昨日、縁を切る」というブログを書かせて頂きました。

さっそく実践して頂き、その効果を実感してくれた方がいたようで、とても嬉しかったです。


さて、このブログを書いていたときに、今注目すべき問題は「自分が無感覚」になっていることだとお伝え致しました。


では、そもそもこの無感覚はどのようにできてくるのでしょうか。
また、なぜ無感覚から脱することが難しいのでしょうか。

今日はそのことについて、自分の経験からお話しさせて頂きます。



人は、人から暴力を受け続けたりすると、間違った免疫がついた人は無感覚になるのだと思います。

また、人の言動や行動にいっぱい傷つけられた人、そういったものに傷つきやすい人はさらになりやすいです。

では、どのようにして無感覚が身につくのでしょうか。


先日、とくに原因も無いのに1日ムカついている日があり、
このとき幸いにも「なぜ、ムカついているのか?」を追求する機会を頂きました。


その追求の中で、自分がムカついている対象、その正体に近づき、それが何か分かりそうになると、
急に別の答えが割り込んできて、話題が変わってしまいます。

この別の答えを割り込ませているのが「我慢する自分」です。

自分が嫌だと思っているのに、我慢することであたかも「解決したかのように見せる」ことが
ムカムカの原因です。

僕は、すぐ下に妹と弟が3人いた環境のせいか、我慢する機会がすごく多い人生を送ってきました。
正直、それだけではなく親の別居、離婚、いじめと色々とありましたが、、、

とにかく、我慢することが自然体でできるようになったんですよね。

これに共感して頂ける人は多いのではないでしょうか。


我慢ができると、便利なことがあります。
人に迷惑をかけない
騒ぎをおこさない
喧嘩にならない
人付き合いがうまくいく
人に受けがいい
とまあ、こんな感じですよね。


だけど、自分が我慢するとそれがストレスとなって
急に爆発します。
爆発し終えると、また自分はだめだったかと落ち込んでしまうんですよね。

すると、今度はストレスを感じないように「無感覚な自分」をつくります。
これはさらに便利で、もっとトラブルが起きずに楽な生活をおくれます。

しかし、無感覚なだけであって、心身はともにダメージを日々受けているんですよね。

ここで、問題がおきます、自分がダメージをうけているのはわかっているのに、
痛覚がないせいでどこが悪いかもわからないんです。



これが、無感覚になってしまったときの怖いところです。

具合が悪いみたい
けど
どこが悪いのか確証が得られない。
自分のことなのに。
だから、正しいケアもできない。



これから脱するためにはどうしたらいいのか。

次回はそれについてお話しさせて頂きます。