俺は鉛でできた特製巾着から、五円玉を出した。ほんとうはいけないのだが、手にとってもてあそぶ。親指で宙にはじき、落ちてきたところをパッとすくう。

 俺はやや重量感のあるコインを、しげしげと見つめた。

 この俺が、この国の命運を握っている。『組織』の鉄砲玉、生ゴミのようなちんぴらの俺なんかが。このコイン、五円玉にはそれだけの力がある。

 この特製コインをターゲットの財布に忍ばせてやるだけでいい。数カ月もすれば持ち主は間違いなく、地獄行きだ。このコイン。『呪いの五円玉』の妖力でね。言い訳は、『靖国神社のお守りです、御縁がありますように』。これでばっちりだしな。

 俺は、とある森の中のきれいな泉のほとりに立っていた。

 この泉に立ち寄ったのは、俺のほんの洒落っけの結果だった。たまたま、ターゲットの名が『小泉』っていうんでね。

この国に近年珍しいカリスマ指導者だって? まあそんなこと、俺には関係ない。

 俺はとくいになってコインを何度も跳ねとばしていたが、しくじった。捕まえそこねて横に飛ばしてしまう。五円玉は泉へ真っ逆さまだ。俺はあせった。

 ポチャ…ン

 かすかな水音を発して、コインは水の中へ消えた。

 俺が、あわてて泉に踏み入ろうとしたときだ。なにやら前が明るくなった。

 突然、泉の中央に誰かが現れた。水の上に立ち、濡れてもいない。歳のほど、高校生くらいの少女。長髪を肩に流し、着ているものは純白の長衣で、まるでおとぎ話の仙女のようだ。しかも後光が見える。?

 彼女は笑みを見せ、俺に語りかける。右手に金色のコインを、左手に銀色のコインを持っている。

「あなたの落としたのは、この金の五円玉? それともこの銀の五円玉?」

 俺は気が狂ったに違いない。五円玉の『呪い』で脳ミソがイカレたか? まさか、こんな短期間でそれはありえない。とすると任務のプレッシャーで精神を病んだか。

 まさか。いや、なにかの手の込んだ悪戯に違いない。

「いいえ。拾っていただけたのなら、そのまま返していただけませんか?」

 馬鹿正直に懇願する俺だった。内心ブチ切れながら。確かに暗闇で輝く光を押さえるため金メッキをしているが、それは金やプラチナなんかより、はるかに高価なんだ! 紛失でもしたら、組織のヤツらが俺を生かしておくはずはない。

「あなたは正直者ですね。あなたの五円玉はお返しします」

 と、言うと。女の手から金貨と銀貨が消え。俺の持っていたのに間違いない五円玉が、虚空から現れ。ふんわり、と女の手のひらに落ちた。

 泉の精霊は両手で五円玉を受け。慈愛に溢れた声で告げる。

「ではご褒美にこの五円玉を百億倍にしてさしあげましょう。あなたは五百億円の億万長者~。

 取りあえず、十倍」

 泉の精霊の手の中で、むくり、と五円玉が大きくなる。五百円玉より大きい。俺は息を呑んだ。

 泉の精霊は優しげに繰り返す。

「さらに、百倍」

 ぐぐぐっ、と大きくなる金属の円盤。手のひらサイズを超え、もはや硬貨などとは誰も思えない。このままでは俺の五円玉は、石器時代のお金になっちまうぞ!

 俺は血の気が引いた。全身の肌がざわざわと総毛だつ。

「やめろ!」

 俺は口角泡飛ばしながら説明していた。

 それは『プルトニウム』といって。一定量以上集まると、連鎖反応を起こして分裂が止められなくなるんだ! それを世でなんて呼ぶか知っているか? と。

 泉の精霊はにこやかな笑みを見せた。

 なにも知らない少女だけが見せる純真な笑み……その裏に一片の悲しみも憐れみも無い、底抜けの優しいほほ笑みを。

 コインはもはや泉の精の手のひらの上に、とても乗せていられないくらい大きくなっていた。泉の精は穏やかに無邪気に言う。

「わたしは全知全能ですよ。知っています。ええと……『原子爆弾』」

「うわぁあああ!」俺は絶叫した。

 まさに俺の目の前で、五円玉を形どっていた重金属は、果てしなく巨大化し山のようになり……あっさりと、その『臨界』を超えた。

 カッ! ちゅどーん!!!

 その瞬間、地球と呼ばれていたちっぽけな星と、人間と呼ばれていた愚かで思い上がった生き物は、きれいさっぱり宇宙から消えてなくなりましたとさ。

 

* おしまい *