イタ電
比嘉さんの退勤時刻は、だいたい午前0時前後です。
今日も0時近くになって、さー帰るかーと退勤準備を始めたところ、電話がなりました。
この時間帯ですから、会社の誰かだと思って受話器を取りましたところ、
???「おれの(ボソボソボソ…)」←ものすごい抑揚のないかんじの声。
比嘉「は?」
電話の主は若い男の人のようです。よく聞き取れなかったんで、聞き返しました。しかし、名乗りもしない、どうもよく分からんぼやき。相手が二度目を言う前に、なんとなくアレなかんじの内容のような気がしてきました。
???「おれの○○○咥えてくんない?」←やはり一本調子
比嘉「(ガチャリ)」受話器をおきました。
金曜の夜、私の入っている校舎は、26歳を筆頭に、今年大学出たばっかりの子と私と、二十代女子の講師しかおらんのです。多分相手はそれを心得つつやったんでしょうね…なんつーかこう、 イ ラ ッ
ときますね、こーいう電話って。
我ながら嫌なやつです。
先輩社員マシュマロさん(仮)に遭遇した。
比嘉「こにゃにゃちわ!」(挨拶)
マシュマロさん(仮)「こにゃにゃちわ~」(ノリよく)
比嘉「(プッ)つられちゃって~(にやにや)」
嫌なやつです。
ここではないどこか遠くへ
蛇洲眠さんとコメント交わしたり、ゲイサイトめぐったり、腐女子特有な妄想を繰り広げながら、ふと思うことがある。性ってなんだろう。
インターセックスだとかトランスジェンダーだとか、そういう社会的に認知される性問題について語ろうとは思わない。なにより知識が貧困だし、私がそれらを議論する資格がない、もしくは資格を得たいとも思っていないから。
でもよく思うんですよねえ。男になりたいって。
かと言って外科手術を強く望んでいるかというとそうでもなく。
漠然と、男として生まれていたら、違う人生歩んでいただろうとか、男の人は体力あってうらやましいとか、地図が読めていいなあとか(笑)(なつかしい)。男の人って実は脆いって分かっていても、社会的には強者だってことには変わりがないように思えるし。
でも、こういった羨望って、昔倫理の教科書で読んだ「どこか遠いところに行きたい」という欲望の断片でしかないようです。ちなみに、この言葉のあと、「だがどこに行っても私は私でしかない」と続くんですけどね。絶望と強さを孕んだ言葉だなあと思う。
あともうひとつ言えるのは、私は『母』になりたくないのだ、ということ。
身勝手な父は許せるけれど、身勝手な母は許せない。自分は『母』にはなれないと思う。だから、セックスのときゴムをしてくれる男性は信じられるけど、(中○しの意志はないにしても)頼まないとしてくれないような男性には底知れない不信感を抱いて逃げたくなる。それは、社会的な常識や愛の深さに関係のないもので。
『母』になりたくない。だからできれば結婚もしたくない。
同年代の女子が「結婚したい~」とか、「寿退社の光がみえてきた!」とか言うと、ヒいてしまう。
結婚って、家族をつくることじゃない。子供をつくることじゃない。ものすごい勇気がいることじゃない…
でも、子供を作りたくないって、要はDNAを残さないという意味で社会に参加しないという、一種の決意表明でもあって。
それは怖いことだとも思う。
会社に属することで得る福利厚生なしに生き抜くことの困難さを考えるだけで、めまいがする。
男として生まれたかったなあ、というよりは、きっと私は「結婚したいなあ」と言える女子になりたかったんだろうな、と朧に思う。