トゥルースは涙を一筋流した。黎明の光に、煌めいて落ちる。なぜならダグアの本質をわかったのだ。真に、互いを知った。
一欠けらの灯火、それだけを求めていたのだと。無力な少年で憶病もの。暗闇を怖がる当たり前の人間、わたしと同じ。本当は逃げ出したいほど怖かったのに、敢えて責任を一手に受け、闇に眼を逸らさず直視し戦ってきたのね。
王国では亜人たちを倒せとの掛け声のもと、各地で義勇軍が結成されている。都市では結成した部隊が馴れない武具を着込んで、ねり歩いている。何千人いるのだろう。
これで、ほんの先陣か。これほどの数の兵士がいたとは。いままでこそこそ後方で引っ込んでいただけのくせに、いい気なものだ。ほんとうの功績はわれら狂戦士連隊なのに。
議会期間が終わる一週間後、戦争が始まる。王国と、王国を裏切ったダグアとの。
ダグア中隊のダグアの部下は、全員ダグアに賛同した。
ドグ中隊長は反対した。規律厳しい純粋な軍人であるかれは、王国を裏切ることはできなかった。ドグ中隊は王国に付いた。
フェイク大隊長も王国に付いた。ただし戦力的にはどちらにも加担しないと明言し議員を戸惑わせた。戦争を防ぐための連隊は守る、いままで通り基地は運営する。
陸戦部隊のツヴァイハンダー大隊長も、ダグアに賛同した。これで、連隊の維持は決まった。意外な決断だった。かれは、女上級騎士にして都市アルセイデス女領主フレイとは恋仲だったのに。
わたしはダグアに付いていくことを決めた。だがこんな無謀な勝ち目の無い戦いに、中隊の部下を巻き込むことはできなかった。自由意志で、判断させた。結局、ひとつの小隊を除いて、わたしに協力を志願してくれることになった。
わたしに付いてこなかったのは、ジュエル小隊だった。ジュエル、スティール、ベインの三人。
あわただしい朝だった。都市の宿に割り当てられた士官宿舎の一室には、四人がいた。テーブルを囲みいすに座る。グラスを手に、四人は互いのそれを打ち合わせた。酒ではなかった。澄んだ液体。鮮烈な冷えた蒸留水。
魔法文明のころの別れの儀式は、水で乾杯するものらしいのだ。
敵となってしまうのにこんな会合、欺瞞かもしれない。でもせめて最後くらい、穏やかに別れたかったから。だからわたしたちはいた。スティール竜騎兵、ドク中隊長、フェイク大隊長そしてわたしトゥルースは。
「道が、わかれたな。結局」スティールは普段の口調で淡々と言う。かれはわたしたちのリーダーだったのだ。「いつかこうなるような、気がしていたよ」
「そうだな、俺たちは喧嘩ばかりしていた。昔から」
ドグは笑みを返した。
ドグは二三、わたしの二個下の青年だ。そういえば外見は、ベインと似た容姿だな。良くある典型的な戦士だ。国を守る宮仕えの、根っからの兵士。「王国の犬」ドグ。融通の効かない厳格な男。
対するスティールは流れ者あがり。賞金稼ぎの稼業は治安を守るためとはいえ、警備兵のドグとは折り合いが悪かった。中身は同じことしてるのに。
ドグがスティールを取り締まったことで、わたしたち四人は知り合ったのだ。書記官としてわたしは、フェイクは偶然ネタさがしで。
むかしの話だ。あのころのわたしは二十にもならなかった。うやむやに出会った仲間だけど、それが同じ竜騎兵になるなんて。それも、昨日までなのだな。
「わたしたちは華々しいパーティーではなかったわね」
わたしは言う。正直なところだった。英雄騎士ファルシオン率いる三人の撃墜王たちのいたランスのようには。ダグアのいたそれに比べれば、わたしたちは。
「ぼくが足を引っ張っていたもんね」
とフェイク。巨漢の青年は、さみしげに言う。
「そうね」
悲しく同意する。わたしたち四人ではかれが一番、実力も才能もあったのに。
女性としては高いわたしなんかより頭一つ高い長身、茶色の短い巻き毛。動物的愛嬌のある顔。あごには古傷が醜く走る。かつて悪鬼の刃から、わたしを助けるために受けた傷。
わたしと同じ歳くらいなのだろうが、正確な年齢は不詳だ。かれの生い立ちでは。
大道芸人上がりのフェイク・サーカス。伝説の英雄を舞台で演じる喜劇役者「にせ勇者」フェイク。かれはヘブンジャグラー「天界の曲芸士」の異名を取るほどの、曲芸飛行の達人なのだ。
かれが補給担当でなく戦闘に加わってさえいれば、撃墜王となっていたかもしれない。だがそれはしない男なのだ。虫を殺すのも嫌う平和主義者。スティールとドグが喧嘩すると、いつもフェイクは仲裁に入る。
当のわたしははっきりしない、優柔不断なフェイクにかみついていた。昔の彼氏なのだ。なんでわたしいつもこんな男にひっかかるのだろう。それを思うと悲しいほど可笑しい。
生い立ちも身分も考え方も違う四人。でも目指していた理想は同じだった。なんで人間たちはこうして行き違ってしまうのだろう。
会はあっさりと終わった。水をいっきに飲み干すと、わたしたちは解散した。最後に一礼して。