『それは五年前、新都心のネットカフェの中、真っ昼間。
十代の若者三人が、机に並べてあるパソコンを前に、並んで椅子に座っていた。他には客も店員も誰もいない。直人は持ち込んだ酒を飲み、涼平は煙草を吸い、一典も持ち込みのスナック菓子を食べながらお茶を飲んでいる。いずれも規則というか法律違反である。
「こんなことしていて、いいのかなあ」
堂々たる巨漢一典の間延びした声に、精悍な青年涼平は答えた。
「未成年が煙草を吸うのは本人の自由、ただし投げ捨てるのはマナー違反さ」
小柄で細身、間抜け顔の、直人も同調する。
「そうそう。酒を飲むのも本人の自由、ただし駅で吐くのはマナー違反さ」
「その公式って、どこかズレてない?」
きょとんと、一典。直人が指摘する。
「持ち込みの飲食だって厳禁だぞ、特にスナック菓子は」
「青年は主張する。我らに自由を、さもなくば死を!」
「一典はなんでも食べるからな。一典、犬好き?」
「食べたこと無いからわからないよう」
「一典、猫好き?」
「食べたこと無いからわからないよう」
「一典、女好き?」
「食べたこと無いからわからないよう」
三人は肩を叩き合って爆笑する。直人が一典をからかう。
「一典はエロゲーオタクだもんな。二次元キャラしか相手にしていないだろ」
「違うよ、ぼくはSLオタクだよ」
「SM? 緊縛プレイ好き?」
「金箔? Nゲージに張るの、それとも電子回路?」
「おれは黄金まで行くほど、深くないな。が、それからロウを垂らしたりがまた乙で」
「防水処理? 凝っているね」
「おれなんて鞭で打たれたことがある」
「ムチウチ? 列車事故に遭ったの!」
涼平は苦笑している。
「会話が成立するのがすごいな」
そんなこんなで、数十分経過した。空になった酒瓶を片手に、直人は尋ねた。机には空き缶が五、六本。
「あ~~~! もう空だ。涼平、酒もってない?」
ピースを吹かしながら、涼平が答える。机の灰皿には吸殻の山。
「持ってないよ。まだ呑むんかい! このウワバミめ、ネズミでも喰ってろ」
「ネズミ?」
「俺の家、ネズミ出るんだよ」
「あっそ。一典は?」
お菓子を食べながら、一典が答える。机にはジュースやお菓子の袋が散乱している。
「日本酒は持ってないよ」
「アルコールなら、なんでもいいよ」
「それなら、一応持ってるけど。ぼくも、おやつなくなっちゃった。なにかくれない?」
「おれのカバン、開けて良いよ」
「ありがとう。じゃあ」一典はボトルを取り出し、直人のコップに、中身を注いだ。「アルコール強そうだけど、一気飲みできる?」
「賭けるか? やって見せる」
がぶりと酒を口に含む直人。一典は団子を取り出して食べ始める。
「強いでしょ。美味しい?」
「まずいな。安ものだろ。ずいぶんきつい酒だな」
直人、一口飲んで、またがぶり。
「純度100%だって。でも、賭けでしょ。一気飲みして」
「なんてスピリッツ?」
「ええと……工業用アルコールって書いてある」
「げぶっ!」
直人は酒を吹き出した。しぶきが涼平にかかる。右手に持っていたタバコの火に引火して、燃え上がった。
「うわあああ!」絶叫する涼平。燃えている腕を振り回してのたうち回る。涼平の身体に、どんどん広がる炎。「あつ!、あつ!」
「おお! 火吹き芸だ」
と呑気に一典。直人は一典に詰め寄る。
「メタノールじゃねえか! 殺す気かよ!」
「いけなかった? アルコールなら、なんでもいいって言ったじゃない。ま、とりあえず、涼平さんを鎮火しようよ」
「一典がやれ!」
一典は手にしていた二リットル入りペットボトルのお茶を、涼平にかけようとする。それを直人は奪い、がぶ飲みを始める。
「直人! 俺はどうなってもいいのか! うわああああああ!」
火だるまとなって倒れる涼平。
直人はくらくらしながらも、やっと返答する。
「そんなことない……よ。二人で病院……へ行こう」
直人は椅子から転げ落ち、膝をつく。嘔吐する。
「一典、涼平を運んでくれ……。おれはもうだめだ」
「ちょっと待って。ぼく、さっきから、なにか気分が悪くて……」
言いながら、だんごを食べる一典。直人は指摘した。
「それ、おれのカバンじゃないよ……それ、ホウ酸だんご、ネコイラズじゃない? 害獣駆除用の。たしかさっき涼平、家にネズミが出るとか言っていたな」
「毒だんご? うぐぅ!」
低くうめいた後、一典は泡を吹いて倒れた。
「おれも目まいしてきた……失明なんか、しないだろうな。恨むぞ一典!」
直人は白目をむいて昏倒した』
転がる三人。法律規則違反をしていた馬鹿たちは、こうして全滅した……。以上が、いまだに伝えられる新都心の怪談の真相である。