古い記憶と骨格 | 月まで打ち抜けブログパンチ

古い記憶と骨格

私の思い出せる古い記憶


それはベビーカーの手触り ベビーカーが動いている時の振動


母親におんぶされた時の感触


2歳児の時よくミニカーで遊んでいた

ふすまのレールみたいなとこを道路に見立ててミニカーを走らせていた


それが今でもパッと出てくる一番古い記憶です



3歳の時よくベランダから見える景色を眺めていました


今でいえばパノラマな景色 もちろんその当時の街並みがあるわけです

毎日毎日見ていました。



そしてあるときこの景色を目に焼き付けておこうと思いました

当時は子供なので忘れないようにしようとかそんな表現ですが・・・



今の私の言葉でいえばいつか今見ている景色は色あせた記憶になってしまう

だからせめてその記憶がうすれないようにしっかり焼き付けておこう

そしてその景色を眺めながら何を思い何を考えていたのかをしっかり記憶しておこう


そんな事を考えていました。


変な子供です。



私の子供時代はほとんど外で遊んだ記憶はありません

ほぼ家の中にいました。


父親と遊んだ記憶もほとんどありません

母親が公園に連れて行っってくれた事は数回くらいでしょうか。


父親も母親もめんどくさがりなのか放任主義なのか

私一人で遊ぶ事がほとんどでした。


もちろんほぼ家で一人で遊ぶので友達など一人もいません


いつも自分ひとりの空想の世界で遊んでいました。



テレビもアニメよりは教育テレビが好きで

とくに科学や実験するような番組をずっと見ている


ほんと変った子供でしたねww




おもちゃもほとんど買ってもらいませんでした。

家にある空容器や新聞の折り込み広告や段ボール、ボール紙

などで自分で作っていましたね。


でも子供が作るものだから弱くて見た目も悪くすぐ壊れちゃうんですよww


でも人間学習するもんです。


補強する事を覚え


形を整える事を覚え


色を塗る事を覚え


耐久性を考え


最終的には可動ギミックを考えるようになっていました。



当時5歳位の時の事です。





それから小学校に入り 図工の時間で彫刻刀というものを手に入れました

当時の私にとっては魔法のアイテムです。


家に帰ってはいつも何かを切りだしていました。

ロボットの腕とか  ヒーローの人形とか

でも当然形も不細工だしバランスが悪く

自分の思ったものはできません



ある日それを見ていた父親が私に紙やすりをくれました


とりあえずそれを使えば表面がつるつるになる。


衝撃でしたねww それだけでいままで不細工だったものが

急にいい出来に錯覚するほどの発見!



その後@ヒーロ少年はあるテレビ番組をみます

もちろん教育番組ww


そこで仏像を木彫りで作っているような番組でした

大体大まかに作った後で細かいところに手をいれ磨きをかける

そんな内容。


当時の私はまたまた衝撃を受けました。


おもいどうりにならないのはこの工程をしていないからだ!

そう気づいたんです。



この時の一連の記憶は今の私に根強く残っています。



自分の人生でも、仕事でも考え方として

イメージを具現化し創造する楽しみ、喜び


上手くいかない時は何かのパーツ、工程、知識、タイミングが足りない事


一旦出来たと思ったものは実は荒削りのプロットであって

完成品ではなく そこから細部のデティールをつくりあげ

磨きをかける事。


できた物を見てまたイマジネーションして更にその物体や物事を進化させる事。


文章ですべてを伝える事は難しいですが

これが私の骨格となっています。




去年から私は自分というのは一体何者なのか?

何をしたくてどうしたいのか?というような事を考えてきました。


そして自分の中の点、線、面、立体を考え

つなぎ合わせていくと原点はここだと確信しました。



今までのもやもやはおそらくイメージして具現化しかけてやった気に

なっているか


又は出来てもそれを完成形だと思いこんで

デティールや磨きをかけずに終わっていたこと


そして自分自身のおごりからいつしかすべてが

流れ作業みたいな感覚になって進化させる事を忘れ


「創造する」事の大切さを忘れていたような気がします



またひとつ自分自身の大切なものを取り戻せた

今そんな不思議な感覚で一杯なんです。



*思いついたまま文章にしたので読みづらかったと思いますがゆるしてくださいませ。