#3 奈良井 夏 ― 後編 | 海外向け動画制作スポットライトムービーのブログ

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 名物五平餅の香ばしい香りに誘われながら、土産物屋を覗くと、色とりどりの鼻緒を付けたねずこ下駄が並んでいるのが目についた。
 ねずこは
杜松と書き、ひのき、さわら、こうやまき、ひばと並ぶ「木曽五木」の銘木のひとつである。軽くて堅く水に強いことから、古くからもっとも優れた下駄の素材として重宝されてきた。その木目や色あいの美しさは、江戸時代、この山里から江戸や尾張に運ばれて人気となり、ねずこ下駄は木曽の名産品となったのである。 
 
 私はこれまで、奈良井を訪れると必ずねずこ下駄をひとつ買い、歯が擦り切れるまではきつぶしていた。だが、前回買ったのがもう7、8年前のことなので、今は持っていない。
 私は藍色にトンボ模様の愛らしい鼻緒の下駄を買い、さっそく足を通した。足の裏から、ねずこのほどよく乾いた木の感触が伝わってきて、気持が良い。そして歩きだす。足の裏にぴったりと張りついているのにさらさらとしている―そんな、他では味わうことのできない至極の味わい。
 ねずこにしても、木曽漆器にしても、日本のこの山深い風土の中で、長い年月をかけ育まれてきた伝統の逸品たちは、どうしてこんなにも日本人の心と体になじむのだろうと思った。


 店を出ると、峰近くまで落ちかかった陽が、何代も磨きこまれた千本格子や板屋根の家並みを朱く照らしだしていた。その間を、緩やかなカーブを描いて続く古街道が、鳥居峠の緑濃い森の中に吸い込まれてゆく。ねず
こ下駄を履いた私は、このまま峠道を越え、どこまでも歩き続けたいような軽やかな気持ちになっていた。