待ちに待った、夏休み最初の日だった。部屋の窓から夜空を見上げながら。小学一年生の男の子はおばあちゃんと、この休みにどこへ旅行しようか、話し合っていた。
おばあちゃんは、どこへでも連れて行ってあげるよ、と言ってくれた。
男の子は、思い切って言ってみた。
「ぼく、月へ行きたいんだ」
「月!?」おばあちゃんは、目をまんまるにしておどろいた。「だめだよ、月なんかに行っちゃ。お月さまには、ウサギさんが住んでいるのよ。人間が入っちゃいけないの」
男の子はくすくす笑った。
「おばあちゃん、昔の人だなあ。そんなおとぎ話を信じるなんて」
でも、おばあちゃんの顔は真剣そのものだった。
「月に入った人間はね、ウサギに捕まってしまうのよ。ウサギにもちつきの強制労働につかされるの。来る日も来る日も、おもちを作らされるのよ」
「なんで? ウサギはおもち食べないと思うよ」
「もともとはね。月のウサギたちは、訪れる旅人のためにおもちを作っていた。でもね、次々と人間がやってくるようになってから、ウサギたちは自分で働くのを止め、人間をどれいにするようになってしまった」
男の子はおどろいて怒った。
「どれいって、人が人を道具にすることだよね。ひどいなあ、ウサギがそんなことをするなんて」
「人間も、悪かったのよ」おばあちゃんの顔はかなしそうだった。「月へ降り立った人間はね。そこを、自分たちのものにしてお金もうけをしようとした。
月を巨大なゴルフ場にしようとしたのよ。クレーターをゴルフのホールに、砂漠をバンカーにして。さらに、ウサギたちの食べる草を短く刈って、芝生のコースにしてしまったの。
ウサギたちは、怒ったわ。こうして、人間と戦うことになったの。
宇宙戦争が起こったのよ。人間は、ウサギを捕らえると。殺して肉を食べたり、骨からスープを作ったり、毛皮を洋服にしたりした。
対するウサギは、捕らえた人間は殺さなかった。代わりにもちつきをさせるようになった、というわけよ」
「それで? 戦争はどうなったの、どっちが勝ったの?」
「坊やは知らないでしょうけど。戦争は、大変なものだったわ。月から次から次へと空飛ぶ円ばんがやってきてね。UFOの集団は、空を埋め尽くしていた。
人間たちはね。それをミサイルで全部、撃ち落していった。UFOは、全めつしたわ」
「ウサギさん、かわいそうだね」
「いいえ。ウサギたちは喜んだわ。食べられなくなったおもちが、みんな食べられるようになったんだもの。
月には空気が無いから、火を起こせない。かわいてかたくなったおもちは食べられなかったのよ。
それで売れ残ったおもちは、全部巨大なかがみもちとして捨てられていた。
空飛ぶ円ばんの正体はね。そのかがみもちだったのよ。
うさぎたちはね、そのおもちを地球の食べ物に困っている人たちに与えることにした。
そうして、自然保護団体や動物愛護団体が戦争反対を訴えてね。
戦争はやめることになったわ。
わかった? 月は禁断の星なの。そこへは入っちゃ、いけないわ」
「わかったよ、おばあちゃん。ぼく月へ行くのは止める」
男の子は眠くなってきていた。あくびをして、おやすみなさいを言う。
ふとんに向かう前、男の子はふと気付いた。
「でも、月へヨモギを届けられないかな。ウサギさんも、草もちなら食べるかもしれないから」
おわり