連隊長の指揮で、61式は扇状に展開する。俺の祖国の古典なら「鶴翼の陣」といったところだ。敵を半包囲する陣形。
成功するなら、絶大な威力を発揮する構えだが。
しかし……ザクの機動性の前には。それにザクがのこのこ前からやってくるはずが……? 白い閃光!
なんの予告もなく突然、連隊長の指揮官機が爆散した。奇襲!
どこからだ、背後右! そのままマシンガンの連射で61式は次々と燃え上がった。
狙おうにも、機敏にブーストするザク相手に、照準できない!
こんな逼迫した事態というのに、大隊の反応の鈍さといったらなかった。当然だ、指揮官がいないのだ。ばらばらに山を崩して逃げ惑う。
そうしている間にも、次々と61式はやられていく。歯止めの利かない殺戮。爆発の閃光と轟音の嵐。
俺もここまでか、と思ったところで、ザクは退いていった。弾切れだろう。しかし追撃する余力もない。
通信回線だけは機能し、指揮権を誰に引き継ぐかで、もめた。人事に関する決定権を持つ佐官がいないのだ。
いちおう、第二中隊長の准尉が階級上は最も上位だが。その補佐をしていた二十代半ばらしいそこそこ軍歴のある軍曹が、俺宛てに通信してきた。
「あんな学校上がりの新米准尉信用できるか! エイリィ・ケンザキ上等兵、あなたが軍歴は最年長だ。連日の作戦の功績もある。二個小隊の指揮をお願いします」
二個小隊は八両だった。この時点でまるまる生き残ったのは、この小隊くらいだろう。故障もなかったというのは奇跡に近い。
退路を進む。途上、他の隊の61式五両も加わった。乗員以外の兵員数十名も。俺が指揮官とは。こうなると中隊だ。
機甲一個中隊の指揮官が上等兵だなんて珍事、史上初めてではないか?
俺は曹長くらいになっていてもおかしくなかったが、野戦任官されるには、辞令を出せる佐官以上の上官がいなかった。
指揮権委譲を手続きするにも電算機端末相手では、不正処理として弾かれてしまう。
退路をひたすら走る。アバカスの計算通り、最適な燃費の巡航速度で逃げるのだ。ザクは化け物だ。後一戦、襲ってくるか?
ある車両から、いかにも悲壮な声で通信が入った。
「隊長、燃料が足りません」
「燃料と弾薬を全部、他の61に移して乗り捨てろ」
「は?」
「置き土産さ。これなら撃たれても炎上はしない、ザクに無駄弾を使わせてやる。あの化け物のマシンガンは、せいぜい150発。弾切れを待つ」
駆動系トラブル等もあり、「置き土産」にした61式は四両に上った。残り九両……生き延びられるか?
ザクのパイロットは一人。対して61式戦車は二人乗り、おまけにいざとなれば交代要員となる歩兵も数名ずつ積んでいる。ここに勝機がある。持久戦に持ち込んで、敵の疲れを待てば。
制空権はジオン側にある。最初のドップ隊の攻撃では、分散するしかなかったが、逃げのびた61もいるだろう。おそらく大半は鹵獲されてしまったろうが。
「ザクです、至近、背後!」
アバカスが叫んだ。
奇襲を受けるとは! こんな早く?! 補給をしていたはずではないのか? 120ミリマシンガンのドラムを交換するのは、こうも迅速なのか……否! 俺はザクの手に握られたものを見て戦慄した。
「ばかな、斧だと?! いかれてやがる!」
技術が進歩すると時代は逆行するものなのか?
凶悪な外見の恐ろしいトマホークが、61に叩きつけられる。爆発こそしないものの、鋼のコクピットは真っ二つだ。乗員が生きている可能性はあるだろうか。宇宙世紀に白兵戦とはね。
「三号機、狙われているぞ! 直ちに車を乗り捨てろ。作戦がある」
ザクが乗り捨てられた61に駆け寄った、そのときだ。
「はっは!」俺は155ミリ砲を無人の61に叩きこんだ。「ザクは偏平足なのさ!」
炸薬すべての大爆発が、ザクを包み込んだ。
アバカスが鋭く報告した。
「ザクの右足部小破、確認!」
戦車地雷作戦は成功した。
「いまだ、火力を集中しろ!」
しかしザクはブーストして宙を舞った。しまった!
「煙幕弾だ、視界を遮るんだ」舌打ちしつつ命じる。「体力勝負になってきたな。ザクのパイロットも相当疲労しているはずだ」
……
重苦しい時間が経過する。実際は数分だろうが異常に長く感じる。
いくら撃っても足止めにもならない。煙幕弾の煙で、視界は至近距離に遮られる。車高の低い戦車に有利なはずの戦術だ。しかし。
上空から舞い降りる、黒い人影!
ザクは高く飛び上がって、一気に俺の車両目掛け振ってきた!
死ぬ!
……?! ザクは斧を構えた体制のまま、直立し硬直していた。一切の反応が無い。俺は命じていた。
「砲撃、停止! 撃ち方、止め! 撃つな、もう撃つな!」
歩兵隊を接近させる。俺も61式から降り、陣頭で指示を出した。
白く立ち込める煙幕の中目視をしくじり、足部の損傷で着地の衝撃を支え切れなかったのか……
ザクのパイロットは突っ伏して、顔中血まみれにして死んでいた。ものの二十歳ほどの若者だ。どうやら士官学校にいたな、准尉か。
手厚く埋葬した。単機にして連邦戦車数十両撃破の、歴戦の勇士だ。味方の戦死者たちには行わなかった――否、行えなかった――偽善的行為だが、これに反対するものはいなかった。
この戦いの後で。少しの間だけ俺と相棒に、ニュータイプ能力の可能性を指摘された。もちろん違うことを知っている。
生き残れたのは人間だれしも持ち合わせる他者への共感の心、絆だということを。
そもそもニュータイプとオールドタイプに明確な線引きなんて、必要ないだろう?
まあそれはまたの話、いまは事後処理を済ませなくては。
オデッサ前哨戦の負け戦、決定的な敗北……
戦果。敵マゼラアタック十九両撃破、ザクⅡ一機鹵獲。
損害。61式戦車百二十四両喪失、内四分の一は敵に鹵獲と推定。
敵味方の兵員の正確な死傷者数は不明。
当初一個連隊百二十八両を数えた戦車隊が、たったの四両……
惨敗だ。圧倒的多数の優勢にいながら、戦術で負けるとは。みじめな生き残りだ。事前に地球制圧の戦略を練っていたジオンとの差が浮き彫りとされた戦いだ。
が、オデッサを巡る戦いはこれからだ。61式は、その時にこそ本格的に投入され……さらに撃破されるだろう。
あるいは、違うかもしれない。連邦がモビルスーツの開発に成功し、量産化が進むとのうわさが飛び交っている。戦禍は拡大の一途を辿る。
そして、連邦が勝つ! 地上からジオンは撤退するだろう。そうなれば61式もお払い箱だ。戦場は宇宙へと移るだろう。
もちろん連邦が勝利する。ジオンにできることは、優位な条件で和平条約を結ぶことだけだ。
それだけに、ジオンは賭けているのだ。大局的には勝ち目がなくとも、全力で反抗することによって自らの矜持を示し。地球連邦政府の圧政を逃れ、自由になるために。
ジオンを病んでいるのは、ザビ家の一党独裁だ。それさえなくなれば、俺もスペースノイドに転向してジオンの理想の元、人類の革新とやらを夢見るのもいいかもな。
連邦基地に戻ると、入口で憲兵隊が網を張り、「首狩り」をやっていた。許可なく逃げ出した者のうち、少尉以上の階級のものは銃殺刑にすると。
しかし憲兵は隊長の俺が上等兵とわかると、不機嫌そうに通行を許した。
どうせ金持ちしか地上には住めない。僻地で粗末なバラックを捨て与えられるのがせいぜいだ。
俺はなけなしの貯金をはたいて、サイド6中立コロニーに向かう旅客シャトルの切符を買った。
鹵獲したザクⅡは、その後大戦果として「戦勝」のプロパガンダに流用された。
一方で生き残り組は冷遇され、大半は戦車の搭乗資格を剥奪され歩兵に降格された。
俺は戦車乗りとしては残れたのだが、やはり降格され一等兵となった。
くだらねえな、やっていられるかよ。
その夜、辞表をしたため軍服を焼き捨てた。なんら未練はない。後悔もないが。
窮屈な軍服から解放された俺がベッドで見たのは、平和な子供のころの安らぐ夢だった。
* 終 *