こんにちは~。
今日は覚悟して読んでよ。![]()
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自我(エゴ)を見つけたとき、してはいけないことは非難や批判。
エゴもただの悪者ではなくて、「自分」を必死に守ろうとしているときもある。
そのとき自分だと思っている「自分」を。
これは、無明。
そこからだんだん目覚めてきて、今自分だと思っている「自分」が私ではないと気づいたとき、自然と出る幕がなくなってくる。
エゴの好物は恐れや不安。
これに取りつかれると、エゴは大活躍するんだね。
諸行無常2で書いたけど、平常心でいられるとエゴは活躍する場がないため、好物を発生させようとして、目の前の他者や出来事を使って揺さぶりをかけてきたりする。
これは結構巧妙な罠ですよ!
ひっかからないで!
自我(エゴ)を見つけたときのエゴの罠、その2。
「こんな思いを抱いてはだめだ
」
「こんな風に考えるなんて、私はまだまだダメだ
」
ダメ出し。
落ち込み。
自分にダメ出しばっかりしてたら、観るのが嫌になっちゃうよね~。
それがエゴの狙い。
観られると見つかっちゃうから観られることを防ぐ。![]()
似たようなことだけど、「りんこさんはそれができるからすごいよねぇ
」と称えたりしながら、「私はRINKOさんではないからできないよ。」
自分には目が向かないようにする。自分から目をそらす。
いやいや、RINKOさんの私もあなたの私も同じものですよ![]()
その他、エゴの見分け方は、今までに紹介した本にも載っています。
この本を読んでしまうとエゴが露見し、いやでもゆるせなかった人のことをゆるしてしまうことになりかねないので、「ゆるせない」というエゴを持っていると、読むのを嫌がります。
「買えない」というシチュエーションを創り出したり、買ってもページが開けない、ということもあります。
ゆるしの波動で満ちている本。
自分の内をみながら、少しずつ読む。
☆☆☆
そろそろエゴ、怒ってませんか?(^^;)
「じゃあなんにも思えないじゃん
」
そうです。その通り~![]()
ヨーガ・スートラ 1.1
ヨーガとは心の働きを止滅すること。
怒りの後、開き直り。
「自我、あったらだめなの?![]()
いいじゃない、自我だって。 だって「人間だもの
」(相田みつを)
私は自我でこの世を謳歌するわ~
」
もちろんどんな風に生きてもいいんです。
自由に生きる権利がある。
でもね、こんな話が耳に入るように、もう私は真我探求の道を歩き始めてしまっているので、そこで止まることはできても後退はできません。
☆☆☆
最後に 自我(エゴ)が嫌がること。
あるがままを受け入れる。
自我はとかく何かをしたがるのですよ。
そして、何事も掌握していたい。
自我が自我を見つければ、それを調教しようとしたり、正そうとしたりする。
例えば、悪い考えが浮かんだら、正しい考えへ。
見つけるたびに、それを正しい思い、正しい目的、正しい使い方へ・・・
その、何が正しいか(悪いか)を決めているのは、自我(エゴ)でしょう。
なぜ正そうとするのかといえば、今より良い自分になるため、尊い自分になるため、賢い自分になるため・・・
気づきましたか?
あるがままの自分ではないものに「なろう」としていることに。
自我は、そのまま、今のまま、あるがままなんてゆるしません!
なので、思いの方向転換を試みます。
だけど、それも心の働きなわけですから、自我の範疇を出ていません。ザンネン!
罠にかかればエゴの中をぐるぐるするだけ。![]()
自我を見つけたら、「自我、やってんな~」と ただ見るだけでいいんです。
あるがままの自分をただ観る。
なにもしないとエゴはざわざわするけどね。 罠にかかってはいけません。
☆☆☆
なぜこんなに自我(エゴ)を熟知しているかといえば、20年以上自分を観る中で、何万回、何十万回、何百万回、いや、もっと?(^^;) 数え切れないほどの自我を見破ってきたからです![]()
本によく書いてある、「見つめれば消える」
これは本当です。
起きている間中観ていると、果てしない自我。![]()
「果たしてこれに終わりは来るのだろうか・・・?」
と萎えそうになっても(それも自我) 終わりはやってきますよ![]()
![]()
少なくともすべての自我を見破って、自我と一体化しない私。
その私は、「なろう」としなくても自我の雲が晴れればそこにある。
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私に感謝 ∞ 師に感謝
ありがとうございます。しあわせ♪♪
