ブログについて思うこと
最近、アメンバーの申し込みを戴く事が多いのだが、全てお断わりしている。なぜならアメンバーの記事は最初から書く気がないからだ。アメンバーの申し込みにくる人を見ているとこれまでペタやコメントをくれた事のない人ばかりだ。だけどいきなり拒否は失礼だと思うので、いつもプチメでアメンバーは募集してないが読者登録をぜひとすすめる。でもその後の連絡は全くない。考え方によっては失礼な話だと思う。なにゆえアメンバーにこだわるのか?自分のコメントに自信がないのか?少なくとも私のブログは荒らしや人の悪口でなければ気軽にコメントしてもらっていっこうにかまわないのに。それすら出来ないのは単にコミニュケーションの能力が欠落しているだけなのか?疑問に思う。ブログへのコメントは相手に顔も素性も知られる事はないから、その人を中傷する事も出来る。だが、その反面本音で話すこともできるから、真剣にコミニュケーションする事もできる。それが真のブログの面白さだし、そこで出会えた人間達と友人になれるのもブログならではのすばらしさだと
思うのだが。私がブログを通じて友人達と出会って早いものでもう二年になる。決してよい出来事がきっかけで友人達と出会ったわけではない。でもその出来事について真剣に語り合う事が出来たから友人になれた。だから今でもブログを通じたやりとりが続いている。そのきっかけになったのはやはり、サトエリさん。当時サトエリさんは辛い思いをしていて、その後もいろんな事で悩み、傷ついてきたが、サトエリさんはそれを乗り越えてきた。画像は空中ブランコのパンフレットからのサトエリさんのはにかんだ笑顔だ。今のサトエリさんの笑顔は以前の様な天真爛漫さはあまり感じられない。だけどその表情はやさしさに満ちあふれている。それは悩み傷つきながらもやさしさを忘れなかった大人の女性だからはじめてできる笑顔なのかもしれない。蛇足だが、私の友人が贈ったアロハシャツを着た彼女の笑顔はもっとやさしい表情、いや、その時の記事そのものが彼女のやさしさを表している。
思うのだが。私がブログを通じて友人達と出会って早いものでもう二年になる。決してよい出来事がきっかけで友人達と出会ったわけではない。でもその出来事について真剣に語り合う事が出来たから友人になれた。だから今でもブログを通じたやりとりが続いている。そのきっかけになったのはやはり、サトエリさん。当時サトエリさんは辛い思いをしていて、その後もいろんな事で悩み、傷ついてきたが、サトエリさんはそれを乗り越えてきた。画像は空中ブランコのパンフレットからのサトエリさんのはにかんだ笑顔だ。今のサトエリさんの笑顔は以前の様な天真爛漫さはあまり感じられない。だけどその表情はやさしさに満ちあふれている。それは悩み傷つきながらもやさしさを忘れなかった大人の女性だからはじめてできる笑顔なのかもしれない。蛇足だが、私の友人が贈ったアロハシャツを着た彼女の笑顔はもっとやさしい表情、いや、その時の記事そのものが彼女のやさしさを表している。
