「そう。亡命だ。この時代実力ある戦士の手は、いくらでも借りたいのでね。仁義ある男ならなおさら」

「そんなことは、させん。兵士は義務を全うするもの」

「聞けないな」スティールは皮肉げに鼻で笑った。「あいにくと俺は、兵士ではないんでね」

「ならば」エィム隊長の目が険しく狭まった。さっと背にした得物を抜き、両手で構える。戦斧だ。「兵士の掟は、国により違えど。戦士の掟は、万国共通だな? 我を通すつもりなら。力でその道をもぎ取って行け」

「望むところだ」

スティールは不敵に笑った。得物……腰にした聖剣に手を掛ける。が、抜かなかった。

「戦斧、か。そんなもの、俺の得物の手にあわんさ。決闘は、対等の条件で行うものだろ。俺にもそちらの斧を貸してもらおうか」

「いい覚悟だ」

エィムは部下に合図した。兵士の一人が進み出、戦斧をスティールに手渡す。兵士たちはみな、立ち上がると石弓を背に負い隊長の背後に回った。

「決闘!?」トゥルースは声を上げた。「やめて! 異国の人とはいえ、同じ人間同士なのよ。ここで仲違いをしているようでは、悪鬼たちに勝てるはずもないわ」

「トゥルー……」ドグは、ためらいがちに声を掛ける。「人間は……いやすべての生き物は、生きるために避けられない戦いが、あるもの。だから。ここは、運命を二人に委ねよう」

「そんなのってないわ! フェイク、あなたからも止めてよ?」

「最善の選択、なんてぼくにはわからないよ。ここの防衛に加わるのも砦を助けるのも、優先順位はわからない」不安げにとまどいながら元大道芸人は言う。「願わくば、この決闘が二人に大事無く終わることを、祈るばかりだ」

「やめて!」トゥルースはスティールに駆け寄った。背後からしがみつく。「決闘なんて、しないで。戦士の名誉なんてくだらないもののために、命を粗末にしないで!」

「トゥルー!」

ドグはトゥルースの頬を平手で殴った。トゥルースは痛みというよりは驚きで、スティールから離れた。ドグはさみしげに言う。

「ごめん……。だが、戦士は。そのくだらないもののために、命を懸けるんだ。それが他の多くの幸せに繋がると、信じて」

「そうだよ、トゥルー……」フェイクも、声を掛ける。「世の中に、絶対的な正義なんてない。十分過ぎるほど、見てきたじゃないか。ぼくたちだって、みんな考え方は、違うんだ。その、互いを知る、それがぼくらの生きる術だよ」

「わかってる、わかっているけど……」

トゥルースは涙を一筋流した。

「大丈夫だよ」フェイクは楽観的に微笑む。「スティールが、負けるはずはないもん。それに女を傷付けることも、あいつはしないよ」

「大した、余裕だな」エィムは苦笑している。「豪傑なのか、馬鹿なのか」

「その、両方さ」スティールは手慣れない戦斧を揺り動かしている。「時間がない。始めるか、異国の騎士どの」

 二人は前にゆっくりと歩み、間合いを詰めた。

十歩ほどの距離で、立ち止まる。エィムは直立し、斧をまっすぐ立てた。試合の前の敬礼だ。スティールも答礼を返す。

この瞬間、戦闘は始まった。普段なら、スティールは鋭い跳躍からの攻撃を得意としている。だが、このときは行わなかった。斧は、突きには向かないから。

慎重に、切り結ぶタイミングを計る。

 動いたのは敵の方だった。先手を取ってさっと切りつける。スティールはそれを難なく受け止めたが、剣同士の戦いとは勝手が違った。

エィムは、互いの斧の刃を絡めたのだ。スティールが対処する間もなく、彼の斧は払われ手からもぎ取られた。斧は横に吹っ飛び地面に落ちる。

 しかしスティールは、退かなかった。否。

後足で強く跳ね突進し、エィムの斧に手を伸ばす。エィムは間合いを取ろうとしたが、スティールの方が早かった。がっしりと斧の柄を掴む。こうなれば、自然力に勝るスティールが優位に立つ。

斧をねじり倒しながらエィムに組みつく。さっと身体をひねり、背に負う。意外な行動に異国の騎士は反応できなかった。スティールはエィムを投げ飛ばした。ぐるりと反転し、女戦士は地に叩き付けられた。

「体術だと?!」「卑怯な!」

兵士たちは一斉にざわめいた。斧を構え、スティールに駆け寄り掛ける。

「止めろ!」エィムは地面から半身起こし、苦しげに咳込みながらも部下を鋭く制した。「わたしの負けだ」

「では、騎士の名誉にかけて。約束は、守るな」

スティールは右手をエィムに差し出した。

「よかろう。だが」エィムはスティールの手を取り、立ち上がった。「行くのか? 待つのは死、のみだというのに」

「ネィル隊長は。異国のものであるわれわれを、信頼してくれた。俺は、それに答えるだけだ」

「そうか。ならば、代償と言ってはなんだが、その戦斧をくれてやる。貴様等が使う貧弱な剣なんかより、よっぽど役に立つ。それに斧は武器としてだけでなく、荒野に道を切り開く道具となるからな」女騎士の声が落ちた。部下の兵士に聞こえぬよう、ささやく。「砦を。ネィルを助けてくれ、とはいわない。だが、せめてその死を見届けてくれ。ネィルは……わたしの親友なんだ」

「約束しよう」

スティールは、仲間に合図した。もはや、会話は必要なかった。四人の冒険者と異国の軍隊は、互いに背を向けた。四人は軍馬にまたがり、吊り橋を後にした。

異国の兵士たちは吊り橋を渡り対岸につくや、それに火を付けた。二十名ほどが一列に整列する。仲間の、兵士たちに。それから、異国の使者に向けて。燃え上がる炎越しに祈りを込めて。かれらは黙祷をささげていた。



 砦への帰路は早かった。道を覚えていたこともあるし、丘陵地から砂漠地帯へと、降りる坂道が多かったから。ほんの決闘の日の夜までには、山を降りることができた。ここからも早いだろう。馬を飛ばせばほんの数刻で砦に戻れるはずだ。

だが。四人は、野宿の用意に掛かった。夜目の利く悪鬼に見つかる危険を避けるためだ。折しも夜空には満月が輝いている。

 パーティは炊事の用意をした。火を熾す。薪を得るのに、貰い物の斧が役立った。

旅用の糧食は一応食べるのに火はいらないのだが、飲み水を煮沸するのに火がどうしても必要なのだ。その輝きは林の木々の葉に遮られ、遠くからはわからないはずだ。

だが、いつなにかの間違いで、見つけられてしまうかも知れない。穀物の焼き菓子に獣脂を付けた、ささやかな食事。それを口にしながらも四人は不安げに、四方に目を配った。

焚き火は周囲を明るく照らす、というより返って闇を色濃くしていた。

「ねえ、みんな!」遠眼鏡を覗いていたフェイクが、声をかける。「炎が見えるよ。ちょうど、砦の方角」

「貸しなさい!」トゥルースが遠眼鏡をひったくる。「本当……あれって、火事じゃない? 砦、無事かしら」

「そうか」ドグは、嘆息した。「煉瓦作りの建物とはいえ。つなぎには、膠や漆喰が使われている。火事になれば、脆くなってくずれてしまうものさ」

「なんだと?」スティールは立ち上がった。「行かなければ。生き延びたものも、いるかもしれない」

「いや、全滅だろう」

ドグは断言する。

「何故だ?」スティールはドグに詰め寄った。狼狽の跡が見える。普段、冷静沈着な彼にないことだ。「何故、そう言い切れる!?」

「火を放った理由がわかれば、当然さ」兵士としての、戦略眼からドグは述べる。「いいか、最初から火計を使えば、あの程度の砦、あっさりと陥落していたはずだ。悪鬼はおそらく、砦を乗っ取ろうとしていた。そんなことはしない」

「! とすると。砦のものが自ら、焼き払ったのか……」

スティールは納得した。

「敵に渡るよりマシだからな。当然の措置さ。自分だって、指揮官だったらそうするね」

「そうか」

スティールは大盾を、左腕に帯びた。それから戦斧も、背に負い直す。

「スティール?」

フェイクは尋ねた。スティールは断言した。

「死を、見届けろとの約束だ。中を調べる」

「そこまで、しなくても。あの隊長なら、わかってくれるよ」

「そうよ」トゥルースも同意する。「わたしたちの命を危険にさらすまで、望むはずはないわ」

「約束したのは、俺一人だ。だから、俺一人で行く」

迷い無く言うスティール。

「あなたって、いつもそう! なんでも一人で抱え込もうとしないで」

「そうだよ」フェイクも説得する。「ぼくだって昔みたいな足手まといじゃないでしょ」

「なんと、言われようと」孤高の刺客の顔が厳しくなる。「ドグ、聖剣は、おまえに託す。後は頼む」

「断る。やはりおれたちのリーダーは、おまえしかいない」ドグは断言する。懐に手を入れ、短剣を確かめる。それから大盾を背に負う。「だが、スティール。おまえだって、完全じゃない。有能な、仲間が必要さ」

「そうよ。最後まで一緒に、戦い抜きましょう」

トゥルースは決然という。

「いや。そんな覚悟なんていらない。いいか、よく聴いてくれよ」ドグは笑い掛ける。「廃城なんて戦略的価値の無いところに、悪鬼だっていつまでもいるわけがない。もう絶対、もぬけのからさ」

「そうか」スティールは珍しく、はにかむような笑みを見せた。「個人の武術では、負けるつもりはないが。軍略となると、話は別だな」

「おれだっておまえの、獲物を追いつめる技量には、勝てないさ」

「じゃあ、決まりだね」フェイクは木に縄で止めてある、馬を解きに向かった。「あ~あ、今日も眠れないや」

「行こう」スティールは力強く一歩踏み出した。「俺たちの生きる世界を救うために、できるだけのことを、やってみよう」

「世界は、絶望の闇に閉ざされようとしているけど」トゥルースも後に続く。「信頼のきずなで、違いを乗り越えれば。きっと、希望の灯は絶えないわ」