悪鬼の群れは、撤退した。四人は武装を解かれ、異国の軍隊に捕縛されていた。
かつての、敵国。殺されなかったのは、偏に悪鬼という共通の敵と戦っていた点において、だけだ。
あれからすぐに朝を迎えた。パーティは日の光という恵みを、これほど感謝したことはなかった。数刻連行され……砦に連れて行かれた。煉瓦作りの砦。外敵から国境を守るささやかな拠点。ほんの五十名が駐屯できるだけだ。
その一室。殺風景ななにもない部屋に、四人は軟禁された。軟禁、だった。縛られてもいないし、枷もつけられていない。唯一の出口の扉にも、カギはかかっていない。が、一応見張りが一人。
朝食が差し入れられた。乾燥した堅いパン。それは水で戻して食べるらしい。それから干し肉。加えて、草の根と木の芽らしい煮物がある。量は十分だ。それもどうやら、兵士たちの糧食と同じだ。質素だが、別に冷遇というほどではない。何よりありがたかったのが、強い火酒だった。それで、戦いの傷を消毒することができた。
部屋をゆっくり歩きながら、スティールは問う。
「みんな、傷は大丈夫か、トゥルースは?」
「わたしは、かすり傷だわ。そんなことより」床に座りひざをかかえて、トゥルースは悲しげに言う。「わたしたちだけが、生き残るために。悪鬼とはいえ多くを殺し。加えて、仇敵であるフォーシャールの軍隊に命乞いをするなんて。わたしたち、なにをやっているのかしら」
「そうだよ」壁に背をもたれ、フェイクも、溜め息を付く。顔の傷の出血は止まったが、傷痕が生々しい。「なんのためにぼく、こんなことやって」
「この地に生きるため……決まっている」となりに腰を降ろすスティールは、迷いがない。「動物は。生き延びるためには、他の生き物を倒し食せねばならない。同族相手ですら、縄張り争いは起こる。当然の、自然の摂理だ」
「だれもが、そうわりきれるものでは、ないさ」ドグは疲れ切って、寝転がっていた。「おれと、おまえは戦士だが。フェイクとトゥルーは違う」
「ドグ、おまえと俺だって違うさ」スティールは言う。「おまえは宮仕え、俺は無頼。水と油だったよな」
「よく、わかっているじゃないか」ドグは笑い飛ばす。「おまえという油が燃え上がるから、おれは消火にいつも苦労していた」
「水では、油の火は消せないものさ」
うそぶくスティール。フェイクは、ふうと息を吐く。
「ぼくたち、仲が良いのか、悪いのか」
「その、互いの違いを乗り越える、こと」トゥルースは引用する。「そうすれば、人間は本当の勝利を掴める。あの吟遊詩人なら、そう言うわ」
「王国を打倒しようとしている扇動家のことだね。街はいまどうなっているかなあ」フェイクは言う。「でも、どうするの。ここに閉じ込められているままでも、手詰まりだよ」
「そうね。どうしよう」トゥルースは不安げだ。「聖剣、アイシクルを失うわけには、いかないのに」
「あれだけの宝刀だもん。間違いなく、戦利品として奪われるよ」
ならば。なんとか武装を取り戻し、この砦を逃げようか……そんな考えが浮かび始めていた。
扉を軽く叩く音。ノックがしたのは、そんなときだった。
捕虜に過ぎない四人に対して、大した礼儀だ。脱走という考えは脳裏から追い払われた。
四人は扉に向き直った。扉が、開いた。ずっといた見張りの他に、下士官を意味するらしい軍服をまとった兵士が立っている。
「わたしは、この砦の守備隊長、ネィルだ」男は挨拶した。「諸君のリーダーは?」
「わたしです」
スティールが敬礼する。男は異国の礼を返した。スティールは言う。
「救助を、感謝します。わたしはともかく、部下にはどうか、寛大な処遇を」
「そう。わたしは、きみたちを歓迎するといえる立場ではないが。だがわれらときみたちは、共通の敵を相手にしていた。
だから、礼儀を尽くそう。身柄は、保証する。諸君が何故こんな辺境にいたか。それは問うまい。異国の密偵はわれらの法によれば、死罪なのだが。だが代償を、承諾してもらいたい」
「従います、ネィル隊長殿」
丁寧に答えるスティールだったが、緊張していた。
来た! 四人は身構えた。奴隷兵士への徴用か、それとも聖剣の引き渡しか? そんな彼らの前に、別の兵士が数名やってきた。荷物を持っている。ドグら、四人の装備。
「使者を勤めてもらいたいのだ。報酬は、十分に取らせる。密書を我が国の都市、レイクへ届けて欲しい。内容は、この砦への援軍の要請だ」
異国の下士官は、揺るぎのない眼差しで問う。意外な申し出だった。戸惑いがちに、スティールは問い返す。
「われわれが、ですか?」
「そうだ。大変な仕事、法外な任務であることは承知している。だが。この砦は、このままではそう長く持たない。わたしの部下は。みんな祖国を守るため、この砦という持ち場を離れることを拒否した。だから、諸君しかいないのだ……装備を返そう」
ネィル隊長は部下に合図した。
四人は、自分の荷物を取り返した。剣も弓も鎧盾も。食料は無くなっていた。無理もない。こんな辺境に孤立した砦、兵士だって、たまには違うものを食べたくなるのが人情だろう。
それと……もう一つ。四人が彼らの身以上に案じている、得物。ネィルはうなずいた。
「ひとつ、例外がある。透明な刀身を有する、魔法の剣。これは我が国で、手配されていた。なんとしても、発見し手に入れるように、と。金剛剣、炭素クリスタルソード。それに対しこの短剣は単一結晶鋼だな。魔法文明の遺産。きみたちは単なる密偵ではなさそうだ」
隊長は、アイシクルを手にした。おもわしげに見つめる。神秘的な……怪しげな、煌きを放つその得物を。
「しかし。諸君等が、確実に依頼を遂行し。われわれの元へ、戻ってくる保証として……これらの宝刀は、お返ししよう。信頼、というものが異国の民であるきみたちにも、備わっていることを信じる」
ネィル隊長は、アイシクルをスティールに、短剣をドグに返した。抜き身の剣を、丁重に敵である戦士に返したのだ。
これほどの礼を尽くされては。もはや、四人に異論はなかった。
その日の昼過ぎには。十分な食料と、武具を添えて。四人のパーティは、軍馬で異国の奥へ進み始めた。街への道は危険で使えない。それを迂回し。険しい山や谷が横たわる、未知の異境へ。
今回は、幸運が味方し助かった。だが、次回からは。新米冒険者たちは、注意しなければいけないだろう。何者かの生活する跡のあるのに、放棄されたゴーストタウンにうかつに入り込むことは。ましてや、そこで夜を迎えるのは。