私という病は、話し出したら、尽きることはなく
聞いた後に、嫌な気分になってしまったら申しない。
こんなものの事は忘れて欲しい
貴方には、貴方の日々があり、僕には、僕の日々がある。
けど、こんなことを書いておきながら、まだ書き続けているのが、私の病の悪いところだ
さながら、テストの当日に、昨日は少ししか寝ていないと自慢する剽軽モノと同じくらいにタチが悪い
私という病は、話し出したら、尽きることはなく
何事にも、いちいち考えを更けてしまい
道端の空き缶や黄昏ときの夕焼けに、もの更けているときはまだ良いが
あの人が何故あんなことを言ったのだろうと考え出してしまったら
もう壊れた蛇口のように、例えどこに居ようとも、何かしていても、考えが止まることなく溢れ出てしまう。
私の言葉で傷つけてしまったのではないか
私の行動が不快なものでは、なかっただろうか
嫌われていないか、周りからどう思われているのか、ここに自分は居てもいいのだろうかなど
そんなものは、考えても仕方ないと解っているのに、考えてしまう。
そういう病である。
私という病の症状はひどく
孤独というものを、まるで子供が幽霊やお化けを怖がるかのように、恐ろしく感じてしまう
夜中に、ふと孤独を感じたら、そこから、病の症状は始まる
意味もなく、携帯を弄ったり、昔の写真に思いを馳せたり、
手帳に空いた空白があると、埋めよう埋めようとしてしまい
そんな必要性は、誰かのあくびと同じくらい意味を為すものではないのに
けれども、誰かと一緒に居たいという気持ちは、きっと誰しもが心の片隅に持ち合わせているものであろう
私という病は、実にタチが悪く
自分の失敗や孤独を人のせいにしてしまう
結局は、自分のせいなんだけど
そんなことを落ち込むのが、分かっていても、考えこんでしまう
私という病は、治ることは無いだろう
おそらく、不治の病である
しかし、それは嘆くことではない
皆、同じように、自分に心底嫌気が差して、誰かと会うのが億劫なときもある。変な服を着たり、風変わりな音楽を聴いたりする。
自分という、人間の性格、器質、考えや好き嫌い、そういう病と共に歩んでいるのだ。
それは、不幸なことではない。
私という病は、話し出したら、切りが無い。