原マスミ2009年最後の弾き語り/南青山マンダラ(09/12/31)
1.夜の幸
2.ピアノ
3.仕度
4.人間の秘密
5.血と皿
6.羽衣
7.カタログ
8.僕の錬金時間
9.ウイミン
10.オヤスミ
11.カメラ
12.ブレーメン
13.イナフ
14.夜明けの歌
15.海のふた
16.蛍の光
17.教室
18.さよなら
19.冬の星座
この2日前の山田庵巳を聴いて、結構満足してしまったが、年中行事というか儀式みたいなものであるので今年も(これを書いたのは年明けだが)外苑前に足を運ぶ。
ライヴ前や時間によっては終演後、何度も憩いの時を贈ってくれた交差点のハーゲンダッツの店は、いつの間にか別な雑貨屋が入っていた。
アイスクリームの種類もメニューも他の店舗よりも充実していて、よい店であったが残念である。
風がとても冷たく強く、ビルの垂れ幕がバタバタと力強い音を立てていた日中であった。
さて、この日はあまり列も長くなく、比較的よい席に座れる。
ライヴが極度に少なかった頃は当日券で入っただけでほぼ満席状態だったこともあったが、今年の後半は月に何本かライヴが分散されたので、極端な満席ではなかった。
舞台の上には、ウクレレと久しぶりのベース、エフェクターも置かれていて「カメラ」の演奏が確定する。
青いgodinは留守中で、きっと楽屋でレア曲の練習をしているのであろうと、前向きな予想をしていた。
昔はよく来たので当時はありがたみをあまり感じていなかったが、やはり南青山マンダラの雰囲気はよい。
ディナーショーで毎年使うTOMOVSKYもライブ日記で以前書いていたが、あの制服の存在、あれはなかなか大きい。
そのあたりが、S.P.C.との大きな印象の違いになっているところはある。
1部の衣装は、白い襟付きシャツの左の襟から前に細い布が前方に伸びているものであった(言葉では説明しづらい、前に見たことがある気がする服)。
なかなかお洒落で、よい衣装であった、
ギターを持ってきて登場し、「夜の幸」でスタートする。
新旧どちらにも転ぶ可能性のある1曲目であるが、次の「ピアノ」で第1部の方向性がかなり明確になる。
神楽坂での友部正人との共演で、「ピアノ」を演奏したこともおそらく遠因にはなっていると思われる。
ファーストアルバムで「ピアノ」と「心配」はたまに演奏するが、その2曲を何も知らずに友部正人が選んできたことについて、おそらく驚いたのであろう、言及していた。
「ピアノ」は、「星が動いて、土製の輪っかが回りだすと」で始まる歌詞で、全体が美しく統一されている。
一般的に、どんな歌にも「この部分だけはどうも」という引っかかる表現があるものだが、この「ピアノ」に関してはそうした表現が全くない。
「電気を発明した人と、僕と君が同じこの星に生まれてきたことに、ありがとうをしてから、眠る」という一節なども、聴くたびに新鮮である。
日常で当たり前のように普段考えていることが、実は奇跡のように素晴らしい感謝をすべきことであるかもしれないという、そういった視点を持たせてくれることに、また逆に感謝したくなる想いがある。
今のところ、バンドでは演奏せず、弾き語りのみの曲であるので、こうして年末に演奏を聴けると一年がよい終わりに感じられる。
この日一番のレア曲は、次の「仕度」で、これだけでも足を運んだ甲斐があった。
「仕度」は、近年では稲生座の2daysの初日(自分が行かなかった方)と教室ライブの昼の部で2回ほど(片方は聴けた)、本人のヴォーカルで演奏されている。
他にも演奏したことがあったのかもしれないが、多くは自分が歌唱に回らずギターに徹する3人編成のときに演奏され、それは目黒美術館で一度聴いている
だが、やはり本人のヴォーカルが、この閉塞的で「縁起の悪い」世界に一番調和しており、素晴らしく感じる。
伴奏としてこの曲を演奏することが多く、客観的に曲を聴けるようになったことがこの日の演奏に繋がったようである。
18歳で上京し、20歳ぐらいでこしらえた歌らしい(とは言え、内房線で3時間ちょっとで上京できる距離であったとは思うが)。
瑞々しい感性で、おそらく感じたであろう孤独感や社会に対する閉塞感(陳腐な表現視点で申し訳ないが)、そうしたものを結晶化させたのが「仕度」である。
一般的には、このくらいの年齢でそうした世界を言葉にしようとすると、創り手の感情というフィルターを通しがちになるので、「虚しい」「寂しい」などという心情後が多用されがちになるもである。
ところが、「仕度」はそうした点ではドライであり、感性だけは繊細なまま、あくまでも一歩引いたところから淡々と描写している。
「潜水病にうなされた街」「街のほうが僕を出て行けないから、僕のほうが街を出て行くんだよ」と、自分自身の内面を伏せたまま、寒色だけで描かれた暗い映像を描き出す。
「歌を作ることと絵を描くことが違うことだと思っていたけれど、実は同じだった」といった内容のことを、目黒美術館の企画かどこかで発言していたが、「仕度」を聴くと歌詞を描く前にしっかりとした絵画の構図が完成されていることが分かる。
この日の演奏であるが、ギターはさすがに弾きなれているだけあって、レア曲とは思えない安定度ではある。
普段は別な楽器がもう一台入った演奏だが、ギター一本で十分「仕度」の世界は完成していた。
2月の知久寿焼との共演、そして今後のソロライブでの積極的な演奏を期待したい。
「人間の秘密」「血と皿」と、未音源化の定番曲が続く。
実はこの日の出発前、公式ホームページで初期のセットリストを見ながら、「この頃のセットリストのライブを観てみたい」と想っていたところであった。
だが、この日の第1部のセットリストはその頃のものに近く、楽しむことができた。
この2曲についてはいつも書いているので語りつくした感はあるが、一年の終わりに「血と皿」を聴くと現実の煩悩がどこかもっと危ないところに持っていかれるようで、よい。
「羽衣」も、久しぶりに聴いた気がする。
この曲は他人に書いたもののセルフカバーだが、個人的にはギターの伴奏が好きである。
2弦の5フレのミと1弦開放弦のミと、伴奏の中でぶつかり共鳴しあうところが印象的である(クラシックギターのカンパネラ奏法のようなもの)。
歌詞の真の意図は、まだよく分からない。
「チョゴリ」「ボンベイ(現在の「ムンバイ」、ホテル爆発事件があった都市)」など、多国籍的なキーワードが散りばめられている。
「歯医者のない街へ」で終わるところも、謎である。
実は「敗者のない街」のことで、強者も弱者もいない自由な場所で、子どもを産み新しい生活を始めていこうという決意の歌なのだろうか、とも考えてみたこともある。
「カタログ」~「僕の錬金時間(ゴールデンタイム)」は、昔kuukuuでクリスマスライブがあったときの定番であった。
各席の一人一人に小さな蝋燭が灯され、この前に「ホワイトクリスマス」付きでメドレーが演奏されるのが、とてもよい雰囲気であった。
その蝋燭は、「空」で「いつか返す日が来る」と歌われている間に次々に消えていき、蝋燭のように自分たちが儚い命を持ち、それがこの瞬間に揃って灯されている、ということの象徴かのように思わされたものだった。
前売りを取るのが本当に大変なライブであったが、当時は自分にとって一番の「儀式」であり、この「儀式」はずっと続くものだと考えていた。
kuukuuの閉店は、個人的には「たまの解散」よりもショックな出来事であった。
「僕の錬金時間」は、実際にはアルバム「夢の四倍」の中の最後から2番目の曲だが、昔FMラジオでこのアルバムが紹介されたときにこの曲で終わり、それが一つの物語の最後の頁としてとても自然だったので、終曲のイメージが強い。
「僕のゴールデンタイムに花を、花を飾ろう」という言葉は、聴く人間にとっての一人称として捉えられ、生活に彩りを持たせる心を取り戻させてくれる。
ウクレレに手をかけ、「今日はどちらであろう」と考えていたら、「ウイミン」であった。
ちなみに、前回のマンダラで「悲しいのはいやだ」と間奏が同じだと発言していたので、この日に「悲しいのはいやだ」を演奏しないことも確定する。
一度弾きかけて、テンポを変えたのは、もう一方の曲を演奏しようとしていたのかもしれない。
そして、お待ちかねのベースステージとなる。
いつもと同じように、ベートーベンの第9で有名な「喜びの歌」のソロが12小節ほど(数えてはいないが)入って、「オヤスミ」の前奏に移る。
「喜びの歌」が入るのはこの時期に相応しいとも言えるし、「オヤスミ」の救いのない歌詞を考えるとシニカルであるとも思えるが、ともあれベースソロの弾き語りとして後代のモデルになりうべき演奏である。
不幸に会う者、報われない者、そういった者に視線は向けられた歌ではある。
だが、傍観者にすらなれない立場から対象を瞰視し、無言の同情の光を当てているように思える。
「カメラ」は、エフェクターを使い、いつもの一人多重演奏である。
若き日のベース弾き語り時代から、この奏法を行っていたのかは分からない。
だが、CDバージョンのエスニックなドラムアレンジの印象を損ねることなく、ベース一つでこの多層な音の広がりを表現している。
決して楽な演奏ではないが(また、荷物も増えて大変らしいが)、この曲も定期的に演奏してほしい曲である。
第1部は、「仕度」以外は決して演奏しない曲ではないが、総じて初期の幻想感の高い献立で、価値の高い時間であった。
過去を切り捨て、「成長」「変化」を強調するミュージシャンも少なくない中、原点を残したまま奥行きと広がりを常に与えてくれるスタイルは、昔のファンにも最近のファンにも嬉しい。
第2部になり、白いシャツを脱ぎ、黒い服での演奏になった。
第2部は、カバー曲1曲を抜かしては、完全な定番曲であり、演奏面での安定感はやはり第1部以上であった。
「ブレーメン」「イナフ」と、直近の曲2曲が続く。
1月に個展があり、絵を描いてばかりの生活らしい。
「イナフ」は、もしかしたら、そうした絵を描くこと中心の生活の中、「散らかったまま」の部屋でいることに対する自己許容のメッセージが自分自身に投げかけられていたのではないだろうか。
「夜明けの歌」は、古い歌謡曲のカバーだったと思われる。
いわゆる「アイドル歌手」という記号が発生する以前の歌謡曲を、よく原マスミはカバーする。
「アイドル歌手」という記号が発生した後、歌は作り手の世界を離れて、クライエントの需要に応えるものになっていったが、それ以前の歌には創り手の烙印が確かに刻み込まれていた。
個人的には、原マスミ自らの烙印が刻み込まれた歌の方を愛するが、純粋に歌い手としての原マスミに照明を当てるとき、カバー曲の演奏はよりその輪郭を明確にしてくれる。
「海のふた」の演奏は、もう完成品である。
おそらく、どこかの企画で1曲だけ演奏することになれば、この「海のふた」を演奏するであろう。
讀賣新聞で『海のふた』が連載されたとき、この曲のCD化も近いと思われていた。
だが、ライブ演奏以外でこの曲は音源化されていない。
「君のいないこの世界」というテーマは、他の曲にも何曲か読み取ることはできるが、「夢なら簡単」はより喪失感の近くに座標し、「光の日にち」はより離れた追憶の心情が強い。
だが、「海のふた」は「君」に対する強い想いを持ちつつ、追憶の映像をリアルにフラッシュバックさせている点で、大河的な壮大な世界になっている。
音楽的な展開も、長い間奏部が効果的で、バンドバージョンもソロバージョンも、同じ読後感が味わえる一編である。
音源化が待たれる(できれば、バンドバージョンと弾き語りバージョンと両方収録希望)作品である。
「蛍の光」で、いよいよ年の暮れる瞬間が迫っていく。
以前は、この曲でライブを終えることも多かったが、最近は年末中心の演奏なので、年の終わり感がより強まっている。
「今夜、この夜に、君といる喜び」を感じ、定番のラスト曲「教室」に移る。
神楽坂では省かれてしまった間奏が、この日は少し聴けた。
だが、本当はもっと長い間奏だった気がしたが、まあライブは生ものであるので、聴くごとに異なる表情を見せているのであろう。
「ロッケンロール」の声で、一旦終了。
原マスミライブは、2回ぐらいまではアンコールがデフォルトなので(Jungle Smileのようにアンコールをしないユニットもあったようだが)、当然のようにアンコールの拍手が鳴りあっという間に演奏に戻ってくる。
いつもであれば、「アイス!アイス!アイス!」あたりであるが、この日は「この時節的」な曲が、おそらく意識的に続く。
「さよなら」は、「あまり上手くできない」とのことで、新し目の曲の中ではさほど演奏されない曲である。
矢川澄子が亡くなったあたりから「ブレーメン」ができたくらいまでは、ライブのラストの方でよく演奏されたが、いつの間にか演奏機会が減っていった。
そうは言っても、ギターも歌も、何の問題もなく演奏が流れていく。
あえて言えば、kuukuuなどで演奏されたときのようにコーラスが入るとよいな、とは感じた。
「いつか老人の僕は思い出すだろう」の「いつか」、この言葉がもしかしたら重く感じられてこの歌の選択を躊躇わせたのかもしれない。
この日のこの曲の選択は、やはり友部正人との共演の際に「素晴らしいさよなら」を歌ったことが大きかったと思われる。
似た主題で、「さよなら」という言葉の意味をもう一度振り返ってみようと思われたのではないだろうか。
ここで、今後の予定の告知が入る。
1月はパスカルズ、2月は知久寿焼、3月は遠藤賢司との共演が控えているようである。
特に、2月の知久寿焼との共演は楽しみで、「座・高円寺2(ライブ中は「座・和民」と紹介するが、そんなはずはない)」のようである。
矢川澄子作品の紹介もあるようなので、もしかすると職人芸の朗読も披露されるかもしれない。
もちろん、バンドライブと個展も1月にあり、大忙しである。
再度のアンコールは、「冬の星座」で終了する。
内田ken太郎の歯切れよいベースの響きでいつも聴いているが、ソロもこの時季に聴くには相応しく、よい。
ここでこの日の催しはお開きになり、師走の最後の帰宅の徒に付いた。
帰りも、風は冷たかったが、先程ほどの強さは収まっていた。
帰宅後、温かい山菜蕎麦をこしらえて暖を取り、この日の余韻に浸りながら、よきライブを堪能できた一年に別れを告げた。