そう言えば、ケンシも私も耳が冷たくて、セーターを巻いたり、手ぬぐいを耳に当てたりと苦労していたのだが、ある時キルスティンがフードで頭を覆っていることに気が付いて(ようやく!)、えっ!もしや私たちのウィンドブレーカーにも付いている??? 正にフード付きでした!!!

ふたりしてやらかした感満載の気分でしたが、付いていてよかった!  持ち物にはどんな機能があるのかをしっかり把握してから出かけようね。 という教訓でした。

 

 さて、街に入り、気づくと周りはビルが立ち並ぶオフィス街だった。こんな近代的な建物の中、いったいどこに大聖堂があるのだろう?

 お腹もすいたので、レストランを探して入ったけれど、まだ営業時間ではないと追い出される。ヨーロッパのレストランは時間に厳しい。びしょびしょに濡れたまま歩き、ようやくバルを見つけて入る。でも、なんだか今までと違って温もりを感じない。感覚が鈍っているのか、それともこれまで歩いてきた田舎道と勝手が違っているのか、いいバルを見つけられない。まあ、お腹を満たせればそれでいい。ボカディージョを口にして、再び雨の中へ出た。

 ところがこの辺りはどこを探してもホタテも黄色い矢印も見当たらず、この方向でよいのか皆目わからなくなってしまった。「こっちでいいはずなんだけど」と方向感覚の鋭いケンシを信じてついてきたけれど、あとどのくらいあるのだろう?

 

 

【ケンシ】

僕らは大聖堂に向かっているはずだったが、いくら探しても街中でホタテ貝の道標を見つけることができなかった。歩いてくるうちにお土産屋さんが増えてきたのでたぶん方向としては間違っていないのだろうけれど、大聖堂がどのあたりにあるのか、さっぱりわからなくなってしまった。

すると、やはりリュックを背負ってうろうろしているスペイン人のお兄ちゃんがいたので、声をかけ尋ねてみた。すると「僕も大聖堂を探してるんだ。もう近くまで来ているはずなんだけど」と困った顔をしている。彼はスペイン人なのに迷子になっていたのだ。仕方がないので皆で「どこだ、どこだ」とうろうろしていると、彼が突然、「ア・キ(こっちだ)!」と大声を張り上げた。

 

彼がいきなり大声を上げ抱きついてきたのでびっくりしていると、彼が指さす方向に、なんと教会らしき建物が見えた。「え?」「ア・キ(ここ)?」もう言葉にならないけれど、頭の中ではまだ疑っていた。「映像で見た大聖堂とは違うんじゃないかな?」

すると「裏手なんだよ」とケンシ。「表に回ろう」「え? 表?」手を引かれ、ついていくと、青いシートに覆われてはいたけれど、確かに大聖堂だった。「着いたんだ」。

 

そのとき、またもや天から降ってきたようにアーニャが抱きついてきた。「着いたね!」と言う彼女の顔を見ると、目が真っ赤になっている。私たちの倍以上も歩いてきた彼女の道のりを想像して、私まで胸が熱くなり、涙なのか雨なのか、ともあれ液体が顔を濡らしていた。

クリスチャンでもない私は、心のどこかで「お邪魔させてもらっている」という感覚で歩いてきた。でもアーニャの涙を見たとたん、そうだね、一緒に歩いてきたね、おめでとう、と彼女に心のなかで言った。私たちは記念写真を撮った。これは今までの記録写真ではなく、本当に記念写真となった。

周りでも、到着したばかりの人々がハグをし合い、歓声を上げ、大聖堂の前でかわるがわる写真を撮り、雨で濡れた地面に大の字になってしまう人も。そして涙でくしゃくしゃになりながらもいい笑顔で大聖堂を眺めていた。

 

 するとアーニャが「巡礼事務所に行かなくちゃ!」と言い出した。エル・カミーノを歩き通した証明のスタンプをもらうため、私たちは連れ立って大聖堂の巡礼事務所に直行した。

中には大勢の人々がいて、行列を作っていた。そこに加わり並んで順番を待つ間、ようやく「到着したんだ」という実感が湧いてきた。皆、嬉しそうに柔らかい表情になっていて、私もホッとしていた。

順番がきてクレデンシャルを差し出すと、ポン、と印が押され「コンポステーラ(巡礼証明書)はいりますか?」と尋ねられる。もちろんお願いした。担当のお兄さんは、台帳とクレデンシャルを見て条件を満たしていることを確認すると、名前を書きこんだコンポステーラを作り、手渡してくれた。

コンポステーラは風合いのある紙に聖ヤコブの肖像が描かれ、彩色されたボタニカル装飾がほどこされている。これはレオンからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの311キロを歩き通した証明書というだけでなく、私にとっては頑張ったことへの表彰状、そしてたくさんの幸せを味わったエル・カミーノの旅の思い出の一枚となった。