葬儀の後、少年は少女の屋敷に再びやってきた。今回は街の住民の、廉価だが丈夫なふつうの衣服を身につけている。少年はやりきれないように、語り出した。
「ひどい状態だった。顔役の敵を取ろうと、いやそれを口実にごろつきどもの間で武力抗争の計画が進められている。顔役亡きいま、裏街道の権力を握りたい連中は大勢いるのさ。そいつら、顔役を殺した真犯人なんて関係ないんだ。他の勢力に言いがかりをつけては、力で抑え込むだろう」
「武力抗争!?」
「そう。ぼくは乞食たちの首領として、それを止めないと」
「わたしに協力してはくれないの? お父さんを殺した犯人は?」
「悪いが、顔役ひとりと抗争で死ぬであろう大勢を秤にかけたら、ぼくには他に手はない。わかってくれ、顔役もそれを願うはずだ」
 少年は言い残すと、急いで立ち去った。少女はひとり、取り残された。自分の無力さに歯噛みするばかりだった。
  
 数日後。事態は予想外の展開を迎えていた。顔役を殺した犯人、その首謀者が捕まったと。早くも今夜、処刑されると。しかし。
 犯人が乞食たちの王、つまり奇術師の少年とは!
 大通りの路上で、少女は長兄に必死に訴えていた。

「ありえないわよ、あの少年が犯人だなんて」
 二十も歳の離れた長兄は、淡々と言い返した。
「おまえにはなにか、卑しい乞食をかばう理由があるのか」
「お兄さんは、犯人を作りたいだけでしょう。それが誰でもかまわなかったのだわ」
「馬鹿なことをいうな、子供が口を挟める問題ではない。もう裁判で決まったことだ。太守も判決を下した正当な処罰だ」
 少女は振り向くや、処刑の行われる街の広場へ急ごうとした。しかし、長兄に無理やり抑えつけられた。
「離して、兄さん!」
「おまえはおかしくなっている。家でおとなしくしていろ」

 こうして少女は自室に拘束されていた。いま、この瞬間にも、少年は処刑されたかと思うと、気が狂いそうだった。
 涙あふれ、止まらなかった。いつのまにか、疲れ果てて眠った……。
  
 気付くと、朝の光が差し込んでいた。少女の拘束は解かれていた。少女はベッドの上で、再び震え泣いた。しかし。
「なにを泣いているんだい、妖精さん」
 旅用の皮革のコートに身を包んだ少年が、にこやかに笑いかけてきた。見れば、部屋の窓は開け放たれている。窓から入ったのか。部屋の扉は閉まったまま……拘束を解いたのはかれなのだ。
「あなた! どうして……」
「あのくらいわけはないよ。ぼくを誰だと思っているんだい」
 はっとする。この奇術師の腕なら、絞首刑を無事に抜け出すこともできるのか。
「でも、遺体とか葬儀とかどうして気付かれずに……」
「内部に協力者がいれば、偽装は簡単なことさ。顔役の息子だけあり、たいした辣腕家だな。これで武力抗争も一気に終結だ」
「わたしのお兄さん? それにまさかあの冷酷で知られる太守まで……」
「さて、ね。ぼくは旅へ出るよ。余計な責任も負わなくなったし、気楽なものさ」
「わたしも連れて行ってくれるのでしょう?」少女は少年に手を差し伸べた。「だってあのときの賭けは無効だもの。銀貨一枚分のお手伝いはさせてもらうわ」

妖精、羽ばたいて 前