粉雪のように
私の地元の長岡にも
寒波の波が到来中。
氷点下の毎日。
この寒さで氷柱はぐんぐん大きくなってきています。
この寒さのせいか
外出がおっくうで
気持ちが温かい所を欲しています。
最近思う事がありました。
大人数の中にいて
人に合わせすぎたり
自分の気持ちに沿わない
ピエロになっていたりして
自分がふと
どこにいて
何をしているのか
見失いそうになって
ひどい自己嫌悪に陥り
明るく楽しそうにしている
人と今の自分を比べて
更に
自分が嫌になり
周りの人に対しても
心が開けなくなる瞬間が
集団生活の中で
感じることがありました。
そのように感じるときは
気持ちも寒波のように冷たく寒く痛いものでした。
私がそのように感じていたのは
私自身に自信が持てず
自己否定感が強かったから。
そして
何より
私自身が愛され信じ受け入れられている
存在だと確信が持てずにいたから。
いつも
ビクビクし
否定される事は
私を否定される事と思い
完璧な自分を目指し
ビクビクを避けていました。
明るく、元気で、はつらつと
優しい私を演じ生きているのは
本当に辛いものでした。
そのサイクルから抜け出せたのは
「辛かったから・・・」
私の辛い限界が
「変わりたい」
の道に歩ませてくれた。
自己免疫力みたいなものなのか
本能というものなのか
分からないけど
辛さの限界が来ると
悩みの限界に来ると
ここにいちゃいけない、と思う。
それが今の私をここまで
生かしてくれた。そして友達の存在。
辛さと悩みが大きくなると
周りの存在は
私を否定する、痛い存在になり
妬み、辛みの存在に変わる。
氷柱のように冷たく鋭利な存在に。
でも
ありのまんまの自分を許し
私自身の存在に丁寧に愛を注ぎ
信じられたなら
自由に光り、舞う粉雪のように
社会で生きる事が出来るのでは
ないか、と
今でも道、迷う私に
語りかけているのでした。
吹雪のなかに見る
青空みたいに
悲しみも
悩みも
ずっとは続かない。
光りは
日々に隠されている。
