「あなたは何をしたいのか?」
「どうしたいのか?」
私は、高校2年生あたりからこの言葉を自分に投げかけ
自問自答してきています。
大学受験だったり、
就職活動だったり、
自分の生き方、考え方だったり、
今でも、その時の選択が
正解だったのか、どうかのかわからないときがあります。
私の叔母からもよく「あたなは何がしたいの?」と聞かれます。
最近、自分自身が質問の意味を正しく受け取れていないときがあるということに
スピリチュアルの仲間と話していて気づかせてもらいました。
そもそも、私は今までの人生を振り返っても
「何をしたいのか?」という質問に対して、答えが一定じゃないように思えます。
私にはエゴがあります。
エゴがある人間に、「どうしたいですか?」と聞いたらどうなるでしょう。
高尚なことを言っているようで、結局は自分のエゴのフィルターを通して
答えを吐き出してしまいます。
一見それらしいことを言っても、結局は自分の不安や恐れを隠すことだったりします。
考えてみると、それは、単純に「何を欲しているか」という視点のため、
自分の中でも、多くの回答が用意され、その種類も幅の広いもので、
エゴがあるなしの認識もなく、答えてしまうのでは?
じゃあ、エゴがない自分が答えるとしたら?
そもそも「何をしたいのか?」の答えの先にあるものが大事だということに気づきます。
「何になりたいのか?」
「どうありたいのか?」
つまり、
What do you want ? ではなく
What do you want to be ? ですね。
私は、この地球の癒し手になりたいと思っています。
また、このスピリチュアルの道において、悟り・目覚めたいとも思っています。
では、それを踏まえて
「自分は何がしたいのか?」
これでようやく自分の答えにブレがなく進めそうな気がします。