ただでさえみじめな俺の経歴にとっても最悪の日は沈み、俺と生き残ったわずかな車両は、虚しい夜を迎えていた。
「終わったな、この局地戦はジオンが連邦を駆逐した」
言い捨てる俺に、アバカスは反論していた。
「まだ終わっていないわよ、私たちは生きている。違う? エイリィ」
「もうまともに敵と戦える戦力は無い。補給線が生きている内に、早々に撤退すべきだ」
「そうね、今夜はもう休みましょう。動力を切ったままならまずは発覚されない」
だが霧散していた四半数にも満たない生き残り組は、生還はできると思えただろう、「悪鬼」が出るまでは。
うわさには聞いていたが。一つ目の巨人! 鋼鉄の悪鬼、ザク。正確にはザクⅡ。黎明の朝駆け。
遠距離無線をしていたアバカスは悲鳴を上げた。俺も、瞬時に覚醒し弾頭を徹甲弾から煙幕弾に切り替えた。
しかし時すでに遅し! 俺たちの集団ではない別の敗残車両が、狩りに遭っている。アバカスは、音量を上げた。悲痛な通信が聞こえてくる。
……
「追って来る! ザクだ、ザク!」
「第二小隊、攻撃を受けつつあり、救援を乞う」
「座標を述べよ、どこの所属の小隊だ」
「これだけ撃っているのに、かすりもしない!」
「こちら第四小隊、第二小隊の全滅を確認しました」
「第一大隊第三中隊、私が唯一の生き残りです」
「戦線離脱の許可を、大隊長」
「もういない。いま指揮権は誰だ?」
「退避だ! かまうものか、散れ!」
「助けて」
「うわあぁ」
「直撃来ます」
「……」
……
「なにも味方の通信は聞こえなくなりました」
震えるアバカスの声に、俺はぼやいた。
「情報に留意し猪突さえしなければ、後方の歩兵部隊から迫撃砲の支援が頼めたのに。そうしたらかなり楽だ。
いくらミノフスキー粒子のためにレーダーが不明とはいえ、無線は最悪中世のモールス信号なら届くのだから有効活用すべきところだ。
連隊長は無能だな、なんのための暗号か」
「補給線の確保もままなりませんしね」アバカスは提案した。「私、後方を偵察してきましょうか。61式でなく単車で。その方が速いし小回りが利きます」
危険すぎる! しかし一連の戦いで、アバカスの作戦はどれも見事成功したのは事実だ。いまは指揮系統が麻痺している。俺の独断で認めた。
「わかった。では気をつけてな」
アバカスは身体に似合わない大型バイクに乗って、味方を探しに去って行った。これで支援と補給が得られれば……しかし、指揮官の不明ばかりはどうしようもない。
連隊長のやつ、どうせ平和な時代に連邦軍士官学校に入り、卒業するやすでに雲の上の少尉さま。それがデスクワークばかりこなし、現場で自分の手を汚すことなしに、序列だけで少佐になったような経歴だろうな。
手の打ちようのない、動けない時間。俺は、撃破された車両からの画像データをモニターした。
敵は一機だけか……そのザクのマシンガンが火を噴く。目の前が真っ赤になるような銃撃だ。否、スペックによると口径は120ミリ、砲弾を高速連発しているのだ!
61式の前面装甲は、水平方向なら敵のたいていの砲撃に耐えられる。しかし同じ個所に二発喰らえばアウトだ。ザクのマシンガンはまさにそれを突いてくる。連射で貫通してしまう。
なんてザマだ、たった一機の兵器に。ひとしきり虐殺を終えると、ザクは悠々とブーストジャンプして去って行った。
と、ここでとんでもない情報が入ってきた。敵ジオン軍からの通信だ。
なんと捕虜を返す、というのだ。人道に基づいて、というが。本音は戦いは硬直状態に陥り、国際法に基づいての捕虜を養う余力はないから、とのことだろう。もっとも鹵獲された兵器は戻ってこないが。
罠を警戒し、ほんの一個小隊――俺たちの小隊――で、指定された引き渡し場所へ向かう。五十名ほどの連邦兵が待っていた。負傷者もいるが、みんな元気そうだ。
戻ってきた捕虜が口々に言う。一切の虐待も、侮蔑もなかったと。驚くべきは、ジオン兵の寛大さだった。捕虜とした連邦兵に十分な食事と清潔な寝床を与え、負傷兵は手厚く治療された。
対して連邦兵は士気が普段はたるんでだらしなく臆病なのに、勝てると分かればその残忍さといったらなかった。連邦兵士の誰しも、敵の狙撃兵や砲兵を生き延びさせようとはしなかった。白旗を無視して車両ごと丸焼きにしていた。恥ずべきことだ。
と、捕虜の中にアバカスを見つける。
「アバカス、捕まっていたのか。無事でなによりだ」
「ジオンは紳士的でした。ファシストまではいかなくとも、潔癖で宥和。高給で慰安婦になるかも、自由意思でした。でも私に「体験」が無いことがわかると、直ちに解放してくれたんです」
「それはスパイ容疑がかかるな。身体チェックがいる」
厳粛に言ってみせる俺に、アバカスは平易に答えていた。
「私空手二段ですけど、組み手されます?」
俺とアバカスは、ひとしきり笑い合った。
その深夜。息苦しい車内で、ふと孤独に襲われる。どうしようもない寂寥感に。ハッチを開け、晴れた星空を眺める。
なぜ俺は戦うのだろう。軍歴こそ長いが冷遇されてきた身、連邦に肩入れする理由は無い。むしろ、暴動鎮圧の際は味方が過剰に市民を攻撃するのに、常に歯噛みしていた。自由の無い重力の井戸の中……
無力な民衆をいじめることしかしないような連中。一方で金持ちの権力者には媚びへつらう連中。それが地球連邦政府。
この戦争は、ジオン公国の宣戦布告により始まった。しかしどの道、連邦にも大義なんてありはしない……。
こうしている間に、燃料弾薬の補給をすませた。これが最後の補給になる予感がする。日は昇った。
長居はできない。補給車は一発歩兵の小銃を受けたら燃え上がるものだし、パンクや悪路でタイヤを取られ走行不能になることが多いので、そこそこ整備された路上しか使えない。安全な森林にも入れない。速力も無いし。
俺は、エンジンが不調だとうその報告をして、下がることにした。すると小隊の他の61式も、足並み揃えて停止した。その時!
またもやドップ戦闘機が降ってきた!
今回はたった三機だけだったが、部隊は混乱に包まれた。逃げ散りやがって! 見てらんねえな、これだから士気の低い連邦軍は。
敵機の砲撃など、どうせ長くは続かない。この戦いで散った61式、一個中隊でも再集結できれば先のマゼラアタック隊を狩れるのに。
そもそも連邦とジオンでは戦意からして違う。
搾取されるコロニー住民の地球連邦に対する激しい敵愾心。
なのに連邦軍側は、コロニー落としに始まる緒戦の打撃により、半壊した戦力を慌てて編制した、寄せ集めが大半。
俺のような二十九歳(四年一任期三回目)の老兵は少ない。
と、ゴオゥッ! と嵐の様な音がした。なんだ?
補給車が燃えている! なんてザマだ、戦車隊が本来守るべき対象を見捨てて見殺しにしたとは。
これでは、退却するしかない。無事に連邦基地まで戻れるかは、かなり危うい。戦車が薄氷を踏むようなものだ。
「ドップがまたやってきたら、手の打ちようがないですね」
「いや、安心しろアバカス。敵機は妙に少なかった。戦力を分散させているとも思えない。すると、連邦フライマンタとの空戦があったと見るべきだ。問題は……」
「サイクロプスね。ザク……連隊長から連絡来たわよ」アバカスは復唱した。「『一つ目の機械人形、また来るな。次は思うようにはさせない。包囲して火力の直中に焼き尽くしてやる』だって」
「どう思う」
「正攻法ですが、危険が大きすぎるかと。包囲したって奇襲でないのなら、機動性の差で容易に脱出されてしまいます」
「同感だ。この戦術では我らが消耗しきってしまうのは明白だ」
「こうなると、むしろ味方が敗退、ばらばらに潰走してくれた方が助かりますね。皮肉にも」
「そうだな、敵はそう長時間稼働できないはず。核融合炉を持っているとしても、食糧、残弾には限りがある。なによりパイロットは一人」
もはや撤退しかないのか……。悪鬼と戦うには酔狂に過ぎる。
状況を整理する。
三十三両の61式が、残されたすべてだった。初期配備の四分の一。
対する敵は、マゼラアタック推定四十両、ドップ戦闘機は少ないだろうが無視もできない。それになにより一つ目の巨人……一機だろうと鋼鉄の巨塔のようにそびえる、ジオンの悪鬼、ザクⅡ。