色とりどりのライトが舞台を華やかに写していた。作戦は失敗したはずなのに、俺は高らかに笑っていた。久々に楽しい夜だった。
スタジアムには名だたるカウンターハンターがうようよしていた。十人はいたはずだが、ざっと見ただけでもソードダンサー。フェイクジャグラー。ジャンクドランカー。俺の召還で集まったのだ。ワナとも知らず。
だがそのパーティーは、俺の計画とは違っていた。それがかえって趣向を増した。自分の声がする。
「俺を裏切った代償は大きいぞ!」
日本中央バイオニクス伊藤会長。哀れな傀儡のあやつり人形。俺の忠告を無視するとは、馬鹿なヤツだ。大人しく会社の組織図を売っていれば、どのみち免職としても豊かな老後が送れたものを。
代償に俺はカウンターハンターの身柄を売り渡す約束だった。悪くない取り引きじゃないか? 社会のゴミ同士仲良くて。だがこれで、また別の手を打たなければ。
伊藤。やつは会長とは名ばかり、雇われのお飾りいやクズに過ぎない。クズなどいくら燃やし去ったところで。本当の敵は、まだ背後に。だが。
後どれだけゴミどもを掻き分ければ、後どれだけこの暗闇の中をさまよえば、俺はあいつに辿り着ける……。
人影が見えた。線の細い、少女の姿。彼女は俺を見つめてさみしげに笑う……。俺は追いかけようとする。呼びかけるが声は音にならない。違う。
心の中のもう一人の俺が言う。彼女はもういない。もう取り戻せない。俺は夢を見ているんだ!
はっとして、俺は起きた。
眠っていた。また、あいつの夢……。埒もない。目を開けるのが、つらかった。
乱雑に本やディスクがほおってある机。俺はそれにつっぷして寝ていた。
目の前にはつけっぱなしのパソコンモニター。液晶にはいらないのに前時代の遺物の、スクリーンセーバーが空しく流れる。後は必要最小限の家具しかない殺風景な部屋。
ここが、俺の家。新都心の外れにある安アパート。
俺は儚い現実、当たり前の日常に引き戻された。まあ少し普通と違うのは、俺が十四歳にして学校にも行かず、ここで一人暮らししているくらい。
俺はポットを手に取り、グラスに氷水を入れた。気分転換には余計なドリンクより、鮮烈な冷たい澄んだ水に限る。酒・煙草・合法ドラッグ。そのいずれも俺は軽蔑している。人間の理性を歪め、品性を堕落させるだけだ。そんなものに中毒するクズにはならない。それが俺のささやかなプライドだ。
俺はささやかな朝食を食べ始めた。昨夜買ったコンビニ弁当の冷や飯だ。レンジなんか使うとかえって不味くなる。
食べながらネットを起動させ、モニターをにらんで情報収集をする。俺の今の日課だ。
このささやかな取り柄、ネットを利用した非合法な商売で、俺は億単位の金を儲けていた。だが俺の究極の目的のためには、はした金だ。もっとでかいヤマを見つけて……。
扉でノックがしたのは、そんなときだった。俺は無視した。どうせなにかのくだらない勧誘だ。ほっておけ。
しかし、扉はきしみながら勝手に開いた。
「失礼します。お時間、よろしいでしょうか」
丁重な声。俺は知っていた。
「士浪か。来るなと言ってあるだろう」俺は振り向きもせず、モニターを見つめたまま不機嫌に言う。用があるなら連絡だけよこせばいい。いつもそう言っているのだ。
「すみません、昨日の事が心配だったのです。真琴様」男は中に入ったようだ。扉が閉まる音。
「マコトさま、は我慢できる。だが士浪、おまえは何故俺についてくる。昔とは違うのだ」
「神無月家は関係ありません。わたしの独断です」
「きみほどの男が。士浪、きみの実力は強大だ」
俺は皮肉に思う。俺なんかとは違って、と。
如月士浪は二十五才。スーツの似合う、エリートの風格の漂う男。身長百八十五センチの偉丈夫だ。チビな俺と三十センチ近く違う。
それも彼は国立大学院で経済学を学び、若くして政治家の秘書を務めていた優秀な男。同時に何度も賞を取ったキックボクサーでもある。その経歴による人脈は広く、ある政党には顔が効くし独断で数多くのちんぴらを動かせる。何の後ろ盾もなく、自らの素質でそこまで登った男だ。それが社会的地位をなげうってまで、俺なんかを。
士浪は静かに断言した。「ですがわたしは、本当の実力者には従います。真琴様、いえ。マーダックとしてのあなたに」
「好きにしろ。俺は勝手にやらせてもらう」物好きなヤツだ。だが、協力はありがたい。俺の目的には彼のような同志がいる。士浪も口うるさい点さえなければ。
「その件ですが、無礼を承知で申します。真琴様はまだ、トリム様のことを……」
「その名前を言うな!」俺はいすを回し振り向いた。電撃を受けたような衝撃が背筋を走っていた。士浪を睨み付ける。
彼は端正な顔をうつむけて、穏やかな口調で言った。「聞いてください。いまは、一時の感情に流されている時ではないのです。腐敗し切った世の病巣を切り取り、亜人たちを助け彼らを擁護する。それがかなうのは、ただ一人。神無月教授の御子息であるあなたしか……」
「その名を出すなと言った!」俺は馬鹿みたいに激怒していた。立ち上がり怒鳴りつける。トリム……カンナヅキ……その言葉がぐるぐる俺の脳裏を巡る。「俺はオヤジのもとへは行かない。消えろ……俺がターミナルを使う前にな。怒り狂っておまえを殺す前に!」
士浪は一礼し、退出した。俺がクラック行為で、自衛隊艦艇をも乗っ取れることを知っているのだ。立て付けの悪いはずの扉が、音を立てずに閉まる。
頭痛がした。目の前に赤いもやがかかった。熱い。頭の血管がどくどく脈打つのがわかる。俺は椅子に座り込むとグラスに氷水を注いだ。右手にグラスを持ち見つめ、落ち着こうとする。嫌な事を思い出してしまった。非力な自分の身の程を思い知る。
俺の名。恥ずべきそれは神無月真琴。亜人を誕生させその人権を主張した良識派の研究者、神無月教授の一人息子だ。
神無月。その名前は誰でも知っている。日本中央バイオニクスの創設者にして大株主。亜人を生み出し不景気な社会の労働力として提供したことで、莫大な資金を得たにわか財閥だ。しかし日中バイオは乗っ取りにあった。亜人を人間と対等に扱うより、奴隷とした方が儲かる。なにより、人間を上回る新人類なんて管理すべきだ。そう考える財界人・政治家・実業家は多かった。
学者バカというやつで、神無月教授は研究分野では専門家だが、政治や経営ではまったくの素人だった。俺の人のよいオヤジは陰謀になにも対処できず、あっさりと会社を追われた。
小さい頃の俺は名家の跡取りの因果で、がんじがらめの生活をしていた。ぼんくらの俺なんかに文武両道を目指せ、だとさ。家庭教師がトリムだった。亜人の女。特別に生み出された可憐な「妖精」……。知性と寿命、さらには容姿まで人間を上回る優良種。心優しい姉かわりの存在。対して武道を教えたのはブレーブ。彼は「鬼」、肉体面が優れる亜人のコーチだ。陽気な気のいいやつだった。
俺が授業をさぼって家を逃走すると、いつもブレーブは追いかけてくる。河原の草地で夕日を浴びながら彼と喧嘩して遊ぶのが、孤独な子供だったおれの唯一の気晴らしだった。ブレーブは巧みなやりかたで、チビで非力な俺に格闘技を仕込んでくれた。
おかげで学校という名前の監獄で一見弱そうに見える俺に喧嘩を売る馬鹿は多かったが、ことごとく返り討ちにしていたほどだ。俺が打ち身擦り傷満身創痍で帰ると、トリムは怒りもせず微笑み、手当てをしながら講義をしてくれた。
唯一俺が得意だった科目は、数学だ。いまの仕事には役立っている。トリムとブレーブ、二人は好き合っていたのかもしれない。それを思うと胸が苦しくなる。
当時は厳しいと感じていたが、平和な日々だった。恵まれていた。幸せ、とはあのようなことなのだろうか。しかし、俺たちの生活は引き裂かれた。
突然法律が変わり、人間と亜人は一緒に住めなくなったのだ。亜人はすべて奴隷として隔離。かくまう人間は逮捕。屋敷は検察が土足で踏み込み、亜人たちは拘束された。オヤジにも逮捕状が出ていた。
ブレーブはオヤジを守って抵抗し、銃弾の雨を受け死んだ。トリムは捕まった。俺は助けようと手を尽くした。しかし彼女は、好色な金持ちに買われる羽目になると知るや……情婦にされる前に自殺した。潔癖なまでに誇り高い彼女はそんな道しか選べなかった。
オヤジは財産を売り払いなんとか釈放されると、逃げるように田舎へ引っ込んだ。会社にはまだ多数の神無月支持者がいて、無法な権力に対抗しようと戦っていたのに。士浪はその一人だ。
許せなかった。トリムを死なせた奴等も、彼女を守れなかった俺も。だが、俺はオヤジとは違う。おめおめ泣き寝入りなどできるか! 俺は決して柔弱な男ではない。喧嘩となっても実戦を知らない素人など問題外だし、格闘家だって同じウェイトならねじ伏せる自信がある。
だが一人の力でなにができる? 俺が復讐を成就するためには、多くの手駒が必要だ。忠実で獰猛な番犬、良く切れる鋭いナイフが……カウンターハンターか。こいつは使える。地獄を見せてやる。殴られたら、殴りかえす。当たり前の話しだ!
ふと、右手の鋭い痛みに気づいた。握っていたグラスは砕けていた。破片に切り裂かれた傷口から、生暖かい鮮血が溢れ滴る。
無意識に力を入れすぎたな。なにを熱くなっているんだ、俺は。こんなことでは……しかし彼女の受けた苦痛、流した血はこんなものではない。俺は声をださずに笑っていた。狂ったような一人笑いを。
俺は理想なんていらない。トリムの仇が討てればそれでいい。それに至るために、この手を幾度血に染めようが。幾人の屍が転がろうが……かまうものか!
日中バイオの黒幕。それをぶっつぶす為に、次の計画を立てなくては。また大がかりな罠となる。利用できるものは、利用しなくては。昨夜は徹夜でその情報、カウンターハンターどもの個人データをかき集めていた。