知久寿焼と福間未紗の横浜春祭りライブ(2009/04/16 横浜サムズアップ)
福間未紗with倉井夏樹、知久寿焼

1.春祭り
2.鐘の歌


3.幸福な間
4.ねじ
5.火星
6.緑の質

7.一瞬だけ
8.夏の星座
9.ジャム
10.午前4時のロビン


11.あるぴの
12.いちょうの樹の下で
13.死んぢゃってからも
14.電車かもしれない
15.ちょっと今ココだけの歌
16.いわしのこもりうた
17.らんちう
18.電柱
19.そんなぼくがすき(リクエスト)


20.月がみてた
21.夜の音楽
22.押し花
23.学習
24.クロアゲハ
25.ユリの丘
26.ハオハオ


27.円盤旅行
28.金魚鉢


3月は、珍しくライブハウスには行かなかった。
近所の公民館で、コントラバスの無料リサイタル(既報)と地元の中学校のギター部の定期演奏会(未報)は観に行ったが、それだけである。
コントラバスは一応プロで、ギターも全国大会で賞を貰う演奏なので、レベルは高いとは言えるのだが、普段とは経路がかなり違う演奏であった。
4月も半ば、久しぶりにライブハウスに足を運んだので、忘れぬうちにレポを上げたい。


横浜サムズアップ(ThumbsUp)は、前に一度訪れたことがある。
「不思議な~」シリーズのライブで、篠田鉱平がサードクラスを脱退した後で、三重野徹朗がサポートで入ったときの会であった。
ハンバーガーを注文すると大量のポテトが付いてくるのが特徴で、次回はぜひこれを注文しようと計画していた。
グァバジュースやクランベリージュースなど、あまり他では飲めないドリンクがあるのもよい。
サムズアップとは直接関係ないが、開演まで時間がある場合、このビルの1階の珈琲が安くて美味しい。
作り置きせず1杯ごとに抽出するためか、濃くも苦くもないのだが、新鮮な珈琲の香りが飲んだ後からも香ってくるようで、お勧めである。
アルコールやおつまみなども出している店で、禁煙席の方が狭いのだが(神奈川禁煙条例でどうなるか)、期待が小さかった分美味しく感じられた。
トールサイズやテイクアウトもあるので、時間待ちにはお勧めである。


福間未紗と知久寿焼の共演は、おそらく知久寿焼の誕生日ライブのゲストにワタナベイビーと出演したとき以来であろう。
その頃の誕生日ライブは暗い曲が多く、「陰気な誕生日」といった風情があったようだが、このゲスト2人が出演した年はいくらか明るかったようだ。
それでも、現在の雰囲気と比べるとだいぶ暗い構成だったらしい。
しばらくの間、福間未紗は音楽活動自体をお休みしていて(創作はしていたかもしれないが)、昨年末ぐらいからまた活動を開始している。
昨年末の何かのライブの折込にお知らせが入っていて、いずれこの2人の共演があるのではないかと思われていたが、今回実現の運びとなった。


最初の2曲は2人で登場した。
横浜は、福間未紗の地元とのことである。
ハートランドの瓶を片手に、「Nature isn't Endless」のシャツ(2日前のイベントのものか)、リアルな枝豆のストラップが腰からぶら下がっているのがおしゃれであった。
おそらく、今回のテーマでもある「春祭り」でスタート。
知久寿焼の世界にも通じる牧歌的な要素があり、のどかな気分で聴くことができる。
見た目の不釣合いとは対称的に、二人の声質の相性がよく、ハーモニーが楽しめる。
それぞれの声にない周波数成分を補完し合うような混声で、お互いを埋没させず新しい新鮮な音を創造するようなところがある。
飲み物で喩えると、香ばしい麦茶と深みのある烏龍茶をブレンドした状態であろうか(このブレンドはお勧めである)。
上声で知久寿焼のコーラスが入る機会はそこそこあるが、下声でハモるのを聴くのは始めてであった。
普段はステージ後半の曲となる「鐘の歌」も、同じように上声で福間未紗のコーラスが入る。
ただでさえ高音の曲にさらに上声のコーラスが、調和する声質で入るのは、ある意味奇跡的な組み合わせといえる。
最後の最後の高音部は、福間未紗が下声で重ねたところも興味深かった。
おそらく、この曲に関しては共演が確定したときから下準備をして、自分の音域で曲を最大限に生かせる副旋律の音程作りとハモリの稽古を重ねていたはずである。
何度も聴いた曲であっても、このように人が加わり再構成されると音楽に命が吹き込まれ再生するようにも感じられる。
2曲演奏したところで、福間未紗だけが残りソロステージとなった。


「幸福な間」で、ソロステージのスタートとなる。
アルバムには入っていない、相当前に歌ったのを引っ張り出してきた曲らしい(本人ブログ http://ameblo.jp/maam33/ より)。
アコースティックギターを、そのまま指でストロークする弾き方であった。
インテンポのギターストロークで歌の間取りを決めてしまうのではなく、歌をある程度自由なテンポで歌いながらストロークのタイミングを合わせるスタイルを取っていた。
歌い方は一音一音かみ締めて歌うところがあり、それが聴き手の意識のフックにも引っ掛かりを与えている。
演奏中ギターを置く足の上げ下げがあったが、椅子の高さが合わなかったのではなく、曲の情感を体全体で表現するタイプであったようだ。
個人的には、福間ステージの中でも印象に強く残った作品であった。
「ねじ」「火星」と続く。
「ねじ」は少し速めのテンポの、「火星」はゆったりとしたマイナー調の曲であった。
「永遠のねじを巻こう」というフレーズが印象的であった。
「火星」の途中から、倉井夏樹のハーモニカが入ってくる。
哀愁が増長されて、よい雰囲気となる。
発声・歌声が、誰に近いかを考えながら聴いていた。
リアルタイムで聴いていたときは、かの香織あたりに近いかもと考えていた。
だが、かの香織の歌声はもう少し引っかかりが少なく、さらりとすり抜けていくのに対し、もう少しアナログ的な余韻を残す声質であると感じられる。
家に帰りCDなどを聴き直すと、音符に文字が詰まった歌ではないのだが、川本真琴の方が少し近いかもしれないと思い直した。
ギターはストロークからシンプルなアルペジオになるが、親指の低音部の演奏でバチンと摘み上げてアクセントをつけるのも情感からの表現か。
クラシックギターで言えば「バルトークピチカート」であるが、原マスミもgodinギターでの弾き語りのときに多用している。
原マスミの場合ナイロン弦であるが、スチール弦でバチンと鳴らすところは異なっているが。
ギターは、新大久保駅のホームからよく見るロゴと同じであったので、おそらくマーチンギターであろう。
型番までは分からなかったが、形は双葉双一のマーチンギターに似ている気がした。


「緑の質」からは、最初から倉井夏樹が加わり伴奏の音が豊かになる。
脇役に徹しようという姿勢が感じられ、自己主張の少ない控えめな性格に見える。
同じ「夏樹」でも、Lovejoyの服部夏樹は反核運動のチラシをライブで挟み込み、原マスミのバックでも積極的に話しかける。
Lovejoy自体が脇役に徹しない人の集まりのバンドだが、本日の「夏樹」は斉藤哲也(「カモンハナマルボックス」のアナウンサーではない)的な静かな職人気質を感じさせる(「なつき」といえば「きどなつき」というギター弾きもいた)。
同じアコースティックのギターを重ねての演奏で、ハーモニカも美しく吹いていた。
双葉双一などもハーモニカの美しい演奏をするが、倉井夏樹は伴奏に徹する分ハーモニカのみの演奏の際は両手でボリュームやビブラートをコントロールできる強みがある。
メジャーセブンでのロングトーンが、歌声自体の魅力を増長させる。
一気に爽快な風が吹き抜けるようなアレンジになり、音楽的には初期の遊佐未森的な印象を与える演奏になった。
その次は「一瞬だけ」と曲を紹介したように感じたのだが、「緑の質」と公式ブログ(http://ameblo.jp/maam33/ )には記載があった(修正済みに付きこちらも修正)。
歌詞からして、「一瞬だけ」の曲の気がする。
この曲も、短いがよい演奏であった。
三拍子に時折入るハーモニクス、速いテンポとブレーク、予想外の和音での再入と、音楽的に飽きさせない作りになっている。
テーマは春祭りだが、夏の曲ばかり増えてしまったとのことで(サポートも倉井「夏」樹である)、「夏の星座」の演奏となる。
ボサノバタッチとのテンポに、強調されたハーモニカのビブラートが印象的である。
「ずっと待っててあげる」のさびの部分が、口ずさみたくなるような自然なメロディーであるのもよい。
「ジャム」は、おそらく一番印象に残りやすい曲調と歌詞で、「ジャムジャム真っ赤なジャム」という部分が耳に残る。
あっという間に終わる曲だが、「みんなのうた」で放映されてもよさそうなシンプルなまとまりがある。
「午前4時のロビン」は、倉井夏樹のギターが美しい音色を奏で、深夜の幻想的な雰囲気を効果的に醸し出していた。
このステージを総括すると、一言で評するには多様性がありすぎるが、倉井夏樹の音楽的な貢献も大きく、歌の一粒一粒が大事にされたステージであった。


知久寿焼ステージは、ウクレレでの「あるぴの」からスタートした。
普段は、ウクレレステージよりもギターステージの方が聴き応えのある印象はある。
だが、サムズアップのハワイ風南国感のためか、ウクレレが非常に合っているように思えた。
ウクレレの4本の弦は、3拍子のアルペジオには逆に強みになる部分もあるという発見もあった。
「いちょうの樹の下で」「死んぢゃってからも」とウクレレ曲が続く。
この日のステージに限っては、もっとウクレレステージが続いてほしいような気分であった(「昔むかし」とか)。
「電車かもしれない」からは、ギターステージスタートとなる。
おそらくこの曲と「らんちう」あたりが、一番弾き込んでいて一番自信のある曲であろう。
ギターの諸技法、言葉遊び的要素のある歌詞、憂いのある情景と世界観など、何度聴いてもよく完成されている曲だと思う。
全ての要素でこれを上回る曲を作るのは相当困難だが、比較的早い段階でこの曲を完成させ、ここまで歌い込めることができたという点では、幸福な音楽人生だといえるのではなかろうか(と外野が勝手に評してみる)。
「ちょっと今ココだけの歌」で、また最近の曲の演奏となる。
「いわしのこもりうた」とタイトルを告げた後、「オイルサーディンララバイ」と英語訳をする。
生演奏でばかり聴いていたので気が付かなかったが、「いわし」は「オイルサーディン」だったのである。
そう思って聴くと少し歌詞も新鮮に感じられ、目から鰯の鱗が落ちるようであった。
「らんちう」は、やはり大作であると感じる。
演奏しないことはないため、安定感では一番である。
中間部は、久々に「おじいさんとおばあさんが澄んでいました」バージョンであった。
「電柱」は、本当は二人で合わせたいと福間未紗からリクエストがあった曲らしい。
この曲はやはり、ワタナベイビーとの共演が素晴らしく、思い起こされる。
声が重なる部分は感動的であり、この日の演奏はよかったのだが、やはり二人で何とか演奏してほしかった。
原因は音域的な問題のようで、「何でもできるわけではない」とのことである。
「旅先で心ない人が、よく『さよなら人類やって』というけど、自分のキーと合わないのでできない」という話をしていた。
残り時間を見て、リクエストを募り、「そんなぼくがすき」が演奏される。
こちらは正真正銘、NHKの「みんなのうた」の曲となった作品である。
全体的に定番曲は多いが、安定したステージであった。


いよいよおまたせの全員ステージとなる。
「月がみてた」は、やはり上声が入る。
このステージハーモニカに徹した倉井夏樹の音が冴え渡る。
やはり、声が重なり合うのは気持ちのよいものである。
「夜の音楽」は暗い海外民謡であるが、不思議と日本語の歌詞にも合う。
下声を福間未紗が担当した。
「押し花」は、デビューアルバム「モールス」に入っている曲である。
「君の押し花になりたい」あたりで、声が重なってくる。
基本ゆったりめの2ビートの演奏のため(このステージ全部とアンコールも)、知久寿焼曲とそう変わりなく、8ビートの多い歌い手相手だとこうはいかなかったであろう。
「学習」は、上声と下声とそれぞれ副旋律を設け、互いに主旋律を歌いあう工夫が見られた。
一箇所、お互いが副旋律を歌ってしまったところがあったが、控えめな性格がお互い出たためか。
3人そろって目を閉じて声を張り上げるところがあり、普段は大きな瞳のためにコントラストが面白かった。
「クロアゲハ」も2ビートのチャカポコ感があり、主題が「昆虫」であるため、やはり二人で演奏する違和感がない。
「ユリの丘」は、昔の知久寿焼バースディライブで共演した曲らしい。
当時の演奏が素晴らしかったという評判で(自分は聴いていない)、今回の共演に足を運ぶことになった。
「君の胸にロケット弾」「月のコバルト」あたりが印象的な部分で、このステージ3曲の福間曲の中でも一番二人の息が合った曲であった。
「ハオハオ」は、「おかあさんといっしょ」でよく歌われる曲である。
「今井ゆうぞう&はいだしょうこ」より前の、「杉田あきひろ&つのだりょうこ」時代の曲であるが、一度たま時代にバックで生演奏している。
また、うたのおねえさんやおにいさんが替わっても、このバックの演奏は昔の音源のままなので、たま時代の雰囲気を味わうことができる。
全編を通じて、倉井夏樹の小さな鐘を鳴らす音が響いた。
七尾旅人が譜面台にトライアングルをぶら下げて、足で「チーン」と鳴らすのを思い出した。


アンコールに応えて、まず「円盤旅行」の演奏となる。
福間未紗は、最初の4枚のアルバムが「宇宙4部作」とされていて、全部ではないが宇宙についての歌が多い。
原マスミも「月」や「星」の歌が多いが(あるアルバムは歌詞にほぼ全部「月」が出てくる)、どちらかというと地上から(「地球」でなく「地上」)見た月や星であった。
柳原陽一郎(本当は「幼一郎」時代)も、木星にこそ着いたが、基本地球から眺める幻想性を持った月(「満月ブギ」しかり)などである。
だが、福間未紗の歌う宇宙は、もう少しリアルなところがある。
実際のリアルな宇宙に旅行に行く視点は、原マスミや柳原陽一郎にはなかった。
「オリオン」や「青い夜」といった聞き覚えのあるタイトルの曲もあるようだが、原マスミとは別曲であろう。
機会があればどういった視点から見ているのか、違いを聴いてみたい。
「金魚鉢」で、アンコールも終了。
他では聴けない副旋律をつけていたのが新鮮であった。


音楽的にも食べ物的にも、おなかいっぱいの満足感のあるライブであった。
正直、この後行く予定のライブも、ここまでは満足しないであろうと思われる。
それを思うと、複雑な思いはあるが、何はともあれ福間未紗が音楽活動を再開したのは喜ばしいことであるとつくづく感じた。
また、別の機会にも足を運び、別の側面も見て行きたい。




追記


今回のライブで、知久寿焼暦での今年度が終わり、虫取り旅行後に新年度のライブが始まる。

それにしても、7月の土樽山荘のライブがなくなったのは、つくづく残念である。

山菜は美味しく(水もお米も美味しい)、時間を気にせずゆったりとライブを聴ける。
今年は前泊もしようかと考えていただけに、残念度が増した。

また復活する日が来るのを祈りたい。