ブログ更新1219回目。

みなさんこんにちは。

 

1.愛と愛情の違い

 

 純粋の愛は、「神の愛」のことである。

 

 愛情は、人間に宿った神の愛が人間の心を通して現れた状態である。

 

 愛情は人間の自我の心が混ざるので、純粋ではない

 

 人間の自我には、「善悪・損得・美醜」などの二項対立の軸があるから、愛情は、純粋とは言えない

 

2.絶対と相対

 

 「神の愛」は、純粋である

なぜなら神は「絶対者」であるがゆえに、「絶対なる善」がご性質であるからだ。

 

 神には、二項対立が無い。神は絶対者であるから、相対的なものは一切無い

 

 人間は、物事を理解するために、対立軸を考える癖がある。

 

 その端的な例が「善悪」である。

イエス・キリストが、御言葉に嘆きを遺している

 

 人類は、未だに善悪の木の実を食べていると。

 

3.善悪を超越する

 

 人間の意識を超越すると、神の意識が理解できる

 

その基準が、「善悪の木の実を食べなくなるか否か」である。

 

 「自分は神意識を持つ」と言うことは、いとも簡単であるが、「自分が神そのものであると自覚することは難しい

 

 「神の自覚もないのに、私は神である」とは宣言できないからである。

 

4.まとめ

 

 世界には、いくつかのグループがあり、「神の自覚を得る努力をする人々が勉強を続けている

 

 その終極の目的は、「地上に天国をもたらすこと」である。

 

多くの人が、地上天国の実現に協力した、と祈る

 

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ご参考になれば幸いです。よろしくお願い申し上げます。

 

ブログ更新1218回目。

みなさんこんにちは。

 

1.海の波の泡

 

 海へ行くと、砂浜・岩場・護岸壁を問わず波が繰り返し寄せては返す。

 

 そのたびごとに、海面には泡が出来る。

 

 泡は、海の水が表面張力で丸くなった形である。その泡の丸い形の中は空気である。

 

 その空気は、泡の内側にも外側にもある

 

 この泡の出来上がりを真理の話に例えてみる

 

2.海水は質料

 

 海水は、目に見える形を作る物質材料であるから「質料」と表現する。

 

 表面張力は、物質が最小の体積を取ろうとする力であるから、液体はほぼ丸い形になる。

 

 ビーナスという美の女神は、海の泡から生まれたという伝説があるが、あながち嘘ではないと言える

 

3.泡の中の空気が生命

 

 人間は、「空気中の酸素」を吸って生きている

 

 泡の中の空気にも酸素が含まれている。

 

 その酸素は、空気中に20%余り含まれていて、泡の中にも、泡の外にも等しく存在している

 

 この全地球規模の大量の空気は、人間の手では作ることができない。

 空気は、創造主=神の手で創られたものである。

 

 初期にはシアノバクテリア、後世には、光合成植物や海藻の働きで、酸素が生じた。

 空気には気体として、水の中には溶存酸素として存在するようになった。

 

4.まとめ

 

 海へ遊びに行っても、この泡の話を思い出していただきたい。

 

 一言でいえば、泡の内外にも空気・酸素はある

人間の内外にも、神がおわすのである。

 

 神は人の中に宿り、人は神の中に生かされている

これが、厳然とした神の真理の現れの一つである。

 

 多くの人が、自分の内にも外にも、神がいることを自覚した、と祈る!

ブログ更新1217回目。

みなさんこんにちは。

 

1.人間の五感の感覚

 

 現代人は、見える世界だけが「リアル(現実的)」であると誤解している。

 

 誤解の最大の理由は、五感の感覚の集積が、人間の自我を形成することにある。

 

 自我は、自分が主体的になんでもできると思い込む癖がある。

 

 ところが、自我の主張を貫こうとすると、周囲の人間から孤立する。主張同士がぶつかり合うからである。

 

 これが五感の感覚の誤った使い方である。

 

2.五感の正しい認識

 

 五感の感覚は、人体を環境の変化から守るために、創造主=神が人間の肉体に取り付けた装置である。

 

 肉体を持って生きている期間でなければ、

「自分とは何者か」

「人間は何処から来て、何処へ行くのか」

「人生の目的は何か」

などの諸問題に答えを出せないからである(理由は省略。いずれ別稿で。)

 

 これらの諸問題の解決には、「五感の感覚を遮断しなければならない」のである

 

 それが明想(いわゆる「瞑想」)である明想には、五感の感覚が邪魔である

 

3.五感を遮断する報酬

 

 五感を遮断して明想に励むことが出来れば、あなたは大いなる報酬を得ることが出来る

 

 一つ、創造主=神を知ることが出来る。

 一つ、神の愛を知ることが出来る。

 一つ、生命の実相を知ることが出来る

 

 この三つが、わがものとなれば、あなたの生命・生活・人生は、真に自由になる

 

 この世の生活に何不自由なく暮らせる。嫌な人物に出会わなくなる。必要なお金は、必要な時に入ってくるようになる

 

4.まとめ

 

 創造主=神から受ける大いなる報酬を、五感の感覚に騙されて失ってしまう人が多すぎる

 

 日常の仕事を懸命にこなしながら、「明想の時間」を努力してつくる人は、神の栄光に導かれ、神の愛・神の生命に触れて生きることが出来る

 

多くの人が明想にいそしみ、神の栄光に導かれた、と祈る!

 

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