"車"は、"狂馬(くるマ)"になる。
自力以上のスピードが出たり、
生身なら、移動を控える実感がするのに、
車という防御板の中にいると、安全だと過信してしまい、
自力ではどうすることが、できない場所や速度まで、
達してしまう。

 

 

車という足は・・時に自分の限界を超えてしまうことが多い!
レーサーなどは、その鍛錬をしているが、
普通の人は、その鍛錬をせず、車の限界を知らずに、
自分以上の領域に踏み込んでしまう。

今回の被災でも、車の中で、亡くなった人が多い。

 

自分自身の肉体だけであれば、
外に出て、限界を感じることができるが、
防御板のある車では、限界を感じることなく、
限界点に踏み込んでしまう。

自分の足は・・自分の限界を知っている。

 


 

それでも、その足(心身)を普段、鍛錬していない人や、
時に、自分自身の能力以上に、自信を過信してしまうと、
大けがや、命を失ってしまったり、
自分は助かっても、友を犠牲にしてしまうこともある。

自分の五感で、物事をとらえ、
行動できることが、何よりも大切なことだと、
俺(わたし)は、念う。

 

 

女川で、被災し、飛騨高山に移住することになった
Sさんが語ってくれたことを思い出す。

Sさんとは、台風が、過ぎ去った今日、
電話で、話をさせてもらった。

 

自力と
本質的な他力(人間の他者の力を示すものではなく、
”宇宙・自然の法則”)との
連動は、自身の五感を育み、研ぎ澄まし、
様々な外界を柔軟、謙虚にとらえ、
念じ、祈り、実践し、稔(禾念)り=実現(実を現すこと)
していくことなんだと・・
おもふ❤️

 

🙏様々な人たちのより確かな安全と、

亡くなられた方のご冥福を、

念じ祈らせてもいます🙏

 

【Sさんの貴重な話】 Facebookのタイムラインより

 

2016年4月10日 · 

☀️【諸行🌍無常】🌙
被災地から、とある場所に移住したSさんと
最近、すごく親しくなった。

先日、二人で、料理を食べながら、
Sさんは、穏やかに、丁寧により詳しく話をしてくれた。

「清田さん、わたしは、家族5人が、余震にそなえて、
外に止めてある車の中で待機していたんです。
ある瞬間、なにかふと後方に目をむけたんですが、
それをしなかったら、自分たちは、この世にはいないんですよ!
遠くの電信柱が倒れだし、その後、土煙が舞い上がるのを
確認できて、「津波だ!」と家族5人は、車の外に出て、
一斉に、高台を目指したんです。
高台まで登っている時、自分を持ち上げてくれるような力
感じたんです。
家族全員が、高台に避難した時、その話をしたら、
みんなが、同じことを言っていました。
その高台から、振り返ると、
自分が営んでいた民宿レストラン兼自宅が、
流されていき、また、先ほどまで隣の車に乗っていた人たちは、
車もろとも、流されていってしまったんです。
すべては、儚いものだと感じたんですよ。」

俺(わたし)は・・
「この躰も、同じように、
宇宙・自然から借りたもんなんですよね。
いつ、流されりして、なくなってしまうか・・
いつ、この身を返すのは、わかりませんから・・」

「そうなんですよ。
実は、3月11日以前から、
自分は、あることがあった時のために、
民宿の片隅に備品を貯めていたんですが、
それもろとも、津波に流されていったんです。
でも、この命があることが、なにか、必然を感じるんです。」

俺(わたし)は、そんな話を聞きながら実感したことがある。

誰かのために、そうした備品を備えたSさんは、
物質的には、すべてを流されてしまったかもしれないが、
地震が起きる前から、自分の家族だけでなく、
地域のために、備品を備えていた気持ち・・
その気持ちこそが、こうして、彼とその家族全員が、
この地に生かされ続け、いかに利他の心が大切であるかを
伝えてる役割をもったのではないかと・・

俺(わたし)は、Sさんの移住先のレストランにはじめて
連れて行ってもらった時、
レストランの壁に、
役小角(賀茂役君小角(かものえだちのきみおづぬ))行者に
ゆかりのある『金華山』のポスターに目が止まった。

震災のあった4月には、奈良のM和尚と
被災地を訪ね、鎮魂の祈りをさせてもらった。
同年7月に、また、M和尚と、
金華山を目指したが、鮎川浜から金華山(島)に
至るフェリーが出港していなかったために、
鮎川浜から近くの金華山のみえる高台で、
M和尚とあらためて、鎮魂の祈りをさせてもらった。

目に見えない力を現代人は、軽視し、
物欲や、金欲、名誉欲に埋没し、
我を失っていく人間が多い。

自分も利己的な自分にしか
チューニングをできない男だった。

その利己だけを体得し、人生を終えるのは、
半分の自分のまま、死ぬようなものである。

自分の中には、利他という精神とつながっている。
個々であっても
各々が連携している状態が続いているからこそ、
この世が存続しているのである。

宇宙・自然は、利己と利他を同時に存在させている。
その宇宙・自然は、多種多様な存在が、
カオスからコスモスに向かう中、
連携を行っている状態にこそが、
時空のバランスが整い、そこに、
鉱物だけではない、

  鉱物
植物  動物

の三位が一体となる
こうした生命の園を作り出したのだ。

俺(わたし)は、Sさんとは、先日で3度目だが、
心から敬愛できる方として、
今後も深くお付き合いをさせてもらいたい。

俺(わたし)は、
自分の《ウチューニング・プログラム》の際には、
Sさんの話を、みんなで、聞く・・
"命"の項を必ず、含めさせてもらいたと思っている。

先日の別れ際、
Sさんは、自分に
「清田さん、そろそろ、過激な修行は、離れて、
多くの人に、清田さんが今まで感じていたことを伝えてください。
過激な修行で死んでしまっては、もったいないです^_^

誰よりも心に響く言葉だった。

自分の家を失い、多くの知人を失った人の言葉に、
自分は、今後のことを、
しっかりと考えようとおもった!!