俺は意識を取り戻した。頭ががんがんする。ひどい醜態だ、この俺が、マーダックとしたことが……士浪には教えられない。悪夢のような事故だった。

 二人のカウンターハンター、フェイクジャグラー『偽りの曲芸師』こと一典とジャンクドランカー『酒飲みの屑』で呼ばれる直人の一騎打ち。それに巻き込まれたのだ。なんで同じ目的を持つ同士で乱闘するんだ? だからおまえらはテロリスト、社会のクズなんだ!

 俺は二人の実力が見られる好機と、よせばいいのに見物を決め込んだ。ジャグラーはなにか、「金返せ!」とか叫んでいたが……。

 ドランカー直人はその名の通り、酒を武器にしている。体格と力で勝るジャグラーから逃げながら、ウィスキーボトルの火炎瓶を投げた。町中でそんなことするな、どあほう!

 投げつけられた火炎瓶を曲芸師一典は器用に受け止め、火のついたそれを五、六本まとめてお手玉して見せた。遊ぶ余裕があったら、乱闘なんて止めろ! でもってそれを投げ返す。当然道は火の海。

なのに曲芸だと勘違いした野次馬が集まってきた(ちょっと待て!)。

 直人は次の得物を出した。電動エアガン(普通はペイント弾を発射する)が次々とアルコール入りのカプセル弾を発射する。すでに燃えている道路が、弾を受けさらに炎を上げる。流れ弾が野次馬の一人の喫っていた煙草に直撃し、花火のように燃え上がる。そいつは悲鳴をあげ驚いたが、他の野次馬はげらげら笑って拍手喝采。

さすがの俺もこのあたりから青くなってきた。他人をお構いナシか、まさしくテロリストだ。いい根性してやがる!

 一典は巨体に似合わない軽業を見せ車の屋根上や建物の壁の上を跳びはね、アクロバットさながらひらひらくるくると逃げ回った揚げ句……こともあろうに俺を盾にした。

やめろ! と叫んだ瞬間、俺は口に飛び込んできた玉子大のカプセル弾を呑んでしまった。強烈なスピリッツに喉が焼け咳込む。胃が熱い。忌み嫌っていたアルコール、初めての飲酒がこんな形とは……。

 回りは野次馬が喜んで、舞台にばらばら小銭を投げ込んで混乱に拍車をかけた。おひねりなんてやらんでこの異常に気付け!

 直人は逆上してでっかいタンクを背負い、圧縮ガスでホースから中身をじゃあじゃあ吹き出した。道路に流される液体からは、ツンとした刺激臭。

アルコール燃料車用の燃料! 引火したら爆発だ、水遊びをするのとはわけがちがう。こいつ気が狂ってるんじゃないか?

 対する一典は怯まない。それどころか向かってくるアルコールを自らガブ呑みし、火吹き芸で応戦する。口から怪獣のように炎を吐くのだ。地獄絵図だった。悪魔かこいつ!

 野次馬はようやく危険に気づき、ぎゃあぎゃあ逃げ回り混乱の坩堝。

 あたりは火事になるし消化剤に汚れ水浸しだし。電線何本も切れ停電になるし。おまえら回りへの迷惑を考えろ! 俺は自分をろくでなしの生ゴミだと自覚していたが、この二人に比べたら腐り負けする。

 ターミナルのクラックで(俺は自衛隊機甲師団を呼ぼうとすら思い始めた。弱気になっていた証拠だ)なんとか二人を止めようかと思ったが、さっきのアルコールが身体に回ってきた。俺は気分が悪くなり、なんとか安全圏までよろめき歩いた。よりによってあんなカスどもから惨めに逃げたのだ。そこから先は覚えていない。

 ちくしょう、あの二人今度会ったら潰してやる。俺だってたまには掃除でもして社会に貢献しよう。は、後の話だ、ここはどこだ?

 つい自分のアパートか、またはおせっかいに助けてくれた士浪の家かと思ったが、違う。病院でもない。ようやく異変に気づく。

だが、日中バイオの手に落ちたわけでもなさそうだ。

 ぼんやりとした豆球の明かり。普通の民家だ。どうやら六畳ほどの客間。見回すとテーブルがかべに立てかけてある。つまりふだんは絨毯のうえにテーブルがあるはずのところに、布団をしいて寝かされているのだ。壁の時計を見ると十時。

 油断はできない。人の気配はしない。そっと立ち上がる……しかし馴れないアルコールにふらついて、俺はばたりと転んだ。しまった! 音をたててしまった。すぐに下から階段を登る音がした。

ここは二階か。俺は手を打つこともできないまま、うずくまるしかなかった。馬鹿な、頭を働かせろ! 最初にアドバンスド・ターミナルを使えばよかったんだ。モニタグラスもグローブも枕元に置いてある。それで情報を集められたのに……。酒は理性を狂わせる。

 扉がノックされた。もはやなすすべはない。俺は開き直るしかなかった。努めて穏やかに言う。「どうぞ」、と。でもって入ってきた女を見て絶句する。すらりとした長身、流れる長髪。俺を見てにっこり笑った。

 ソードダンサー逢香? よりによっておれを助けたのは彼女なのか、ここはその家か!

 不覚だ。俺は情報屋マーダックとしての素性は隠すとしても、有能なクラッカーとしての腕を見せ、優位な条件でソードダンサーを部下にするつもりだった。これでは俺の立場が無い!

「また会ったわね、気分はどう?」逢香は優しい声で問いかけている。事情を何も知らないようだな。「子供がお酒飲むなんて駄目よ。倒れるまで飲むなんて、なにがあったの?」

「いえないよ」部下にしようと思った奴等につぶされたなど……こんな醜態、説明できるはずはない。「だが、一応礼は言う」

「まったく、素直じゃないなあ。わたしは逢香。坊や、お名前は?」

「まこと」俺は答えた。だが本名神無月真琴は教えない。「字は魔法のまに言葉のこと」

「そう、魔言ちゃんね。変わった名前。洒落てていいわね」 

「子供扱いするな。おれはもうすぐ十五だ。今年度中に」

「え? てっきり小学生かと。ごめんね、あんまり可愛いものだからついつい。わたしの背におんぶしていたとき、若いお母さんですねなんてからかわれたわ。婦警さんだったからぎくりとしたけどね」

 逢香はけらけら笑っている。おんぶ……こんななにも悩み考えていないようなガキ女に。俺は赤面どころか血の気が引いた。屈辱だ! 男としての権威の失墜だ。この失態の埋め合わせは必ずしてやる!

「魔言、カウンターハンターでしょ、通り名ないの?」

「ランバージャック」

「なにそれ?」

「きこりさ。ハッカーの語源は手斧一本で小屋を作ること。それからちなんだ」

「ではジャック、今日からあなたはわたしの相棒ね」

「なに!?」

「文句ないわよね、助けてあげたんだもん。わたしは親分、あなたは子分よ。わ~い、コンビ名どうしようかなあ、ソード&ランバー。それともジャックダンサー、まったく違う名もいいかな……」

 逢香は能天気に喜んでいる。どつぼだ……俺は頭を抱えうめいた。俺って呪われてるんじゃないか?!