愛情ある厳しさ | お宝日記ジェット

愛情ある厳しさ

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この間、西武ライオンズがリーグ優勝した際に渡辺監督が「昔の西武は強かったが、暗かった。」とコメントしたらしいが、何となく理解できる。西武ライオンズとして初めて日本一になった時の広岡監督は徹底した管理野球で、選手を管理した。あとを継いで西武黄金時代を築き上げた森監督もそうだったから、広岡政権から西武にいたデーブ大久保はかなり息苦しい思いをしたらしい。その後巨人に移籍したデーブは西武時代とうって変わって大活躍するのだが、巨人に移った時にこんなエピソードがあったらしい。ある日、宿泊先のホテルで当時の監督の藤田元司に呼ばれ一緒に食事をする事になった時に「おまえは体がでかいんだからしっかりと食べないといかん。」とステーキをたらふく食べさせてもらったそうだ。西武時代は管理野球の名の元に食いたいものも食えなかったデーブにとってこの一言はメチャクチャうれしかったらしく、意気に感じて大活躍するようになった。又、平成の大エースと呼ばれた斎藤雅樹は気弱な性格からなかなか勝てないでいたが、藤田が二度目に監督に
なった平成元年に二十勝投手になって、以来球界を代表するエースになったが、最初の方はなかなか勝てずにいた。終盤になって打たれはじめた時に不安になってコントロールが甘くなったところを打たれていたのだ。ある日、終盤にピンチになり不安げにベンチを見る斎藤に対してそれを無視して投げ続けさせた。この時、藤田は「一度マウンドに上ったら自分で責任を持ってほしい。責任のとり方を体で覚えてほしかった。」と斎藤を突き放した。それ以来斎藤は大変身して球界を代表するエースになった。愛情ある厳しさが藤田元司の指導コンセプトだった。それがナインに伝わったのか、現在の様な大型補強なしで監督生活合計7年間の内、日本一二回、リーグ優勝を四回はたしている。画像は週刊ベースボール別冊のジャイアンツ60年の藤田元司の記事の写真で、痩身で巨人を支えた藤田の投手生活は短かったが、「燃えつきた事がすばらしい事なんだ。今でも後悔はしていない。」と語っていた。藤田元司はもう他界したが、その愛情ある厳しさは今でも教え子達に受け継がれて
いるに違いない。それは言葉でなく体で教えられたからだろう。蛇足だが、どっかの伝統気取ったタコ親父はその息子にどんな事をどうやって教えたんだろうか?単に芸だけを仕込んだだけなんだろうな。その中には愛情なんてなかっただろうからその息子は女の尻ばかり追い掛け回すようになったんだろうな。愛情がないはらいせに親父の顔に泥を塗る事しかしなくなったんだな。きっと。