こんばんは(*^_^*)
何を書いたらいいものか・・途方にくれてしまい、
かなり長い間、ブログ更新から遠ざかってしまっておりました。
誠に申し訳ございません。
これから、また、少しずつ、アップしていければと思いますので、
どうぞよろしくお願いします。
先日、JFK空港でであった一冊を御紹介いたします。
この絵本は、空港内のメトロポリタン美術館のショップに並んでいましたので、
見たことがある方も、多いことかとおもいます。
まさに、アートな一冊!
滞在期間中は、仕事におわれ、美術館にいくことはできませんでしたが、
本をあけてみると、そこには力強く美しいお話が展開されていました・・
Anna Pavlova さん自伝、Edgar Degas さん絵
バレリーナの夢をみた
I dreamed I was a ballerina
です・・





ちいさいころのことは、本当にはっきりと覚えている。
ちいさなアパートにすんでいたころ。
ママと一緒に、街にすんでいたころ。
わたしは、ひとりっこだったの。
パパは、わたしが生まれてから二年でなくなった。
だから、広い世の中に、
ママと、わたし、ふたりだけの生活だった。
本当に貧しかったの。
本当に・・
でもね・・
ママは、いつも、なにか特別な日がくると、
わたしがびっくりするような贈り物をくれたの。
わたし、今でも覚えている。
あの日、あの誕生日の日。
ママがね、今日は劇場でお誕生日をお祝いしましょう、って
いってくれたの。
わたし、本当にどきどきしていた。
わたしは、劇場なんかいったことなかったから、
もう、ママに質問ばっかり。
だって、どんな劇をみにいくのか、わたし、とっても知りたかったんだもの。
ママは、答えてこういったわ。
わたしたち、眠れる森の美女をみにいくのよ、って。
眠れる森の美女・・
それは、おとぎばなしのなかで、わたしが一番すきなお話。
ママは、何度となく、わたしに読んで聞かせてくれたお話だった。
劇場についたら、もう、わたし、うれしくって、ママのそばで!
ママは、わたしの腰をしっかりつかまえていた。
さあ、あなたはいまから、おとぎの国にいくのよ。
ママはいったの。
そしてね・・
暗い廊下を歩いて、会場のほうにむかったの。
とってもミステリアス。
わたしの知らない世界。
眠れる森の美女の音楽は、そう、わたしたちの偉大な、
チャイコフスキー。
オーケストラが演奏をはじめると、わたし、もう、全部みてきいてやるんだ、って
とっても集中したの。
美しい・・
あんなに感動したのは、生まれてはじめてだった。
それから、カーテンがあがって、金色のホールがあらわれて、
そう、そこは、とってもすてきなお城だった!
もう、わたし、感激して、さけんじゃったわ。
どぶねずみが運転する車にのって、鬼ばばがあらわれたときなんて、
わたし、顔をかくしちゃったの、いまでも覚えている。
第二幕になった。
するとね、若者や娘たちが、すばらしいワルツにのって、踊ったの。
ねえ、ダンスをする、っていうの、どうかしら?
ママがわたしにきいた。
わあ!
わたしは、いったわ。
わたし、あのかわいいお嬢さんが踊っているようなの、おどってみたい!
ほら、プリンセスになる役!
いつかきっと、わたしもプリンセスになるわ。
そしてね、この劇場で、踊るの!
ママは、またわたしが、ばかなこといってる、って思ったにちがいないわ。
でも、そのとき、
わたしは、みつけちゃったの。
これからの人生をささえてくれる、大切な何か、を・・
劇場から帰る途中、わたしは、もう夢のなかにいたの。
うちに帰るまでのあいだね、
わたし、いつかあのステージにたって踊る、眠れる森の美女になったときのことを、
ずっと考えていた・・
その夜・・
わたしは、バレリーナになった夢をみたの。
それから先もずっと、ずっと、
ちょうちょのように、
チャイコフスキーの素敵な音楽にのって、踊るバレリーナになった夢・・
その夜のこと、わたし思い出すの、大好きよ。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
主人公は、ロシア、サンクトペテルブルグの郊外にすむ、アンナ・パルボラさんです。(1881-1931)
マリーンスキー劇場で、幼いころ、母と一緒にみたバレーがきっかけで、
生涯バレリーナとして活躍したのだそうです。
アンナさんの弱い足では、あまりバレーに適しておらず、
ロシア帝国のバレー学校にはいるためには、何年も待ち、努力を重ねてきたのだそうです。
そして、ついに、才覚をあらわし、今日のバレーシューズを開発するまでになりました。
晩年は、手術を勧めるまわりの声をふりきり、最後までバレリーナとして生涯を閉じたそうです。
病床での最後の言葉は、「わたしの白鳥の衣装を用意しておいてちょうだい」
亡くなった次の日の舞台では、
カーテンがあがると、そこにはだれもいないステージに、スポットライトがあてられていたそうです。
東日本大震災にてなくなられた方々に、哀心よりお悔やみを申し上げます。
また、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
3.11、あの日のことを忘れることはきっとない。
命の尊さ、生きていることの意味を感じ、謙虚に生きる。
神がともにおられますように。
何を書いたらいいものか・・途方にくれてしまい、
かなり長い間、ブログ更新から遠ざかってしまっておりました。
誠に申し訳ございません。
これから、また、少しずつ、アップしていければと思いますので、
どうぞよろしくお願いします。
先日、JFK空港でであった一冊を御紹介いたします。
この絵本は、空港内のメトロポリタン美術館のショップに並んでいましたので、
見たことがある方も、多いことかとおもいます。
まさに、アートな一冊!
滞在期間中は、仕事におわれ、美術館にいくことはできませんでしたが、
本をあけてみると、そこには力強く美しいお話が展開されていました・・
Anna Pavlova さん自伝、Edgar Degas さん絵
バレリーナの夢をみた
I dreamed I was a ballerina
です・・





ちいさいころのことは、本当にはっきりと覚えている。
ちいさなアパートにすんでいたころ。
ママと一緒に、街にすんでいたころ。
わたしは、ひとりっこだったの。
パパは、わたしが生まれてから二年でなくなった。
だから、広い世の中に、
ママと、わたし、ふたりだけの生活だった。
本当に貧しかったの。
本当に・・
でもね・・
ママは、いつも、なにか特別な日がくると、
わたしがびっくりするような贈り物をくれたの。
わたし、今でも覚えている。
あの日、あの誕生日の日。
ママがね、今日は劇場でお誕生日をお祝いしましょう、って
いってくれたの。
わたし、本当にどきどきしていた。
わたしは、劇場なんかいったことなかったから、
もう、ママに質問ばっかり。
だって、どんな劇をみにいくのか、わたし、とっても知りたかったんだもの。
ママは、答えてこういったわ。
わたしたち、眠れる森の美女をみにいくのよ、って。
眠れる森の美女・・
それは、おとぎばなしのなかで、わたしが一番すきなお話。
ママは、何度となく、わたしに読んで聞かせてくれたお話だった。
劇場についたら、もう、わたし、うれしくって、ママのそばで!
ママは、わたしの腰をしっかりつかまえていた。
さあ、あなたはいまから、おとぎの国にいくのよ。
ママはいったの。
そしてね・・
暗い廊下を歩いて、会場のほうにむかったの。
とってもミステリアス。
わたしの知らない世界。
眠れる森の美女の音楽は、そう、わたしたちの偉大な、
チャイコフスキー。
オーケストラが演奏をはじめると、わたし、もう、全部みてきいてやるんだ、って
とっても集中したの。
美しい・・
あんなに感動したのは、生まれてはじめてだった。
それから、カーテンがあがって、金色のホールがあらわれて、
そう、そこは、とってもすてきなお城だった!
もう、わたし、感激して、さけんじゃったわ。
どぶねずみが運転する車にのって、鬼ばばがあらわれたときなんて、
わたし、顔をかくしちゃったの、いまでも覚えている。
第二幕になった。
するとね、若者や娘たちが、すばらしいワルツにのって、踊ったの。
ねえ、ダンスをする、っていうの、どうかしら?
ママがわたしにきいた。
わあ!
わたしは、いったわ。
わたし、あのかわいいお嬢さんが踊っているようなの、おどってみたい!
ほら、プリンセスになる役!
いつかきっと、わたしもプリンセスになるわ。
そしてね、この劇場で、踊るの!
ママは、またわたしが、ばかなこといってる、って思ったにちがいないわ。
でも、そのとき、
わたしは、みつけちゃったの。
これからの人生をささえてくれる、大切な何か、を・・
劇場から帰る途中、わたしは、もう夢のなかにいたの。
うちに帰るまでのあいだね、
わたし、いつかあのステージにたって踊る、眠れる森の美女になったときのことを、
ずっと考えていた・・
その夜・・
わたしは、バレリーナになった夢をみたの。
それから先もずっと、ずっと、
ちょうちょのように、
チャイコフスキーの素敵な音楽にのって、踊るバレリーナになった夢・・
その夜のこと、わたし思い出すの、大好きよ。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
主人公は、ロシア、サンクトペテルブルグの郊外にすむ、アンナ・パルボラさんです。(1881-1931)
マリーンスキー劇場で、幼いころ、母と一緒にみたバレーがきっかけで、
生涯バレリーナとして活躍したのだそうです。
アンナさんの弱い足では、あまりバレーに適しておらず、
ロシア帝国のバレー学校にはいるためには、何年も待ち、努力を重ねてきたのだそうです。
そして、ついに、才覚をあらわし、今日のバレーシューズを開発するまでになりました。
晩年は、手術を勧めるまわりの声をふりきり、最後までバレリーナとして生涯を閉じたそうです。
病床での最後の言葉は、「わたしの白鳥の衣装を用意しておいてちょうだい」
亡くなった次の日の舞台では、
カーテンがあがると、そこにはだれもいないステージに、スポットライトがあてられていたそうです。
東日本大震災にてなくなられた方々に、哀心よりお悔やみを申し上げます。
また、被災された方々に、心からのお見舞いを申し上げます。
3.11、あの日のことを忘れることはきっとない。
命の尊さ、生きていることの意味を感じ、謙虚に生きる。
神がともにおられますように。












