何だか深く考えさせられる詩
この詩は、アメリカ人のノーマ コーネット マレック という女性が、わが子を亡くしたときに書いたものです。
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんと毛布をかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
どうでしたか?
いろんな感じ方があるでしょうけど私は
気恥ずかしさなどがあったりして細かく感謝の気持ちや声をかけるということを
少しずつ省略してしまってる日々があってちょっと反省しました。
そのほかにも「明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず」
の所もう~んって感じでいろいろと思い返させられました。
悔いなく生きるのは難しいけれど 精一杯やってみて
そして時折自分を省みたり 何かに刺激を受けたりしながら
生きてゆきたいものです。