魔法のように消えうせ、結局投獄されなかった。マフィアでありながら流血を嫌い、平和をもたらすために他の暴力団を潰したフシがあるちょっとした英雄。おかげで新都心では組同士の抗争事件はめっきり減った。

 とにかく一典は現在、消費者金融勤務。それも支店長らしい。あるいは、違うかもしれない。目撃情報があるのだ。何十も支社のあるその本社で、豪奢なリムジンから降りた巨漢、あごに傷のある男に社員全員が整列し最敬礼したことが。

だとしたら。俺はヤバい筋から仕入れた俗に言う『汚い金』は、その金融会社のルートで浄化しているのだが……一典はある意味マーダックとしての俺のボスなのか? なにものなんだ……。

 方城逢香。ソードダンサー、『剣の舞姫』。

ただのガキだ。平凡な家庭の一人娘として生まれ両親から大切に育てられ、普通の高校で普通に暮らしていた十八の小娘。一応剣道と新体操の選手で大会に出ているが、優勝経験はない。テロ活動に身を投じたのに、たいした動機はないのだろう。ただのお人好しだ。奴隷とされ虐げられる亜人を助けたい、その一心だけ……優しいのだな。よほどいままで愛情に包まれて育ったのだろう。すさみ腐り切った俺なんかと、なんて違う……。

 俺は過去を思い出し、嘆息した。取り戻せない日々への憧憬。人間の友人はいなかったが、亜人たち……兄弟はみな仲よかった。トリム。彼女が生きていたら。俺の生きざまを許すはずはないな。

 馬鹿な。俺は自嘲する。もう、決めたことだ。あの日々を取り戻せるなら、どんな犠牲も。俺一人地獄へ落ちることくらい、厭わないと。

 俺は作戦を実行に移した。先のスタジアムの事件で解放された「鬼」剣闘士たちに、日中バイオの研究施設を襲撃させ攻め落とす。それに先立ちカウンターハンターを一人嵌めて囮にする。日中バイオに売り渡すのだ。

 そのスケープゴートは直人にしよう。俺はネットで呼びかけた。すぐに返信があった。チャットを始める。モニターに文章が流れていく。

(マーダックか。直に対話できるとは光栄だ)

「さっそくだが、動いてもらう。報酬はいつも通り。資料を調べてくれ」

俺はマイクに話しかける。音声を文字に変換しているのだ。

(こいつは酔狂だ! 笑いが止まらないぜ、おまえもどうやら相当な酒飲みらしいな。戦力は?)

「敵は見てのとうり。味方のカウンターハンターは五、六名送る」

(せいぜい、シャープなやつを頼むぜ。なまくらの包丁は、指しか切れない)

 また格言か。こいつ酔っ払ってやがるな。直人。理系のくせにマーフィーの法則がオームの法則に優先すると信じているヤツだ。

「一人は、フェイクジャグラー」

(げ! おかずのりか。まあいいだろう。絶対に壊れないおもちゃは、他のおもちゃを壊すのに役に立つ)

「どうだ、やれるか?」

(山は、近付けば近付くほど険しくなる。山は実際より近くに見える。やってみるまで、わからないさ。ただ、打つ手がないわけではない。糸の端は必ず他にもある)

 相変わらずとぼけた野郎だ。自分が囮にされるとも知らず……悪いな、だが直人自身が言ったのだ。『ポーカー仲間には、トランプの手品を見せてはならない』『人は信用せよ、ただしカードはカットせよ』俺はそれに従うつもりだ。

「さすがだな。ジャンクドランカー。契約書をまとめよう。それとも、いまならキャンセルできる」

 彼はすぐに返信してきた。無理もない、借金苦なのだから。

(任務、承諾する。馬鹿を承知で危険を犯すのは、若者の特権さ。土曜の夜は、若気のいたりで種を蒔く。日曜の朝は、不作であることを神に祈る、さ。無神論者のおれですら、そうしているのだから(笑))

 俺は意味がわからなかった。