spotisbati1989のブログ

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評価 :

今回は、高杉良氏著「小説 ザ・ゼネコン」のお話。

高杉良氏は、ご存知の通り、
映画やドラマにもなって社会的反響を巻き起こした
「金融腐蝕列島」などなど、多くのヒット作を持つ作家でごじゃりまする。

そして、その作品は、大抵、
「政界、財界、官界で実際に起きた事件や騒動を
そのまんま、ちゃっかり頂いちゃって、小説のモチーフとしている。」
のが特徴で、更にそこに、
「アマタの困難に立ち向かいながらもひたむきに生き抜く、
高杉ワールドお約束の主人公『エリート中堅サラリーマン』の
正義と悲哀が描かれる。」
という構図が、基本パターンとなっておりまする。

まぁ~、言ってみれば、
「勇気ある週刊誌の暴露記事(?)」的な面白さを併せ持つ
小説なのでごじゃる。

勿論、その背景には、
氏のずば抜けた取材力と豊富で精度の高い情報があって、故に、
どの作品も一様に、読み応えのある、シッカリとした仕上がりに
なっているのだろうと推察いたしまする。

つまり、読者にとっての氏の作品の魅力とは、
「小説を通じて、各界の暗部や問題点、事の真相に触れることにより、
社会のしくみを理解することが容易となり、その結果、
現実の政治や経済に対する知的好奇心が誘発されること」
と、
「『悪代官』や『越後屋』という典型的な『悪役』の対立軸にいる、
『金や権力』に決してナビかない我らがヒーロー『中堅サラリーマン』の
実直で社会正義を貫く言動に、
『スカッと爽快!』の読後感を得られること」
にあるのではなかろうかと思うのでごじゃる。

さてさて、だからと言って、
「ならば、氏の作品の大半は、『ノンフィクション』なんだねっ。」
などと、早合点してはなりませぬ。
こちらの作品は、あくまでも「フィクション」なのでごじゃりまする。

「えっ? だって、ちゃんと取材してるんでしょ?」
とか、ましてや
「現実にあった出来事なんでしょ?」
などと、露ほどにも考えてはいけませぬ。
こちらは、あくまでも「フィクション」なのでごじゃりまする。

だって、だって、だって、この本の冒頭にも、
「この作品はフィクションです。実在の人物や企業、実際にあった事件等
とは関係ないことをお断りしておきます。」
って書いてあるんだから、
誰がナンと言おうと、「フィクション」なのでごじゃりまする。

だから、例えば、本文中に
「中田栄角元首相が、
昭和五十八年にロッキード事件で有罪判決を受けた。」
とか、
「ポスト曾根田として、
竹山正登、安藤伸太郎、宮川一喜という三人の候補者がいた。」
なんていう記述があったとしても、
それは、「田中角栄」のことでも、「中曽根康弘」のことでも、
「竹下登」や「安倍晋太郎」や「宮沢喜一」のことでもないのでごじゃる。

「これは『フィクション』だと言ったら、絶対に『フィクション』なのだあ。
『ノンフィクション』などでは、絶対にないのだあ。(レレレのレ~。)」
にごじゃりまする。

そんでもって、
中堅ゼネコン「青木建設」をモデルとした本書は、
「竹下銘柄」と呼ばれた「青木建設」と「竹下登」、更には、
「興銀」 「あさひ銀行」がどういう関係にあったのかを克明に記した、
それでもやっぱり「フィクション」小説に間違いないのだあ。(シェーッ。)

「竹山正登」のズバ抜けた集金能力や仕手株のからくり、
「竹山」の金庫番「青井修平」の存在、
「竹山」が「帝国皇民党」から受けた「ほめ殺し」を止めるために
どのような手段をとったのか。。。など、
当時の「政治の腐敗」ブリが手に取るように理解できる。

当然ながら、
当時の新聞・メディアがその全貌を報じることは無かったけれど、
「いかに『田中派』→『竹下派』が『金まみれの政治』を執り行ってきたか」
ということは、国民もウスウス気付き始めていた。だからこそ、
その後、自民党は下野し、姑息な手口で与党に復帰した後も、
「最早、自民党は、賞味期限が切れた政党だ!」
なんていう声が聞かれるようになっていったんだろう。

業界と癒着する「族議員」を抱え、
セッセセッセと「財政赤字」を積み上げながらも、
公共投資や箱物行政という「税金の無駄遣い(バラマキ)」にしか
バブル崩壊後の経済政策の活路を見出せなかった「国政の無能さ」にも、
国民はいい加減イヤケがさしていたのだと思う。

そして、それが
これまでのセオリーからは、決して「ありえねぇー!」
小泉純一郎なる人物による内閣発足の原動力となり、
我々は、愚かにも彼に「大いなる期待」を抱いちゃったんだろうなー。

そっか、国民がこんな指導者を容認しちゃったのも、ソモソモは、
「金にまみれていない!」という、ただその1点を求めたワケで、
「ちょっとイカレちゃってる」ってトコには、
「この際、目をつむろう。」と腹をククッタ結果だったのかもしれないなあ。

まー、それにしたって、
5年の長期政権は、本当に「ありえねぇー!」っていうか、
「あっちゃなんねぇー」話だったと思うけどさっ。
(国民も、そろそろ気付けっつーの。)
「振り子の反動とは、かくも大きくなりにけり~。」
(↑「なんだろう」心の俳句。。。はい、パクリっすね。)

「いやぁー、しかし、そう考えると罪は大きいよなあ。竹下君。」
なんてことも考えてみつつ、読み進めたのでごじゃりまする。

さてと、本題に戻りまして、
この本は、「『バブル景気』と『竹山首相誕生』に沸く中堅ゼネコンが、
金あまり状態の銀行の力を借りて、文字通りナリフリ構わず、
『世界的ホテルチェーンの買収』や『ゴルフ場の開発』といった
所謂『大型プロジェクト』を次々に推し進めていきましたとさ。おしまい。」
(よかったよかった、めでたしめでたし。)という内容になっている。

つまり、悪役が
「絶好調~!」「イケイケドンドン!」「どんなもんじゃー!」という、
いっちばん手に負えない状態で、イキナリ「完」なのでごじゃる。

「えーっ!ちょっと待ってよお。」っと。
それじゃあまるで、
「ご禁制の抜け荷で大儲けしている『越後屋』が、
そのお咎めを免れるために、お代官に擦り寄って『きんす』は渡すは、
『病弱で優しいおとっつぁんの薬代が必要なんじゃないのかいっ?』と、
器量の良い町娘をカドワカシテ、お代官の手込めにと画策するはで、
『越後屋』 ノリノリでヤリタイ放題!ニヤッとひと言―。
『これで、『越後屋』も安泰だわい。ふぉっふぉっふぉっふぉー』。。。」
「完」
みたいな話じゃん!っと。
そんな時代劇ありますかい?っと。
そりゃあないっしょ、高杉はん。っと、言いたい。

いつものように、「正義」は必ず勝つ!で、「悪」はキッチリ成敗して
頂かないと、こっちの気持ちが納まらないっつーの。

そりゃあ、あくまでも「フィクション」!なのだろうけれど、
モデルとなった「青木建設」の方は、興銀からの追加支援を受けられず、
2001年に民事再生法の適用を申請し、実質的に破綻したのだから、
小説の方もそこらヘンの「諸行無常」まで
しっかり響かせちゃってくれなきゃ、話しがオチないっしょ。

バカなオーナー経営者や無能な銀行幹部を
いつものように一刀両断して、栄「枯」盛「衰」を描いてくれなきゃ、
痛快な読後感も得られやしないわさ。

それに、今回は、
「ゼネコン」を舞台にしてるってワリには、業界も描けてなかったワケさ。
「銀行の融資担当者が、同僚と飲み屋で自分の担当案件をネタに、
ゼネコン業界のウワサ話をしている」
って程度の内容で、視点は常に「銀行」に置かれていたのさ。
これじゃあ、
銀行が舞台になったこれまでの小説とナンも変わらんわね。

それとも、やっぱり、
この業界を書くには、「相当の覚悟が必要」ってことなのかにゃあ?
興味深いエピソードには、
もれなくそのスジの方々が付いてきちゃうから、
おいしいネタも、断念せざるをえなかった。。。とかとかっ?

最近の、中堅ゼネコン「水谷建設」の脱税事件の報道からしても、
アッチも、コッチも、ソッチも、ドッチも、
「み~んなお友達!」みたいな話らしいし、
これが、この本の限界なのかなぁ。。。(クワバラ、クワバラ。)

そんなことで、
今まで読んだ高杉ワールドに比べて、
なんっとも中途半端で、消化不良な作品でごじゃりましたとさ。


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高杉 良

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