~本日付・読売新聞日曜版より~
1971年に87歳で亡くなった、故・吉田久氏。
1942年に当時の首相・東絛英機の主導で行われた翼賛選挙について、その鹿児島二区選挙に無効判決を出した。
当時の鹿児島では、政府に逆らう者は暴漢に襲われるなどの脅威が濃厚な空気としてあった、という。
…で、ここまでよりも私の琴線に触れたのは実は、『この判決原本が2006年に最高裁の未整理資料の中から見つかった』という事実だ。
これは、裁判所の職員が空襲の合間に膨大な記録の中からその判決文を選んで持ち出していたという事だ。
つまり、『司法の独立』を守った歴史的判決文を後世に残さなくてはならない、という思いにかられた行動に私の涙腺は少し緩んでしまったワケだ。(瞬時に勝手に脳内ドラマが構築されたらしい)