朝日新聞デジタル
謝礼公表、医師の抵抗で1年遅れ データ閲覧には制限
沢木香織、渡辺周 編集委員・浅井文和月舘彩子
2015年4月2日04時00分
国内の製薬会社が医師個人へ支払った金銭情報の公表が昨年から始まったが、予定より1年遅れた。個人情報
の保護を理由に、一部の医師が抵抗したからだ。各社はウェブサイトで公表したが、印刷や保存ができないようにしていた上に、閲覧期間を制限するなどして容易に比較できないようにした。
「医師が好奇の目にさらされる」「風評被害
を受ける」
日本製薬工業協会(製薬協)が医師や研究機関に支払った講師謝金や寄付金を公表する方針を2013年1月に決めると、医師から反対の声があがった。翌2月に日本医師会
と日本医学会は「個人情報
が一方的に開示されることになり、一方的な措置への批判が集中している」と製薬協に対応を迫った。
製薬協は翌3月、12年度分の支払いは予定通り13年から公表するが、医師への個別の支払額の公表は1年遅らせ、14年からとした。
1年の猶予の後も、一部の医師の反対が続いた。製薬会社幹部によると、糖尿病
の重鎮とされる医師たちの反対が強く「公開すれば講演も薬のアドバイスもしない」と圧力をかける医師もいたという。会社に赴かないと個別の支払額が閲覧できない「来社方式」を検討する社が相次いだ。
これを聞きつけた田村憲久
厚生労働相(当時)は14年7月、製薬協の多田正世会長(大日本住友製薬
社長)に大臣室で通告した。「あなた方が襟を正さないと、資金提供の公開も法制化になりますよ」。(ほうせいか したほうが いいのでは?)4日後、多田氏は加盟各社に通知を出した。田村氏の苦言を伝え「公開方式に改善の余地がないか、いま一度点検を」と要請した。
それでも7社は来社方式を改めなかった。「閲覧者の便宜に配慮することも大切だが、一方で個人情報
の扱いについてもより慎重に行う必要があると考えた」(小野薬品工業
)などとしている。ただ7社の多くは今後、公開方法を改めることを検討するという。
ほかの多くの社はウェブサイトで医師名や肩書は画面上で閲覧できるが、印刷や保存はできない。さらに支払額を見るには申請が必要で、閲覧を3日間に制限する社もあった。製薬協は各社に「情報へのアクセスの障害はなるべくなくすように」と要請している。(沢木香織、渡辺周)
■米は一括公開、検索も可能
米国では14年9月末、医師約55万人に製薬企業などが支払った謝礼、飲食費、研究助成金などの情報を保健福祉省の機関がネットで公開した。13年8月~12月分の総額約35億ドル(約4200億円)。医師ごとに金額、費目、支払った企業などがわかる。閲覧制限はなく、検索も可能。自分の主治医がどこから何ドル提供を受けているかも簡単に調べられる。
業界の自主ルールで企業ごとに公開した日本と違い、法律に基づいて各企業から提供された情報を政府機関が一括公開した。報告漏れには罰則もある。10ドル以上の飲食費や旅費も開示対象にした。今後は毎年、前年分が公開される。
ここまで徹底するのは、オバマ政権が主導した医療保険制度
改革に伴って成立した「サンシャイン条項」で情報公開
が義務づけられたからだ。太陽の光(サンシャイン)にさらすように全面的に公開する。改革で多くの公的資金
を投入する以上、医師と企業の関係の透明性を高めるべきだという考えが背景にある。
米国でも医師の抵抗はある。公開前に米国医師会が「不正確な情報が提供されるおそれがある」として公開の6カ月延期を求めた。それでも、予定通りに公開された。(編集委員・浅井文和
)
■総額は4836億円
製薬会社が医師や医療機関への支払いを公表するのは、13年度分が2度目となる。72社と関連6社の支払いを朝日新聞が集計したところ、総額は4836億円で、前年度よりも約40億円増えた。同年度の国の医療分野の研究開発関連予算は1818億円で、その2・6倍に上る。
支払い全体の半分を占めるのは「研究開発費」で2452億円。新薬開発などのために研究を委託する。「講師謝金」など医師個人への支払いは298億円で12年度よりも12%増えた。全体の6%だが、このほかにも講演会の会場費や交通費、資料提供費などで医師が恩恵を受けることもある。これらが含まれる「情報提供関連費」は1470億円で、全体の3割を占める。さらに76億円の「接遇費」もある。
学会や研究機関への寄付にあたる「奨学寄付金など」は540億円だった。
支払期間は決算期に合わせている会社が多く、「13年1~12月」「13年7月~14年6月」といった会社もある。(月舘彩子)