何もできないのと何もしないとのちがいは? | お宝日記ジェット

何もできないのと何もしないとのちがいは?

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「愛する人を守りたい。」これは誰しもが思うことだろう。先日とある女性タレントと騎手の恋愛報道があったけど、この時の事で少しムカついた事があった。なんでも騎手と一緒に仕事をしている調教師がこの女性タレントの事を自身のブログで批判しまくって、報道されたのを彼女一人のせいにして、騎手の方はこの調教師が批判しまくるのをだまって見てただだったらしい。後にこのブログの記事は削除されていたらしいが、こいつらの責任を女性側になすりつけて、自分達は安全圏に逃げようとする態度には本当にムカついた。恋愛報道の真偽はさだかではないし、誰も釈明なんて求めていないのに、相手を守ろうともしないで。この調教師、いくら自分とこの騎手が大事だからって露骨に相手の批判していた姿は過保護の保護者がクレームをつけている様で見苦しい事この上ない。そして、交際相手の男の方は逃げ腰だし。噂になった相手を守ろうとも、心配しようともしないこんな男はこの先誰と交際しても相手を守ろうとはしないだろうな。守ろう、守りたいと思っても何もできない
事もあるけれど、何もできないのと、何もしないのとでは大違いだと思う。結果はどうあれ、相手のために何かしたのであれば、その想いはきっと相手に届くにちがいない。何もしなければ単に自分可愛さで逃げたのと同じだ。画像は父の日に次女が送ってくれた絵で、「父の日、ライダーはいつも上司にガミガミ怒られるサラリーマンの味方です。」というキャッチフレーズが入っていて、上司に私が怒鳴られているときに仮面ライダーが助けに来てくれるという絵だ。次女なりに父親の心配と父親を守りたいという想いを絵にしていると考える私は親バカだろうか?蛇足だが、もしこの女性がサトエリさんで、この調教師が同じ事をブログでやったら私は絶対に猛抗議を書き込むだろうな。ただし、中傷ではなく理路整然としたクレームで。