・銀河英雄伝説その本編で最初の戦い、アスターテ会戦。原作では同盟軍の大敗であったが、もし同盟軍第四艦隊司令官、パストーレ提督がヤン・ウェンリーと同じ作戦を用いたらどうなるか……


 同盟軍第四艦隊司令官ぱすとーれ中将の元へ、「帝国軍艦隊急速接近」の報が舞い込んだ。司令官以下将兵に緊張が走る。

「全艦、総力戦用意!」中将は命じた。そして敵を評す。「各個撃破か。最も数が少ない我らを狙うのは、当然だが。それにしても大胆だな」

 帝国軍艦隊二万隻は、同盟軍艦隊四万に三方向から包囲されているのである。しかし、まだ包囲網は完成されていない。帝国軍は逃走することもできた。戦いの主導権は決まっていなかったのだ。そこへ、帝国軍は先手を打ちイニシアティブを奪いに来た。同盟軍艦隊四万と言えど、三個艦隊が別々に攻撃されれば、各艦隊およそ一万三千。帝国軍は二万。完全に同盟軍は負ける。しかし、この段階でぱすとーれは状況を読んでいた。

「帝国軍の司令官は、二十の若僧と聞く。なかなかの戦術理論を有しているが、はたしてすべての事態に対処できるかな? 敵の意図をどう見る」ぱすとーれは、幕僚の士官に話しかけた。

「敵司令官は、戦力集中の法則に準じていますね。ランチェスター戦略、強者の理論に乗っ取っています。戦闘力=武器効率×(兵力数の二乗)、です」士官は答えた。

「説明を」

「武器が同じ性能であれば、兵力の大きい方が必ず勝ちます。しかも損害は、敵味方同数ではありません。兵力の大きい方が損害が少なく、兵力の少ない方が損害が大きくなります」

「その、打開策は?」

「常道の戦術では、兵力差を打ち破って勝利することは出来ません。しかし、敵味方の損害の絶対数を、同レベルにすることは可能です。ランチェスター戦略、弱者の理論です。それに従えば、戦闘力=武器効率×兵力数となります」

「それを達成するために必要な戦略は?」

「局地戦、接近戦、一騎打ち、一点集中、陽動作戦です」

「選択肢は五つあるわけだ」

「ええ。帝国軍のとった作戦は、局地戦・一点集中・一騎打ちです。つまり帝国軍も最初は弱者の理論を選んでいたわけです。これにより、兵力において上回るわが軍に対し、逆に強者の理論を適用することが、可能になりました。対して同盟軍は、当初強者の理論を選んでいたにかかわらず、弱者の理論を適用される羽目に陥りましたね」

「敵が条件を覆せるものならば、わが軍にだって可能なはずだ。どの作戦がこの体勢で、有効かな」

「一騎打ちは、敵が乗ってこない限り使えません。局地戦・陽動作戦は、もともと友軍の多い我らが使うには不向きです。よって接近戦、一点集中の二つが残ります。相反する二つです。接近戦では前進して敵に肉迫する必要がありますし、一点集中の場合は敵と距離を保つよう逐次後退しながら砲撃を集中する必要があります。いずれにせよ、他の艦隊の救援まで戦線を支えられれば勝利は確実です」

「では、決まりだ。わたしはより主導権を握れる方を選ぶ」ぱすとーれ中将は決断を下した。「戦闘艇、発進準備。砲撃戦用意。緩衝せよ、全艦突撃!」


「これはどういうことだ!」帝国軍旗艦艦橋で、司令官らいんはるとは吠えていた。同盟第四艦隊は、数において勝る帝国軍の苛烈な砲火に怯むこともなく、突撃をかけてきたのだ。「包囲戦術を取る場合、敵が迫ると引き、敵が退がると追うのが当たり前ではないか。同盟の提督はダゴンの包囲殲滅戦を忘れたのか」

「混交戦術ですね。接近戦では、数の利は相殺されます。敵は、消耗戦にもちこむつもりでしょう」副官、きるひあいすが答えた。「どう対処されますか」

「敵を寄せつけるな、前進停止、敵の先頭に砲火を集中しろ!」

「敵、戦闘艇急襲!」オペレーターが叫んだ。

「制宙権を奪われましたね。これでは、敵の接近を阻めません」きるひあいすは助言する。「こちらも、ワルキューレを出して応戦すれば、数において勝りますから、勝利は可能ですが」

「だめだ、敵はまだ二つの艦隊が残っている」らいんはるとは命じた。「全艦隊、紡錘陣形を取るように伝達してくれ」

「中央突破ですね」つまり、敵を突き破って脱出するのだ。


「敵は、乗ってこなかった。中央突破、か」同盟第四艦隊旗艦レオニダスで、司令官ぱすとーれはつぶやいた。「帝国軍の連中、逃げる気らしいな」

「閣下、どう対処されますか」士官が問う。

「敵の方が戦力は大きい。反撃して無闇に艦艇を損なうよりは、引いた方が得策だな。全艦に連絡。指揮系統を崩さぬよう、整然と退却せよ。左右に分かれ中央に穴を開ける。そこから帝国軍を通してやれ。だが、無論ただでは通すな。砲火をたっぷり御見舞いしてやれよ!」

 こうしてコードネーム、「パス・通れ作戦」が発動された。


 帝国軍艦隊は、牙のごとき鋭さで前面一点に砲火を集中させた。同盟軍は、乗ってこなかった。砲火に晒された空域をあっさりと放棄し、左右に分散して帝国軍を包み込む。

「しまった!」らいんはるとはすぐに敵の意図に気付いた。

 きるひあいすも、頷いた。「中央突破・正面攻撃は、ナポレオンの使用していた戦術です。有効な戦術として、過去に使用例も多い。希代の英雄が用いた、まさに、帝王の取る戦術ですが……」

「敵はそれを打ち破った、シェリーフェンに倣うらしい。太古、カルタゴのハンニバル将軍が使用した戦術、包囲殲滅作戦だ」

 孫子の兵法に曰く、包囲には敵より十倍の戦力が必要だ。しかし、シェリーフェンあるいはハンニバルの包囲殲滅作戦とは、敵より戦力が少なくして敵を包囲し勝利する戦術なのだ。方法は、まず真正面から敵と相対し、その中央でわざと負けてみせる。中央から撤退し、敵を中央に引きずり込み、戦列を引き伸ばして統一的な指揮を無効とする。側面と背後に回って敵を半包囲する。そして猛攻に転じ、敵を破るのだ。

 だが、それを知らぬらいんはるとではない。直ちに、引く敵を深追いせず、陣形を整えるよう伝達する。背後を奪われぬ様、突破口が開き次第全速前進、離脱を計る構えだ。

 危険な数刻が、経過した。そして、結果として同盟軍第四艦隊は数において勝り、統制のとれた帝国軍を包囲することを諦めたことが明らかになった。帝国軍は、好機を逃さず脱出した。

「見逃して、貰えましたね」きるひあいすは、主君に言いかけた。

「損害は大きかったがな」らいんはるとは答えた。千隻以上の味方が、撃沈され失われていた。敵の損害も同じくらいであることが、救いではあるが。

 帝国軍艦隊は、同盟軍第四艦隊を突破して、ひとまず戦闘から切り抜けた。第四艦隊は、分断されている。攻撃に、無防備な体勢だ。しかし、帝国軍に第四艦隊を攻撃する余裕はない。敵、同盟の第二、第六艦隊が迫っているからだ。第四艦隊の追撃を受けぬよう、帝国軍は苦心して回頭した。安全策は、敵の予測しない空域に離脱することだ。帝国軍は、敵の通信線の遮断を怠ってはいない。つまり情報戦で、優位にたっている。そこにまだ付け込む隙があった。退却する余地は十分。そして……

「これから、どうされます?」穏やかに、きるひあいすが問う。

「つまり、退却せよというのだろうが、そうはいかん。急速移動して、他の敵艦隊を狙う」らいんはるとは再び不敵な命令を下した。


「四時半の方向に艦影!」緊急の知らせが、第六艦隊旗艦ペルガモンに届いた。

「敵か!」第六艦隊司令官むーあ中将は「むー」と、うなった。それから思い出したように命じる。「あ!、全艦、総力戦用意!」

「間違いありません。敵は、戦場を移動したのでしょう」幕僚のらっぷ少佐が答える。

「第四艦隊との戦いを放棄してか。ぱすとーれのやつ、俺に宿題を押しつけたな」

「あの提督、{俺はパス。通れ}とでも言ったのでしょうかね」

「おかげで背後などとられ、我らはいい迷惑だ。よし、反転迎撃だ」

「戦いながら、反転するのは無理です」らっぷは訴えた。「前進しつつ進路を変え、敵の背後に回るべきです」

「承知している。だから、作戦を折衷する。小型艦は、大型艦の影に隠れて回頭、反転が終わりしだい攻撃に移る。大型艦は、全速前進、時計回りに進路を変えつつ進み、敵の後背に回ればいい」

「小型艦だけでは、戦線を維持できませんが……」

「だが、高速だ。第四艦隊の位置まで、移動し敵をひきずりこめばいい。回頭が終わった艦は逐次後退しながら散開、的を絞らせるな」

 第六艦隊全体に、直ちに命令は行き渡った。


「敵ながら、やるな」らいんはるとはつぶやいた。「先制攻撃の利点は、これまでだ。どう思う、きるひあいす」

「追撃すると、戦力を再編した第四艦隊に、挟撃される恐れがありますね。まして敵は、無傷の第二艦隊が残っています」

「深追いは、避けるとしよう。敵がわれらの背後をとる前に、後退だ。急速移動し、真正面から、敵第二艦隊を狙う」

 帝国軍艦隊は、敵第六艦隊からも離脱した。


 同盟軍第二艦隊に、帝国軍艦隊接近の連絡が響き渡った。

「方角は一時から二時……」旗艦パトロクロスで、やんはつぶやいていた。

「貴官の推測は正しかったな」第二艦隊司令ぱえった中将は言う。「帝国軍は一万八千隻、か。多少は二艦隊との戦いで、消耗したな。われらは一万五千」

「敵味方の絶対数は、ほぼ同じですね。ならば小細工はいりません。二艦隊との戦闘で消耗している帝国軍の方が、先に力尽きるはずです」やんが進言する。

「そうか。わたしは、起きっぱなしで疲れた。寝るから、准将、指揮を頼む」ぱえったはさらりと言う。

「指揮をわたしが、ですか?」やんは尋ねた。

「当然だ。幕僚で、きみが最高位だからな」ぱえったは大きなあくびをした。

「わたしがねえ……」やんは、指揮卓に向かった。

「高く評価されてますね」幕僚のらお少佐が話しかける。

「ぱえった提督、かえった提督……や~ん、敵がきたよう」

 スクリーンに、光点が現れる。つぎつぎと、光は増えていく。やんは慎重に、間合いを計る。オペレーターが、報告する。敵まで、600万キロ……

「ふぁいあぁ!」やんが命じる。

「ふぁいえる!」同時刻、はるか距離をおいてらいんはるとは命じていた。



……後に、アスターテ会戦と呼ばれる戦いは終わった。

 帝国軍司令官らいんはるとは、上級大将としてのその地位は据え置かれた。

 帝国軍艦隊は二倍の敵に包囲されながらその包囲網を脱し、常に激戦の直中にありながら三艦隊と交戦したのである。しかし一方で、アスターテを征服できたわけでも、敵艦隊を壊走させたわけでもない。ゆえに戦果のない無意味な出兵との見方もある。

 同盟軍は、帝国軍を撃退した。つまり戦いには勝ったものの、包囲作戦の失敗と、敵より戦力が大なのに損害の絶対数が同レベルだった責任を問われた。絶対の完勝を逃したのは大きい。同盟軍もまた昇進したものはいなかった。幕僚の、過去英雄視された人物のことなど話題にものぼらなかった。

 こうしてアスターテ会戦は、両軍の痛み分けに終わった。この会戦は動員戦力は大きいが、損害が小競り合い程度のものであったため、軽視され歴史に埋没した……


おわり