先に逝った者の願い、遺された者の義務
先週見に行った秋深き、ところどころに笑いあり、涙ありの映画だった。ネタバレになるのであまりストーリーの核心に触れるところは書けないが、愛する者を失った時、人はどうするのだろう?又、愛する者を遺して先に逝く者の願いは?それについて考えさせられた映画だった。今回は遺された者のすべき事、先に逝く者の願いについて考えてみた。遺された者のすべき事、いや、義務と言うべきだろうか。それは先に逝った者の分まで一生懸命生きていく事なのだ。先に逝った者は本当はもっとやりたかった事があってそれができなかったのは本当に無念なのに違いない。だから、遺された者は後を追って自らの命をたつなど決して許されない。そんな事をしても先に逝った者は決して浮かばれないし、喜びもしない。先に逝った者の願いはただひとつ、遺された者の幸せに違いない。今は辛く悲しくともそこから歩きだし、そして幸せになってほしいと願うにちがいない。ただ、遺された者が、愛する者がいないこの世に絶望してしまう心情も理解できなくはないが。画像は秋深きのパンフ
レットの表紙で、サトエリフアンにとっては少々妬けるシーンではあるが、なかなかの名場面でもある。この映画のラストはハッピーエンドになるのかそれとも救い様のないラストになるのかそれは劇場にて確認されたし。蛇足だが相手を想う優しさは、例えその人がいなくなっても永遠に相手を守るのかもしれない。
レットの表紙で、サトエリフアンにとっては少々妬けるシーンではあるが、なかなかの名場面でもある。この映画のラストはハッピーエンドになるのかそれとも救い様のないラストになるのかそれは劇場にて確認されたし。蛇足だが相手を想う優しさは、例えその人がいなくなっても永遠に相手を守るのかもしれない。
