中隊は、夜の闇の中進み、やや丘陵になっている林に身を潜め日の出を待つことにした。

この采配は、最年長の先任軍曹の助言らしい。できる人物だな。第一小隊の二号機に搭乗している。ちなみに中隊長は一号機、俺とアバカスは第四小隊四号機。

血の気の多い連中を抑える必要がある。何故なら、敵の本体と鉢合わせしてしまったら、戦力を分断した偵察部隊など各個撃破の的だ。

とどめに俺たちに上空援護はない。いつ敵機が降ってくるか、知れたものではない。

思いもかけず、ここでアバカスは作戦を提案した。

「動力を切ってはいかがでしょうか? 敵レーダーに映らなくなります」

「いい案だ、大胆だな。さっそく中隊長に連絡だ」

 中隊長は渋っていたようで、通信(電波ではなく可視界光線)は長引いた。しかし先任軍曹が説き伏せた様で、この作戦は実行された。

日は昇った。灼熱の晴天下日がな一日、パッシブレーダーを睨み続ける。空調も当然作動していないので、暑いことこの上ない。我慢比べだな。

受動探知機というものは極めて低出力で作動し、電波、音波、熱源に敏感に反応する。呼吸音すら近距離では拾ってしまうのだから、うっかり屁もできない。林の中、空を舞う低い熱源の群れ。鳥だな。

夜通し強行したための疲労、倦怠感が襲ってくる。しかし半ば眠り、それでいて意識の一部だけを緊張させておくことができるのは、熟練兵ならではの取り柄だった。

反応はまず、音波からだった。地響きがする。間違いなく、戦車の進撃音だ。方向も北方、味方のいる南方とは違うから敵なことは明らかだ。背筋をうねるような緊張が走った。

「来るぞ!」俺は警告した。敵戦車が走っているなら、その騒音で俺たちの会話程度の音量が、敵に聞こえるはずはないのだ。「できるかぎり識別しろ、数と種類だ」

しばらくデータを採取する。敵戦車は十両前後、縦一列で進んでいる。周辺に、その他の敵はいない。このままでは、十数分後俺たちの射程内を通過する。識別結果は、マゼラアタックだった。

これらをいちばん早く中隊長に連絡したのは、アバカスだった。緊張が高まり、背筋がぞくり、とうねる。

マゼラアタックは戦車というより突撃砲だ。的にできる。砲塔は旋回しないし車高が高い。175ミリ無反動砲は強力無比だが。

「全車、突撃用意!」

 中隊長は命じた。しかしアバカスは反論していた。

「動力を入れるのは早すぎます。ぎりぎりまで引きつけて、一斉砲火するべきよ。狙撃戦に持ち込むのです。弾道計算処理を済ませてからなら、一方的に撃破できるわ」

 中隊長はややあって、この提案を認めた。アバカスの弾道計算処理は、すべての車両にコピーされた。

ちょうどマゼラアタックが射程内に入ろうとしていた。

もう少し、十分に引きつけて……

「全車、砲撃開始せよ!」

中隊長は命じた。待ち伏せていた俺たち十六両の戦車は横に広く展開した形で、敵マゼラアタック隊を狩りにかかった。

61式の155ミリ二連装砲は、交互に速射が可能だ。

敵の一線に目掛けて発せられた砲弾は、雨のように飛来していき、猛烈な爆発で敵中隊を包み込んだ。完全な奇襲、敵からの反撃は無かった。

アバカスが声を上げる。

「やった! え、あれは? マゼラアタックが飛んだ!」

「マゼラトップ。脱出装置さ」俺は説明していた。「61の主砲は当たりっこないよ、弾の無駄だ」

「61式の機銃では届きませんね……」

「こちらが乗員二名なのに敵さんは一名、しかも脱出装置付き。全面決戦となれば、死傷率は明らかだな」

「あの空飛ぶ砲塔、危険では?」

「いや、マゼラトップの飛行時間は知れている。運動性も速力も低い、一機でもフライマンタがいてくれたら、カモにできるのに」

 この戦いは、マゼラアタック十一両撃破、しかも味方に犠牲無しという大戦果で幕を閉じた。もっとも脱出したマゼラトップは、六、七機に及ぶが。

 本隊に悠々と帰還する。戦勝報告にどっと味方は湧き返り、称賛されたが。ここで俺は焦っていた。

フライマンタ隊がドップ隊にやられたことは疑いない! 制空権を奪われた。このままでは補給線を断たれるぞ。

なおかつ偵察任務というのに、敵戦力は調べられなかったのだ。兵法の古典孫子に曰く、「敵を知り」の肝心な部分を欠いている。このままでは百戦どころか一戦危うい。

しかし味方はささやかな勝利に沸き返り、十分な食事と酒煙草に耽っている。俺も同調した。明日の命も知れぬ兵士には、ただ今があればよい。俺は責任ある士官ではなく、一兵士に過ぎないのだから。

 

 

 

決戦の日は近づく。連隊百二十八両は前進しオデッサへ向かったが。途上、エンジントラブルで動けなくなる車両が十二両にも及んだ。核融合炉ではない、化石燃料でもない安全性・信頼性高い電動車両でこの稼働率とはいささか参るが。

この連隊で戦車に関して、正確な知識を持っている技官は一人もいない。なまじ61との付き合いの長い俺や、親がバイク屋の走り屋のガキ兵士の方が、並みの技術兵より腕があるのだからあきれ返る。

エンジンが故障したら、同じく別箇所を故障した別の機と交換する。

砲塔が故障したら、それを廃棄して、兵員を多く載せられる装甲車へと変える。

稼働率はこうやって稼ぐもんだ。

真夏の炎天下の行軍は進んだ。林木の丘陵地に挟まれた草地の平原内、そろそろ、警戒危険範囲だ。

バッ! ズズン……と、派手に爆音が響いた。前進停止の命が下される。これは、どうやら地雷だな。敵ジオンの地雷原に入り込んだか。

新たに小さな爆音が響く。無限軌道(キャタピラ)の交換に出ていた兵士が、あえなく対人地雷の犠牲となったのだ。俺は言い放った。

「地雷ばかりは仕方無い、気前よく乗り捨てなくてはな。戦車なんてどうせ時代遅れ、なのに生産ラインは活発だから次々と送られてくる。タンクより人命重視ってことさ」

 俺のぼやきに同調してくれるのは、アバカスだけだった。その後も地雷被害は続き、損傷車両は二十両を超えた。故障も続出し、満足に動けるのは九十両足らずだ。

味方の大半は仕掛けられた地雷や掘削地、針金の網に引っ掛かり、撃破はされずとも足止めにはされた。中世のマジノ線を思わせる。

そうして行軍中、接敵した。能動探知機全開の単なる遭遇戦、戦術もくそもないな。

敵はマゼラアタック四十両弱。砲撃を一斉に仕掛ける。敵は潰走した……一斉に逃げにかかった。

 戦力比で二倍強、しかもこの勢い。普通なら楽勝と思うだろう。しかし俺は歯噛みをし上空に気を配っていた。流れる光点……

「逆進だ、急げ!、バックだアバカス!」

 敵ドップ戦闘機隊が降って来たのだ。十数機の地上掃射を受け、簡単に61式は一斉に燃え上がった。空からの攻撃に、61式がこれほど脆いとは。戦闘機相手に戦車では、手も足も出ない。

175ミリのマゼラトップ砲すら耐える装甲が、たかだか30ミリ程度のバルカンに! 戦車の傾斜装甲は、水平では厚いが、上空からすれば薄い。

連隊長は散開を命じた。そうして散ったが、マゼラアタックが逃走を止め、反転し追いかけてきやがった。こうなっては各個撃破の的だ。

俺は博打に出た。後退し森に入ったところで、動力と無線、それにアクティブレーダーを切ったのだ。パッシブレーダーを睨みながら、脂汗を流す。発覚すれば即死だが、どうにかやりすごした。

撃破された味方は、どのくらいいるだろうか? ほぼ散り散りになってしまった。

俺の周囲には、四十両程度だ。連隊長はいるが、中隊長に先任軍曹はいない。指揮系統がまだまとまっていない。こんな惨状で勝てるとは楽観論に過ぎる。

しかし悪夢はここから始まる。

 ……