「コントラバス界の妖精&香り光る鍵盤」(池上里奈/コントラバス 高井可織/ピアノ 内田絵理子/フルート・ピッコロ)


1.ジュ・トゥ・ヴ(サティ)
2.組曲「動物の謝肉祭より「象」(サン・サーンス)
3.鳥の歌(カタロニア民謡)
4.ノクターン9-2(ショパン)
5.前奏曲集第1巻より「西風が見たもの」(ドビュッシー)
6.「アルルの女」組曲第2番より「メヌエット」(ビゼー)
7.サウンド・オブ・ミュージック(ロジャース)


8.エンターテイナー(S・ジョプリン)
9.コントラバス協奏曲1楽章(ディッタースドルフ)
10.ピアノ協奏曲第1番2楽章(ショパン)
11.ピッコロ協奏曲3楽章(ヴィヴァルディ)
12.「雪」~「冬の夜」~「春よ来い」(春の歌メドレー)
13.「なごり雪」(みんなで歌おう)


近所の公民館で、地元のプロの音楽家の演奏を無料で聴こうというイベントがあり、整理券をもらっていた。
さすがは無料なだけあって、配布から10分後ぐらいに行ったら、もう半分以上捌けていた。
また、地元の音楽に詳しくない人でも楽しめるようにか、ポピュラー音楽や「みんなで歌おう」の企画までプログラムされていた。
とは言え、あまりコントラバスのソロ演奏を聴ける機会もないので、さほど期待しすぎないように聴きに行くことにした。


コントラバスのソリストと言えば、「ゲリー・カー(ゲイリー・カー)」が有名である。
コントラバス1台で、ここまでのことができるのかと世界に伝えた功績は大きく、自分もレコードを何回も聴いた。
高校時代の一時期、シマンドルの教則本とピラストロの松脂を買ってきて、練習に励んだ時期が自分にもあった。
小学校のときからギターを習っていたので(さらに中学校はギター部)、3~6弦をオクターブ下げた音域は取っ掛かり安いところはあった。
フレットレスベースの教則本にある「3本の指でポジションを取る」ことには少し混乱があったが、伴奏を弾いて楽しめる程度には上達することができた。
コントラバスに関しては、クラシックの世界からはだいぶ離れてしまったが、今でもオーケストラやバンド演奏の最低音に耳が集中してしまうところはある。
柳原陽一郎+水谷浩章のライブのときには、ボーカルそっちのけでベースの演奏に見とれてしまうことも少なくなかった。


正直なところ、来場前はコントラバスの演奏についてあまり期待してはいけないのではないかと思っていた。
演奏者はまだ若く、自分はゲリー・カーぐらいしかクラシックのソリストを聴いていない。
ジャンルは違うが、phonoliteでの水谷浩章の演奏はありえない技術で、口がポカンとするぐらいいつも驚かされる。
地元の若い演奏家を応援するつもりで聴きに行くのがよいであろうと、自転車で公民館に向かった。
会場はやはり、年輩の観客が多く、若い人間や楽器をやっている人間はほとんどいないように思われた。


「ジュ・トゥ・ヴ」で、ピアノとコントラバスとの2重奏が始まる。
そこで、やはりクラシックのコントラバス奏者と感じさせる点が見つかった。
ボーイングで旋律を弾く音色が美しく、ビブラートも比較的自然に付けられていた。
ジャズなどの畑のベーシストは、ピチカート系のアドリブ技術はもの凄い。
だが、ボーイング系の音は伴奏や効果音としてはまあまあよく使われている演奏者も、ボーイングで歌わせるということに関しては満足させてくれたことはない。
おそらくは高価であろう楽器で、スムーズに音を鳴らしているのを見て、やはり来て聴いてよかったと感じた。


「動物の謝肉祭」は「白鳥」が有名で、本来チェロのために書かれたものだが、ゲリー・カーはこちらを演奏している。
さだまさしの「セロ弾きのゴーシュ」の前奏でもこの旋律が使われているので、セイヤングの最後のBGMで聴いた人も少なくないだろう。
コントラバス用の「象」の演奏となったが、カーのように「白鳥」で勝負するのも面白いのではないかと思った。
「鳥の歌」は、ギタリストには馴染みのカタロニア民謡の曲である。
一般向けのプログラムとしては、飽きさせずまずまずだったのではないか。


ピアノのソロで、ショパンの一番有名なノクターンと、この会場で関係者以外誰一人知らない「西風が見たもの」が演奏される。
これを聴いて、多分ピアノが本当に上手な人なのだろう、と感じた。
専門外なのであまり細かいことを語れないが、ピアノの音質というものは演奏者の力量で決まるらしい。
ギター弾きなどは「誰が鍵盤を叩いても出る音は一緒」と思ったりするが、それは違うらしい。
タッチや離し方など、何か微妙なところで音質が変わってくるらしい。
この人のピアノは、クリスタル系の澄み切った音質がした。
他の曲でも緊張感のある緻密な透明感があり、これがこの人の音と音楽なのであろう。
「西風が見たもの」は、ドビュッシーらしからぬ激しさがある曲で、この曲を「公民館コンサート」で取り上げたことは大変な意義があると思う。


フルートの人が出てきて「アルルの女」と「サウンド・オブ・ミュージック」が演奏される。
もともとこの人は楽団系の、ソリストではない人のため、自分が出る曲よりも他の楽器を引き立てることに長けていた気がした。
「サウンド・オブ・ミュージック」あたりでは、コントラバスも高音域で旋律を弾くことが多かったが、実は正確な音を取るのは結構難しい。
グリッサンドで音を持ってくるのなら多少楽だが、音が飛んだときにその音と他楽器の音とピッチを揃えることはきつい気がする。
コントラバス(弦バスと言われるのを嫌うのは世界共通)を吹奏楽で弾いていた頃、「平均率」のピアノで音合わせをすると、「純声調」の管楽器と音が合わないことが多かった。
少なくとも開放弦の音は使えず、根音から3度なら少し低めに、5度なら少し高めに持ってきて、やっと調和した記憶がある。
根音も、442や444で調律されると、頼りになるのは自分の耳のみであった。
B♭やE♭の調の楽譜を、頭の中で移調して弾いていたのは、ギターでも役に立っているが。
完全ソロならしっくりくる音程でも、他楽器と合わせると音がずれてしまって聴こえるのは、技術のせいではない。


後半、「エンターティナー」は、やはり公民館コンサート用の親しみやすい有名曲である。
一般的には、とても楽しめる曲ではあるだろう。
「普段聴く機会の少ないコントラバスやピッコロのコンチェルトを」とのことで、別の曲から1・2・3楽章を演奏する。
個人的に、この企画が一番よかったと思う。
程度にも依るが、大衆に迎合した曲ばかり演奏するより、クラシックならではの音楽をぶつけた方が、驚きと感動は大きい。
1楽章は、楽団の採用曲に使われることが多い、ディッタースドルフのコントラバス協奏曲であった。
ライバルが多いと、さらに緻密さを上げていかないと本当はいけないのであろう。
個人的にはいろいろな音程や技法が使われ、興味深い曲ではあった。
2楽章は、演奏者が愛して止まないショパンのピアノ協奏曲第1番。
思い入れがあることが、何よりも完成度を上げていく事例がこの曲と「西風が見たもの」には感じられた。
3楽章は、ピッコロの華やかなビバルディで終了。
所用があり、ここで帰宅。
アンコールがあったかは定かではない。


地元の、同じ中学校の若い演奏家なので、がんばってほしい気持ちはある。
同じ高校を卒業している井上玲奈などは、やはりテレビで見ると応援したくなる気持ちはあるが、それに近い。
だが、正直なところ、決して道はなだらかではないのだろうとも思う。
池上里奈はアイドル的な売り方ができる容姿で、希少性のある楽器というメリットはある。
ホームページで几帳面に日記などの情報を頻繁に配信しているところは強みで、表舞台に出る機会が多ければ知名度が一気に上がる可能性もある。
http://music.geocities.jp/contrabassrina/
だが、如何せん、この楽器自体の需要が少ない。
ゲリー・カーの「白鳥」並みのインパクトのある持ち曲を作り、メディアで紹介されるようにならないと、埋もれてしまいやすい楽器である。
だが、ソリストとして磨きをかけられる時間は、他の活動の時間を考えると限りなく少ないはずである。
ギターの世界では、コンクールに入り浸りになるとなかなか自分のコンサート活動に時間を当てられなくなるところがある。
おそらく、それは他の世界でも同じであろう。
ピアノの高井可織は、専門外の自分でもさすがに上手なことが分かる。
だが、ピアノの弾き手はあまりにも多い。
何があれば「一流」なのか、自分には難しすぎて分からない。
逆に、情報発信には目を向けず、自分を磨く作業のみに力を注いでいる感があるが、実を結んでほしいとは思う。


正直なところ、クラシックのコンサートはあまり行かず、避けている。
特に、自分が演奏したことのある楽器は、楽しみはなく考え込んだり昔を思い出したりしてしまう。
だが、やはりたまにすがすがしい演奏を聴くと、また自分で演奏したり関わったりしたいという思いを抱く。
どちらの演奏者も、また機会があれば聴きに行きたいと思う。


今回は、一応「ライブ」のカテゴリーに入れることにする。












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