わたしはむしゃくしゃして街を歩いていた。なんで逢香みたいないい女、振るかなあ。たしかに逢香わがままだしがさつだし遅刻魔だけど……。

今日は遊ぶだけ遊んで、帰ったらパティに美味しい料理作ってもらお。「逢香さま、元気出してください」パティの言葉を思い返す。わたしのこと本当に心配していたなあ。良い子だなあ。素直で優しくて。繊細な小柄な美少女。男ってそういうのが好きなのかなあ。ぶぅ~!

 パティは妖精の女の子。実年齢は二十(わたしより二こ上)だけど、外見はせいぜい中学生くらいにしか見えない。この前の風俗店を襲撃したとき、助けたの。他の妖精は大人だったから逃げたけど、パティは行く所が無くわたしが引き取った。こんな子を働かせるなんて許せないわよね。

それもふざけたことに、彼女のフルネームはプラパティ。『所有物』……こんな名前を人につけるなんて。いまの世の中間違ってるよ。

 パティは人間に隷属することが当たり前になっていて、わたしを御主人様なんて呼んできた。主人と奴隷、そんな関係なんて嫌。彼女には、わたしは勉強を教えて貰うことにした。

 妖精って頭いいのよね。統計によると平均の知能指数が百二十あるという。平均的な人間が百。良くアニメなんかではIQ二百くらいのエリートごろごろ出るから、百二十は大した数字ではないと思うと、とんでもない。事実はこれが偏差値だと六十くらいになる。偏差値六十が当たり前だったら、わたし優等生なんて名乗れない。ちょっと間違えたら落ちこぼれだよう!

 まあIQイコール頭のよさではないし、学校の成績とも直結しないけど。とにかくパティは、わたしの先生。同時に可愛い妹。でも人間の世界を怖がっているので、外には連れてこられなかった。いままでほんとうに、つらいめにあってきたのよね、可哀相。

 新都心の灰色の町並み。駅周辺はオフィスビル群があり、繁華街と繋がっている。居住区はその外。わたしが目指しているのは、もちろん商店街。買い物して買い食いして、憂さ晴らしだぃ! 

「やあ姉ちゃん、お酒しない?」

 どこかで聞いた間延びした声がしたのは、四時過ぎにデパートの家電売り場を通り抜けた時だった。オヤジギャグを聞いた後特有のそら寒い心境とともに、目が点になる。

 その1。家電売り場でナンパするヤツなんて、聞いたことが無い(TPOどうなっているの?)。

 その2。「お茶しない」との誘いは陳腐すぎるとしても、「お酒しない」なんて初対面の相手に(それもムードもデリカシーもなく)言う馬鹿は初めて見た。

 三段論法から導かれる結論は一つ、{こんなやつ世の中に何人もいるはずはない}。

 昨日のスタジアムにいた、酔っ払い兄ちゃんだ! ハンターにビールぶっかけて撃退したあいつ。うう、こいつ鼻の下伸ばして……わたしのこと誰だか気づいてないな、あのときアイマスクしていたから。わたしを置いて立ち去った薄情者!

「いいわ。おごってくれるんでしょ」

わたしはにこやかに答えていた。腹に一物秘めて。ふっふっふ。ちょうどいいわ。腹いせにいじめてやる、地獄見せてやるわ!

「え? ほんとう! わ~い、おれの車で乗せてってあげるよ。おれ直人二十二歳。よろしくね」

「わたしは逢香よ。なんだか初対面と思えないわねえ」

笑顔で言いながら、わたしぎりぎり歯ぎしりしてた。

 わたしたちはガレージへ向かった。ぱっとしない軽自動車。直人とかいう兄ちゃんの外見通りだ。流行ものやブランドものは一切身につけていない。間抜け面に似合う、体格より大きめだぶだぶの安物コートにスラックス。

 直人はドアを開けた。反対側の助手席も開く。車の中を見てあぜんとした。後部の収納スペース、すき間なくぎっしり酒瓶の山だ。自堕落な生活送ってるなあ、おっさん! これで警察の検問どうやって抜けるんだ?

 と、直人はとんでもない事をした。スピリッツのボトルを手に取ると、燃料タンクの蓋を開け中に酒を注ぎ込んだのだ!

「驚いた? おれの愛車、酒飲みなんだ」自慢げに言う兄ちゃん。「言うでしょ、車は持ち主に似る。高性能ないい相棒だよ。気をつかっているけどね。四輪駆動車は普通の車より、救出が困難な場所で立ち往生するってことわざあるし」

 そんなことわざはもちろん知らない。とんでもない変人に捕まってしまった! なにものだ、こいつは。先行き不安になったけど、ソードダンサーとしての意地で車に乗った……良い子は真似しちゃいけないよ!

「直人くんってどんな仕事してるの? 学生?」

「機械工くずれ。専門学校にいたんだけど、あの亜人反乱騒ぎとかに巻き込まれて、学校つぶれちゃった。いまじゃしがないジャンク屋さ。この車はアルコール燃料車。本当ならただのエタノールをあげてるんだけど、たまに酒をやると喜ぶんだ……警句を引用すると、アル中とは主治医より飲む人のことである。相棒にとって、主治医は俺。つまりこいつは俺と同じ、良い酒飲みさ」

 そういって笑う姿は、屈託がない。わたしはあきれて眺めていた。直人、か。明らかに変人で凄い馬鹿だけど、悪い人ではなさそうだ。

 ドライブはほんの三分で終わった。ついたのは大型チェーン店の大衆居酒屋。普通、四、五人での飲み会に向くところだ。

まったく、最初のデートでこんなとこ来るカップルいないって。おしゃれなバーで大人のデートなんて、逢香まだ無理かなあ。まあこの兄ちゃんとは願い下げだが。

 居酒屋に入る。ムードっ気のない、広くて明るい店内。BGMまでほのぼのと家族組み向けだ。子供だって安心して入れる。直人って底抜けだ。下心なんてまったくない。考えてみれば、わたしを一応助けてくれたんだし。

 う~ん、おごってもらうんだから昨日のことナシにしてあげよ。コース料理付き飲み放題だって! わたしはソフトドリンクだけだけどね。

 しかし、最初のドリンクが運ばれてきたときだ。「乾杯!」とタンブラーグラスを持ち上げた瞬間。横合いから野太い声がした。

「何をしているんですか、直人さん」

 見ると黒服に身を包んだ、身長二メートル近い大男。あごには刃物で切られたらしい、古傷が走っている。明らかに、あっちのスジの人! そいつは悪魔的な形相(口で笑って目が笑ってない)で、直人に凄んでいる。穏やかにゆっくり言うところがまた怖い。

「直人さん、あなた借金の返済能力なかったはずですよね。こんなところで女と飲む。これはどういうことですかねえ」

「一典、待ってくれ! 昔のよしみで……いつか必ず返す!」

 直人はめちゃ怯んでいる。わたしだって怖いよう!

「ぼくは慈善事業やっているのではないのですよ……ついてきて貰いましょうか」

「ひどいよう、一典金持ちのくせに。社会の不条理! ようやく家賃を払える人は家賃を払う、楽々と家賃を払える人は資産を増やす……」

 直人は最後までぼやいていたが、結局引っ張られて行ってしまった。わたしは縮こまってぶるぶる震えていた。でもあのでっかい黒服やくざ、最近どっかで見たような? ううん思いだせん。

 それからわたしは一人、席で二時間待った。一応の仲間を見捨てて逃げるなんてできない、わたしソードダンサーだもん。わたしは一人もくもく料理を食べ(ごちそうさまでした)、ドリンクを飲みながら待ち続けた。結局直人は戻ってこない。宴会時間の終わり、これ以上いられない。会計は直人のツケだった(ちょっと心苦しい……)。

 わたしは外へ出た。すっかり暗くなった街になぜかサイレンがわんわん鳴り響いている。救急車やらパトカーやら果ては消防車まで十数台も走り回っていた。

どうやら、放火か強盗かなにか大規模な事件があったようだ。こんな平和なところにまで……物騒な世の中だな、わたしみたいな非力な女の子安心して歩けないよ。

 帰ろうと、とことこ徒歩で駅に向かう。あれ?

 ふと道の先を見ると、見覚えのあるサングラスのつんつん頭が! あのクラッカー使いの少年だ。様子おかしい、怪我しているみたい。ふらふらよろめき人気の無い路地に入り込む。助けなきゃ!

 わたしがかけよると、少年は倒れていた。気を失ったらしい。事件に巻き込まれたのかなあ、どうしたのだろう。息はある、脈拍は少し速い。身体を確かめる。服の上から全身をいじいじいじ。

う……なにかいけないことしているみたい。とにかく、外傷はないようだ。出血もない。なんで倒れたのだろう。

 どうしよう。この子もカウンターハンターなら一応体制に反抗するレジスタンス、素性もわからないのに病院に連れていくのできないなあ……連れ帰っちゃえ! わたしはその少年を背負った。このくらい軽い軽い。わたしはそのまま歩いて電車に乗った。どうせ回りに見られても、仲のよい姉弟にしかとられまい。家につく。住宅街の平凡な一件家。

「おかえりなさい逢香さま。あら、その男の子どうしたの?」

きょとんと、パティが聞いてくる。

「わかんない。道端で拾った」

良い拾い物だなあ。わくわくする。男の子を家に泊めるなんて初めて!