望が地域小学校に入学して、実際に思ったこと。
すみません、あくまで私個人の気持ちです。
望はもちろん「支援学級」に在籍していますが、
それはあくまで事務手続き上のこと、といった感じで
入学式に貼られていたクラス分けの一覧でも
普通に1年〇組、のところに名前が書かれていただけで、
望が「支援学級」の子だとはわからなくなっていました。
(いまだに同学年の支援学級のお友達、わかりません)
朝も通常「普通級」へ登校し、自分の机やロッカーに荷物をしまい、
ほぼすべての授業を「普通級」で一緒に受けています。
(内容的に出来ても、できなくても)
望の場合は国語の授業だけ、「支援級」の部屋で受けることにしたので、その時だけ、クラスのみんなに「行ってきます」と言って
部屋をうつっているそうです。
なので、クラスメイトからすると、望は「支援学級のコ」ではなく
同じクラスのメンバーの一員。
国語だけいなくなるんだな~くらいの。
これを「インクルーシブ教育が進んでいるなぁ!」と
思う方もいるかもしれません。
が、学校側からそんな単語を聞いたことは一度もありません。
私がこの学校にしたのも、一番の理由は「近いから!」であって
教育内容がうんぬん・・・というのは二の次でした。
ていうか![]()
住んでいる場所で学校が決まってるのだから、
そこにするしかないじゃない、って。
この学校のやり方がいいからとか、選ぶ余地ないよね![]()
たとえ全然違う教育方針の学校だったとしても、入れてます。
インクルーシブだとか、本当に最近の言葉なのでは?
なんだか、それがすごく素晴らしいこと、のように語られることが多いような気がしていますが、私としてはそれも人によるし、
決して
「インクルーシブ」>「支援学級」>「支援学校」ではないと思っています。
なんか↑のような思い込み、うっすらありますよね。。。
障害や性格によっては、支援学校のほうが合う子もいっぱいいるし、
インクルーシブとか言ったって、ただ健常児と一緒にいるだけ、
の場合も。障害児にとっては刺激になり良いことでも、
やっぱり健常児にとって「騒ぐ子がいて勉強にならない」という
弊害はもちろんあるでしょう。実際にそんな学校も知っています。
別に障害児が普通級にいるというだけで、その子が優れているわけでも何でもありません。
望にしても、一日中普通級にいるより、国語だけ支援級で
じっくり勉強出来る方が良いようで、実際そうしてから落ち着いてきました。
そういう「区別」がある方が、本人も過ごしやすいのだと思います。
さらにいうと。
いくら「インクルーシブ素晴らしい!そんな学校に行きたい!」
と思ったとして、
自分の住んでいる地域がそうでなければ、引っ越ししなければ無理で。
すぐに引っ越せる人ならともかく、そうでない場合、
「あの地域はいいなぁ、うちはダメだなぁ」みたいな気持ちのまま
居なくてはならなくなってしまう。
それって、意味があるのかしら?
結局は、受け止め方の問題で。
「普通級」との交流がほとんどない学校であったとしても、
そこにポジティブな意味を見出せば問題ないと思うのです。
そのほうが、じっくり成長できることもあるでしょうし、
将来的に使える知識や技術が身につくかも。
どうしても健常児と触れ合いたければ、習い事でもしたらいいし。
逆に、インクルーシブな小学校に通っていても
放課後は療育やデイで、障害児の中にいることもできる。
自由に、自分で選んだらいいんだと思うのです。
「地域で生きる」という言葉も、良いことのように語られますが
じゃぁ、バス通学をする「支援学校」の子は地域で生きていないのか?と突っ込みたくもなります。
そうじゃなくても、例えばうちの姉たちは私立小学校ですので
近所に放課後遊びに行けるお友達もほとんどいないし、
地元のお祭りにも子供会にも参加していません。
よっぽど「地域で生きていない」です![]()
でも、お隣さんやお向かいさんなど挨拶もちろんしますし、
地域小学校でないことで不便を感じることはありません。
結局、これも受け止め方の問題というか。
うちは、それでいい、となっている。
地域小学校に関しては、校区(学区)で決められているし
自分で選ぶことは基本的に出来ないなら、
もうそれを受け入れるほかはないんですよね。
いちいち文句言っていても、一朝一夕に変わるものでもない。
(もちろん、働きかけは必要な場合もあると思いますが)
教育方法については専門家や教育者の方にいろいろと研究してもらうことにして、あくまでイチ障害児の母でしかない私としては
与えられた環境の中で、どうするか。
ここが、親の腕の見せ所
なのかもしれません![]()
雑な考え方ではありますが・・・
母の、気持ちでした。